瓦解する戦心③

「前線組の情報と合わせて計算した結果、反乱軍の総数はこの拠点に逃げ延びた数の倍はいる事が判明した。加えてこちらの被害は決して軽いものではない。これ以上の争いは不要と我等は判断し──」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 思わずといった風に、アイカが立ち上がる。トバックに集まっていた視線がアイカに向かう。

「撤退ってどういうこと? そんなことしたら誰が反乱軍を止めるの」

「我々とて無念だがもう仕方ないんだ」

「仕方ない、って。それじゃあ町の人達はどうするの⁉」

「それは、直ぐに避難指示の伝令を出す」

「それじゃあ間に合わないわ! 敵はもうすぐ目の前に来てるのよ⁉」

 アイカの言葉に、トバックは悔しそうに歯噛みする。

「ここで撤退なんてしたら誰が街の人達を守るの!」

「──だったらどうするっていうんだよ」

 突き刺す様に、そんな声が漏れた。

 声の主は、アイカのすぐ近くにいた。

「レイン……?」

 驚くアイカと正面から対峙して、レインが問い掛ける。

「この広場にいるのがこちらの戦力としてざっと二百人。情報によりゃ反乱軍の数はこちらの倍はいるって話じゃねぇか。数で劣っているのに加えてこっちは半数近くが手負いだ。この戦況でどうやって戦えって言うんだよ」

「それは……」

「もっと解り易く丁寧に言ってやる」

 ハヤトが鋭い眼光でレインを睨む。

 しかし、それでもレインは構わず言い放つ。


「殺されるのが分かっている戦場に、アンタは行けって言うのか」


 周囲の空気が、一変する。

 先ほどまで漂っていた曖昧な気配が、明確な形を得て一気にアイカに纏わりつく。

 その正体は後ろめたさの肯定。

『諦め』という圧力。

「自分が何を言ってるのか、何を強要しようとしているのか。本当に分かってるか」

 周囲の視線が、全方位から槍の様にアイカに差し向けられている。

 戦況だけを見れば、トバックの判断は当然の事ではあった。

 誰が見ても劣勢と判断する状況下で、これ以上の被害が出る前に撤退した方が賢明かもしれない。

 例え守るべきものを失ってしまったとしても、全てを失うよりかはまだ、と。

 誰もがアイカの返事を待っていた。

 自分では言えない、しかし待ち望んでいる一言を。

「……」

 アイカは黙って俯いてしまう。

(違う。そうじゃない。私はただ、街の人を守りたいだけ)

 頭に浮かんでいるはずの台詞が、声にならない。

 それを言ってしまえば、レインの言った通りの事を強要してしまうと思ったから。

(やっぱり、私は──)

 何も言えない悔しさと情けなさにアイカは唇を噛む。

 静まり返った広場に、やがて一つのこたえが上がる。


「ワシは、戦う」


 それは、今にも消え入りそうな程か細い声だった。

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