クアッド平野防衛線⑦

「終わったか」

「……そうね」

 空に還っていく霊獣達を見上げながら、ハヤト達は戦いの終わりに息をつく。

 丘の向こうから歓声が上がる。どうやら向こうも終わった様だ。

「拠点に戻ろう。この後の事を話し合わないと」

「えぇ……そう、ね」

「……アイカ?」

 ハヤトは気の無い返事をするアイカに振り返り、息を呑む。

「どうしたアイカ‼」

 そこには、驚くほどに血の気の失せた表情のアイカの姿があった。

「ごめんなさ……少し、疲れてしまっ──」

 か細い声が途切れ、アイカの体がくらりと傾く。

「アイカ‼」

 倒れるアイカの体を抱き留め、ハヤトはそっと地面に寝かせる。

「どうしたよハヤト⁉ 何があった⁉」

 異変に気付いてレイン達も傍に来る。

 ハヤトはアイカの体を調べ、異変を見つける。

「この噛み傷は」

 アイカの細い首筋に、小さな丸い穴が二つ。

 そこから濃紫の毒気が微かに立ち昇っていた

「あの野郎……ッ‼」

 牙を剥く獅子の様な形相でハヤトは虚空を眺めているロストの元へ行き、くたびれた首をガシリと掴む。

「今すぐ毒を解除しろ! でなければこの首をへし折る‼」

「ど、どういう事だよハヤト。説明してくれ!」

「アイカの身体に毒が廻ってる! 恐らくアイカを拘束している時に打ち込んだんだ」

「へぇへっへ、やぁめておくれよぉ。くるしいよぉ」

 何が楽しいのか、ロストは焦点の合わない眼を右往左往させて半笑いでもがいている。

「解毒の方法は! 早く言わないと一本ずつ手足を引き千切る!」

「くるしいよぉ、はなしておくれよぉ」

「よせハヤト。こいつにはもう何も出来ない」

「…………ッ!」

 短い逡巡の後、ハヤトはロストの首から手を放す。

「レイン、ここから町まではどれくらいかかる!」

「……獣自動車でも半日足らずは掛かる」

 それじゃあ到底間に合わない。

 ハヤトの視界が不自然に歪む。嫌な汗が止まらない。

「ハヤ、ト……」

「アイカ!」

 弱弱しく持ち上がった手を握り、ハヤトは必死に思考を巡らせる。

「大丈夫だ。絶対に助けてやる」

(どうする、ここからじゃ街の病院まで間に合わない。拠点の医療班は既に街に退去していない。医療品はどうだ。まだ拠点に残っているか。だが解毒の知識がないそもそも毒の成分が分からないんじゃ打つ手がッ‼)

 どうする。どうする。どうするどうするどうする。

 叫び出したくなる衝動を必死に抑えつけ、ハヤトは狂った様に思考を働かせる。


          §       §       §


 毒に侵されるアイカを前にして、クラウスはただ見守る事しか出来なかった。

 自分の復讐に付き合わせた結果が、目の前に広がっている。

 永い、永い荷物をやっと下ろせたというのに、思いの外気持ちが晴れないのは、単に目の前の結果の所為だけではない。

 何故。

 答えならこの長い時の中で出ていた。

(何も残らんのは、ワシも一緒じゃったか)

 仇は討った。しかし、仇を討った所で残ったのは結果だけだ。

 クラウスが本当に求めた者は既にいない。

(分かっておったろうに。それなのにワシは力を貸してくれた友を巻き込み、挙句には失おうとしておるのか? これが長年追い続けた復讐の果てなのか)

 何て下らない結末なのだろうか。こんな終わりは決して許されない。

(救わなきゃならん。この娘だけは絶対に。ワシの様な無様な男の所為で失くして良い命では決してありはせん!)

 拳を固く握り締め、クラウスがそう決意した時。


 クラウスの頭上に、光がやってきた。


「お、お前……」

 それはロストから解放された白鶴、クラウスの妻であるマイサの霊獣だった。

 白鶴の霊獣は綺麗な細足で宙に立ち、じっとクラウスを見つめている。

 まるで何かを待っているかの様に。

「あぁ……そうか。そうじゃったな」

 そして、クラウスは理解する。

 言葉は無くても、通じ合えた。

「全く。肝心な事はいつも言わない奴じゃったな、お前は」

 温かな記憶を懐かしむ様な微笑みを浮かべ、クラウスは右手をそっと差し伸べる。

 白鶴の霊獣はクラウスの右手にとん、と跳び乗ると、やがてその姿を獣力へと戻した。

 一片の汚れなく透き通る白い獣力が、クラウスの右腕に宿る。

「さぁ、ワシ等の最後の仕事といこうかの」

 そう言ってクラウスはアイカの元へ歩み出した。

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