瞬劇

 数分前まで全校集会をしていた体育館はあっという間に試合会場へと姿を変えた。

 縦横20メートルの空間でハヤトとフェルトが共に限界まで下がった状態での開始となる。

「こんな術式もあるんだな……」

 ハヤトは開始地点を示す目印の上に立ちながら、物珍しそうに周囲を見渡す。

 正方形のフィールドの四隅には、教師陣が貼った『パワー・ケージ』と呼ばれる防御壁があるので、いくら床や壁に損害ダメージを与えてもこのフィールド内ならば一切傷つくことはない。この術式も獣力によって成せる技だが、大量の獣力が必要な為一人での展開は難しく、複数人での使用が必要となる。実戦での使い道は薄い術式だが、こういった試合のフィールド制作としてはとても有効的な術式である。

 いろんな術式が出来ていくにつれて、次第に獣力は『魔法』という言葉に世間では形を変えつつあると言われている。あながち間違いではないが、獣力はそんな赤ん坊に読み聞かせるおとぎ話の様な原理で出来ていないことをハヤトは知っている。

 なぜなら、獣力はもっと人間味に溢れているのだから。

 教師達が張った獣力陣の外には、沢山の生徒達が並んでいる。

 ただの模擬戦のはずなのだが、その場はまるで闘技場の様な賑わいを見せていた。

(全く、見世物じゃないぞ…………いや、見世物か)

 そんな事を考えていると、一人の教師がハヤトの前に来る。武骨な体を赤いスーツに詰め込んだ様な出で立ちのその人物は、先ほどモルドと呼ばれていた先生だ。

「一応聞いておくが……『獣力鎧ハードスキン』は習得してるな?」

「あ、当たり前ですよ」

 ハヤトは思わず苦笑する。

 獣力鎧ハードスキンとは、体の表面に獣力を纏い、あらゆる衝撃を緩和する自己防衛術式の事で、霊獣士が一番初めに習得する術式の一つだ。

 物理的な衝撃だけでなく、獣力による脅威もこれで緩和する事が出来る。この術式を使用していない状態で獣力による攻撃を受けた場合、大怪我は免れない。命の鎧といわれる程、霊獣士には重要で大切な術式だ。

「そうか。私も詳しくは知らないが、先ほど吠えていたバカの言っている事も一理あるのは確かだ。だからしっかりと条件をクリアして、堂々と編入してこい」

「ありがとうございます」

 モルドは一度ハヤトの肩を叩くと、元の場所へ引き返していった。豪快だがどこか清々しさを感じさせるその背中を見送っていると、不意に背後から気配を感じてハヤトは振り返る。

「そんな呆れた顔してどうしたんだ、アイカ」

「相変わらずとんでもない展開に持って行ってくれるわね……」

 アイカは呆れ半分、笑顔半分といった何ともいえない表情でハヤトを見る。

「おいおい、あんまり褒めるなよ。調子づいてしまう」

「誰も褒めてないわよっ! 全く……学園長ったら何を考えているのかしら」

「単なるお手並み拝見って所じゃないか?」

 もちろん、ハヤトもアイカもそれだけではないと思っている。だが、この場で考えて出る答えでもなかった。

「詮索しても仕方ないだろ。とにかく今はこの試験をクリアしてくるよ」

 コキコキ、とハヤトは手首をほぐしながら言った。

「それもそうね。こうなったからには私も楽しませてもらおうかしら。この三年間の成果を見せてもらえるいい機会でもあるのだし、ね?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべてアイカは言う。

「それじゃあ、生半可な試合は出来ないな」

 そんなアイカの期待に応える様に、ハヤトは一段と強く拳を鳴らした。


          §      §      §


「お互い所定の位置について!」

 審判役のモルドの掛け声で、試合会場は不気味なほどの静寂に包まれた。

「よくもまぁ物怖じせず出てこれたもんだねぇ」

 芝居掛かったフェルトの物言いが、静かな体育館によく響く。

「この僕、フェルト・ティルセリアが相手の時点で、残念だが君の編入は白紙になるだろうね。誰の根回しか知らないけど、この学園で三位の実力を誇る僕がそんな甘い考え方と一緒に吹き飛ばしてあげようじゃないか」

「試合前にずいぶん喋るんだな。緊張してるのか?」

「なっ!」

 ハヤトの言葉に、フェルトは目を見張る。

「フ、フフ……何を言い出すかと思えば。学園三位の実力を持つこの僕がきき、緊張するだって? 何をふざけたことを! それに僕はあの有名なティルセリア家の――」

「何でもいいから早くしないか? 周りを待たしてる」

 話を断ち切る様に、ハヤトは言葉を被せる。今はフェルトの主張を聞く場ではない。

 フェルトは口をパクパクさせて呆然としていたが、やがて周囲から聞こえる微かな笑い声を耳にしてどんどん険しい表情に変わっていく。

「い、いいだろう……手加減してやるつもりだったが気が変わった。二度と立ち直れないくらい無様に叩き潰してあげるよ……ッ!」

「おいおい、一応編入試験って事になってるんだから手なんか抜いたら不正になるだろ。全力で来てもらわないと困る」

「き、貴様ァッ!」

「これより、シノハラ・ハヤトとフェルト・ティルセリアによる編入試験を開始する! 両者、位置について!」

 モルドの合図で、ハヤトとフェルトは互いに身構える。

 一瞬の静寂の後。

「始めぇ!」

試合開始の合図が発せられると同時にハヤトは右手に付けた橙色とうしょくのブレスレットに、フェルトは左耳に付けていた銀色のピアスに、それぞれ獣力を込め、唱える。

「「獣武展開ビーストアウト‼」」

 ぶつけ合う様に発せられた声と共に、互いの獣結晶から眩い光が放たれる。

 光が収まると、ハヤトのブレスレットもフェルトのピアスも跡形もなく消え去っていた。

 代わりに、互いの手には先ほどまで無かった物──獣武が握られている。

 フェルトの右手には銀の両刃剣、左手には同色の盾が握られていた。人を見下した様な笑みさえなければ、その姿は騎士に見えただろう。

 対して、ハヤトの右手には一振りの片刃剣が握られていた。明青色に輝くその剣はフェルトの直剣とは違って緩い曲線を描いている。

「僕を舐めたことを後悔させてやる!」

 フェルトが左手に持った盾に身を隠しながら駆け出す。すかさずハヤトも突進してくるフェルトを迎え撃つ様に走り出す。

「まずはご挨拶だ! 獣の爪スラツシユストリーム!」

 フェルトの直剣が淡く輝き、刀身に白銀色の獣力が溢れる。鉄よりも明るく輝くその刀身をフェルトは横薙ぎに振るう。刀身に纏っていた白銀の獣力は鋭利な三日月の様な形で剣先から放出され、ハヤトに向かって一直線に飛来する。

『獣の爪』獣力を込めた斬撃を放出し、範囲外の敵へと攻撃する近接霊獣士の初級術式だ。

 迫りくる斬撃を頭上に飛び跳ねて回避したハヤトは、空中で同じ術式を発動しようと刀身に獣力を込める。

 しかし。

「ぐっ⁉」

ハヤトの全身を神経が裂ける様な痛みが襲い、術式が中断される。ハヤトはそのまま何も出来ずに、綺麗な放物線を描いてフェルトの背後で着地し、膝を付いた。

「は……ハハハ! なんだ今のは? まさか初歩の初歩である術式さえ上手く発動できないのか? その程度の実力で編入しようと思っていたなんて笑わせるなよっ!」

 苦痛に顔を歪めるハヤトを見て勢いづいたのか、フェルトは振り返りながら直剣を輝かせる。

「狩りの時間だ、フェニーチェ‼」

 先ほどよりも強い輝きを放ちながら、フェルトは剣を振るう。

 すると、フェルトの剣から放たれた斬撃がハヤトに飛来しながら一羽の鳥の姿へと変化する。

 立派な鶏冠を備えた、一羽の鶏へと。

 翼を広げて飛来する鶏型の斬撃は先ほどの斬撃よりも大きく、力強い。

「僕の霊獣の餌食となるがいい! シノハラ・ハヤト!」

「っ……好き勝手言ってるんじゃ──」

 ハヤトはよろりと立ち上がり、目の前に迫る鶏型の斬撃を見据えながら右手を振り上げ、

「ねぇよっ!」

 フェルトの斬撃を真っ向から斬り裂いた。

「なっ⁉」

 渾身の獣力を籠めた斬撃を掻き消され、フェルトは唖然とした表情を浮かべる。

「獣力の攻撃を打ち消すには、同等以上の獣力をぶつける必要がある……ま、ハヤトなら当然可能よね」

 盛り上がる生徒達の中で、アイカは冷静にそう結論付けた。

 フェルトのありったけの獣力を籠めた攻撃を打ち消したという事は、同等の獣力、又はそれ以上の力で相殺したということになる。

 それは即ち、フェルトと同等以上の獣力を保有しているという裏付けにもなるのだ。

 しかし。

「痛ぅ……!」

 痛みに耐える様に顔を顰めるハヤトの姿に、アイカは思わず歯噛みする。

(やっぱり、拒絶反応が残ってる。これじゃあ三年前と変わらないわよ、ハヤト……)

 アイカは緊張した面持ちでハヤトを見守る。

「貴様……それだけの獣力を保持しておきながら初級術式も使えないとはどういうことだ?」

 疑念と警戒を含んだ視線で問い掛けるフェルトに、ハヤトは軽く首を振ってから答える。

「詳しく話せないから簡潔に言うが、俺は訳あって獣力を制御出来ないでいたんだ。といっても、それは単に獣力を操作コントロールするのが下手って訳じゃない。原因は獣力の保有量の問題だ」

「保有量の、問題?」

 首を傾げるフェルトに、ハヤトは頷き、告げる。


「俺は並の霊獣士が保有する何倍もの獣力を持っているんだよ」


「……なん、だって?」

ザワザワザワ……ッ!

 ハヤトの発言に、体育館中が驚きに騒めき出した。それは生徒達だけに限らず、教師陣、あげくには学園長まで目を見開いて驚いていた。

 ただ一人、アイカだけを除いて。

「……それはどういうことなんだ?」

「だから詳しくは話せないんだって。とにかく、俺はそれだけ莫大な獣力を保有してるが、あまりに膨大すぎる獣力のせいで通常の方法じゃ術式という放出口から獣力を出すことが難しくなってしまってるんだ」

「……つまり、術式を展開しても大量の獣力が術式を圧迫し、術式そのものを破裂させてしまう。そういいたいのか、君は」

 フェルトが眉間に皺を寄せながら導き出した結論に、ハヤトは頷く。

「だから塞き止められた獣力が行き場を無くして暴れ回り、その反動が俺の体に返ってくるってわけだ。ただ、獣力を注ぐだけでいい術式、例えば獣武展開なんかは特に問題なく使用は出来る。雑巾を絞って水を捻り出す様な強引なやり方だけどな」

 ハヤトの言葉に、会場は再び騒めく。

「どうゆうことだ?」「今の聞いてなかったのかよ」「つまりそれって……」「もしあいつが編入してまともに獣力を使えるようになったら……」「やばくね?」

 どんどん大きくなっていく騒めきに、ハヤトは周囲を見回す。観客側のアイカも周囲の生徒から色々な質問を受けている様だった。その表情はなぜか得意げだ。

(……なんか、やりにくいな)

 すっかり騒がしくなった会場の雰囲気にハヤトがそう思っていると、

 ガァン!

 と、堅い衝撃音が響き渡る。

直剣を思い切り地面に突き立てたフェルトによって、体育館の空気は一瞬にして元の静寂を取り戻した。

「フ、フフ、フフフ……フハハハハハハハハ‼」

 空いた右手で額を覆いながら、フェルトが堰を切った様に笑いだす。

「……何か楽しいことでもあったのか?」

「ふざけるなよ平民が!」

 右手を振り払う様に広げて、フェルトはハヤトを睨み付ける。

「なにが何倍もの獣力だ、何が膨大すぎる獣力だ! そんな事があるわけがないだろう⁉ 仮にそんな獣力が存在したとして、まともに獣力を使えない君がこの僕にどうやって勝つって言うんだ。大方すんなり編入して獣力の勉強でもしようと思っていたんだろうが、甘いよ! 実に甘い‼ このフェルト・ティルセリアを前にしてその愚行の数々、万死に値するね!」

「そう怖い顔するなよ、お坊ちゃん」

「貴様、この期に及んでまだ──ッ!」

「第一、俺は術式を使いこなせないとは一言も言ってないぞ」

「……はぁ? 何を言ってるんだ君は。さっき自分で言ったじゃないか」

「通常の方法では、と言ったはずだが?」

 そう言ってハヤトは訳が分からず困惑しているフェルトからアイカへ視線を移す。ハヤトの視線に気付いたアイカがハッと息を呑む。

「こっからが『お披露目』だ」

 ハヤトは剣を持っていない左手をズボンのポケットに入れて、ソレを取り出す。

「えっ⁉ それは……」

 取り出された物を見て、アイカが驚きに目を見張る。

 ハヤトがポケットから取りだした物、それは──

「獣結晶……だと?」

 ハヤトの左手に握られた薄緑色の獣結晶の意味が理解出来ず、フェルトは首を傾げる。

「さっきの話に戻ろうか。獣力とは術式を放出口として体の外に放出される。そして俺はその放出口に収まらない大量の獣力のせいで術式を展開できていなかった。だから俺は考えたんだよ……小さな出口から大量の獣力を放出させる方法を」

 ブワッ‼ と、ハヤトの体から大量の獣力が溢れ出す。放出される明青色の獣力を取り込み、薄緑色の獣結晶が息衝くかの様に瞬く。

 溢れ出た獣力はやがてハヤトの周囲に小さな風を巻き起こす。

「ま、まさか……」

 フェルトの脳裏に、ある言葉が浮かび上がる。それはほとんど机上の理論でしかないと言われているはずの技術だった。

 だが、フェルトよりもハヤトの事を理解しているアイカには予想が確信へと繋がった。

双武展開そうぶてんかいですって……ッ!」

ハヤトは口元を吊り上げる。

「ある物好きな学者が提唱した理論があった。それは獣結晶を二つ用いて獣武展開を行うことで獣武を二つ使用できるという術式だ。物珍しさに一時期は騒がれた事もあったみたいだが、その話題は一瞬で消えていった。双武展開という術式には大きな欠点があったからだ。この術式の根底には膨大な獣力が必要になる。展開したら三十分もしない内に獣力切れに追い込まれる程、大量の獣力がな。普段の倍以上の獣力を出し続けるとなるとそれ相応のエネルギーが必要になるし、使用できる獣武も限られてくる。非効率の塊と言われるくらい、実用化に向いていない術式なんだよ」

 だがな、とハヤトは付け足し、

「内容的にはとても優秀で、かなりの戦術力、防衛力が望める術式だ。燃費の悪さという大きな欠陥さえ補うことが出来れば強力な術式なのは間違いない。だが、俺にとって大事なことはそこじゃない。この術式には他の人にはマイナスな事でも、俺にとっては大きなプラスになることが一つあるんだ」

「他の人にとってマイナスで、ハヤトにとってプラスになること?」

 首を傾げるアイカとは対照的に、フェルトは業を煮やした様に叫ぶ。

「グダグダうるさいよっ! 双獣結晶だかなんだかはどうだっていい。君のハッタリにはうんざりなんだ! いい加減そのよく動く口を閉じてあげるよ! 獣の爪スラツシユストリーム‼」

 白銀の剣に獣力を纏わせ、フェルトは再び斬撃を放った。鶏型の斬撃が、真っ直ぐハヤトに向かって飛来する。

 ハヤトはやれやれと首を振りながら、眼前のフェルトではなく、アイカに向けた言葉を放つ。

「あまりゆっくり話している暇はなさそうだから、実際に見せるよ」

 ハヤトの周りに溢れる獣力が、左手の獣結晶に集まる。

 明青色の輝きが一点に凝縮され──


「一つの獣武が二つに増えた時、獣力ってのはどうやって放出されると思う?」


 ズバァァァァァン‼

 まばゆい輝きが起きたのと、斬撃がハヤトに直撃したのはほぼ同時だった。

 辺りを青白く染めた光の所為で肝心の斬撃がどうなったのか確認できなかったが、先ほどまでハヤトが立っていた場所は煙で覆われている。周りにハヤトの姿が見えないとなると、避けた訳でもジャンプして躱したわけでもない。つまり、ハヤトは今、あの白煙の中にいる。

 攻撃が当たって膝を着いているのか、それとも──。

(ハヤトは……⁉)

 アイカだけでなく、会場全体が固唾を呑んで見守る中、

「……フン、やはりハッタリだけの男だったか。くだらない、実につまらない幕引きだよ」

 ゆっくりと構えを解いたフェルトが踵を返そうとした、その時。

 ブワァァ‼ と、白煙が斜めに切り裂かれた。

「な、なんだッ⁉」

 白煙が爆発した様に弾け飛ぶ。辺りに吹き荒ぶ激しい風の流れに、フェルトは思わず右手で顔を覆う。

 煙の中から現れたのは、まぎれもなくハヤトだった。しかし、先ほどとは少し違っている。

「まさか、そんな……ッ⁉」

 それは、周囲の白煙を巻き上げ、周りに霧散させた。

 穏やかな、それでいて力強い風が刀身の周りを流れている。

「これが……ハヤトの獣武形態」

 アイカは思わず固唾を呑む。

 そこには、刀身に風を纏ったもう一つの片手剣を持ったハヤトが立っていた。

「バカな……本当に双武展開そうぶてんかいを確立させただと……⁉」

 フェルトは目の前の光景が信じられないという風に首を振りながら数歩後退る。

「だから最初から言ってるだろうが。少しは人の話に耳を傾けた方がいいぜ?」

「貴様ァ……ッ! たかが双武展開を確立させたくらいでいい気になるなよ!」

 フェルトは盾を前にしてその身を隠すと、再びハヤト目掛け突進する。

「気合い入ってる所悪いんだけど、あまり人目に晒すなって言われてるんでね……一瞬で決めさせてもらう」

 ハヤトもフェルトに向かって間合いを詰める。

 両者の距離があと少しで詰まるといった所で、

「フッ!」

 ハヤトが一気に詰めるスピードを上げた。あまりの早さにフェルトはその場で足を止め、盾で受け止めるべく踏ん張りをきかせる様に腰を落とす。

 ハヤトは盾を構えて衝撃に備えるフェルトの眼前まで迫ると、


 次の瞬間、身が霞む程の速さでフェルトの背後に駆け抜けた。


「えっ⁉」

 アイカは思わず声を上げる。ハヤトの姿が一瞬霞んだかと思った次の瞬間には、ハヤトは既にフェルトの後方に移動していた。

 訳が分からず呆然とするアイカの耳に、

 ピキッ、と。

 何かが割れる様な音が聞こえた。アイカは音がした方へ振り向く。

 それはフェルトの盾から発せられた音だった。見れば、フェルトの盾には左下から右上にかけて一筋の線が入っている。

「ば、バカ……な」

 その筋はやがて幾重にも別れ、蜘蛛の巣の様な細かい線を描き、終いには形を失った。

 粉々になった盾と一緒に、フェルトはその場に崩れ落ちる。

 その顔には困惑と驚愕の表情が色濃く現れていた。

「双武流特技『鋼体崩し《アーマーブレイカー》』。やり方は……教えてやらねぇぞ」

 直後、今まで静まりかえっていた館内が一斉に湧き上がった。

「す、すげぇ‼」「何だ今のは⁉ 本当に俺等と同い年か⁉」「やだ、格好いい! 惚れちゃいそう!」「それは絶対にダメよ‼」「え、えぇ~?」

 会場から、大きな拍手がハヤトに送られる。

 実戦を経験していない彼等にとって目の前の試合は心躍るものであり、それが劇的なものであれば尚のこと心を奮わせるのだろう。

 しかし、彼等は知らない。

 霊獣士とは、決してヒーローの様なものではないことを。

「試合終了! 勝者、シノハラ・ハヤト!」

 モルドの判定が下され、会場に一際大きな拍手が轟く。ハヤトは短く息を吐くと、両手に握る獣武を明青色の粒子へと還元する。その粒子はハヤトの右手首で二つのブレスレットになる。

「認めない……僕は認めないぞ……ッ!」

 立ち上がったフェルトが鋭い眼光でハヤトを睨みつけるが、それ以上何をするわけでもなく、乱暴な足取りで会場を後にした。

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