瞬劇②
全校集会を終え、ハヤトは待ち合わせした渡り廊下でアイカが来るのを待っていた……はずなのだが、
「キミすごいね⁉」「どこから来たの? どこでそんな力を付けたの⁉」
いつの間にか、ハヤトの周囲には沢山の生徒が群がっていた。
先ほどから止む気配の無い質問攻めのおかげで待ち合わせどころではなくなっている。
「えっと──」
どうしたものかとハヤトが悩んでいる内に、
「ハ、ハヤト君は彼女とかいるんですかっ⁉」
何とも答え辛い質問が投げかけられた。万事休す、と思われたその時。
「ちょっと! 皆ハヤトから離れなさい!」
ようやく待ち人の凛とした声が聞こえ、ハヤトは内心ホッと胸をなで下ろす。
割れた人垣の先に立つ人物に、ハヤトは疲労を含んだ声で言う。
「遅いぞ」
「クラスの友達にハヤトの事を聞かれちゃってね、色々話してたら遅くなっちゃった」
ごめんね、と悪戯がバレた子供の様に無邪気な笑みで謝るアイカの姿に、あれほど騒がしかった周囲が静まり返る。
「あれ、みんなどうしたの?」
ハヤトの傍に立ってから、ようやく皆の気配がおかしい事に気付いたアイカが不思議そうな顔をする。周囲の生徒達はハヤトとアイカを見比べながら口々に何かを囁いている。
(この空気は、マズい……)
ハヤトは何とかこの場をやり過ごそうと必死に言葉を模索したが、
「アイカさんはハヤトさんと知り合い、なんですか?」
一足遅かった。
「なんか……ずいぶんと仲良さげな感じじゃね?」
「まさかハヤト君がアイカさんの……謎の
「ふぇぇ⁉ ち、違うわよっ! 何勘違いしてるのよ⁉」
アイカが慌てて首を横に振るが、周りの視線は一向に疑いの眼差しを止めようとしない。それどころか、益々その色を濃くしていく。こうなってしまえば打てる手は極端に限られる。
ハヤトはとにかく余計な事を言わず、事の成り行きをアイカに任せることにした。
(こうみえてもアイカは王室育ちだ。話術の一つや二つ心得ているだろうし、ちゃんと手は打ってあると言っていたから大丈夫だろう)
そう結論付けて、ハヤトは黙ってアイカの背後で完全無欠の
「た、確かにハヤトとは昔からの知り合いよ? でもそれは立場上知り合っただけなのよ? 誤解しないでね?」
少し顔が強張っていたが中々いい躱し文句だった。
ハヤトは心の中で拳を握る。
「立場? ならハヤトくんはアイカさんの何なんですか?」
しかし、先ほど答えにくい質問をぶつけてきた女の子がすかさず切り返す。
(くっ……この女の子、めちゃくちゃしぶといな)
「えっと……」
言い淀んでしまったアイカに、皆の訝しんだ視線が突き刺さる。特に先ほどの女の子からは威嚇にも似た凄まじい圧を感じる。
「ハヤト君は、アイカさんの、何なんですか?」
「ハヤトは……わ、私の……」
「じーーーー」
必死に言い訳を探しているのだろうが、この状況ではどれも通用する気がしない。やがてアイカの肩がプルプルと震えだした。限界が近いのがよーくわかる。
昔から焦ると訳分からない事するから恐ろしいんだよなぁ、と吞気なことを思っていたハヤトは、この後ずっと後悔することになる。
「じぃーーーーーーーーーー」
「~~~~~~ッッ!」
ついに限界に達したのか、アイカは徐々に委縮していた背をガバッと立て直すと、
「ハヤトはッ! 私の執事なのよッ‼」
あろうことか、そう高らかに宣言してみせた。
§ § §
「──で、どうするんだ? お嬢様?」
学園長室へ向かう途中、ハヤトはわざとらしく語尾を強調して足取り重く歩く隣人に尋ねる。
「うぅ……だって、あの時はあれしかいい策が無かったんだもん……」
少し落ち込んだ様子で、しかし唇は尖らせながらアイカは言った。
──突如として投下されたアイカの爆弾宣言で、辺りは爆発した様に驚いた。
「なっ⁉ アイカ、おまっ、何言って――」
「ハヤト君がアイカさんの執事⁉ それってホントなんですかっ⁉」
ハヤトの声は周囲の声によって遮られる。暴走姫はもう止まらない。
「そ、そうよ‼ 彼は私のお世話係兼、ボディーガードなのよ! 言うなれば
「でもそれは、以前アイカさんが側近を置くのを嫌がってたからでしょ?」
「そ、そうよ? でも流石にそうもいっていられなくなったのよ。ほら、私もそろそろ王位継承候補としての立場を考えたら側近の五人や十人くらい必要かなぁってでもそんなにいると困るしでも年の離れた人はなんだか落ち着かないからだから優秀なそれでいて年の近い護衛又は執事がいないか探して見つけたのがハヤトってワケ!」
冷や汗を掻きながら必死に口を動かすアイカだが、皆はまだ納得していない様子だ。
皆を説き伏せるまであと一押し、という所まで来てついに限界を迎えたのか、
「……ねっ! そうよね、ハヤト!」
アイカはハヤトに事の行く末を託した。
ここで俺に振るなよっ! とハヤトは思わず叫びそうになったが、限界まで引き攣ったアイカの笑顔を見ると何とも哀れに思えてきて、
「………………まぁ、そう、だな……うん」
結局、ハヤトは苦し紛れの言い逃れに付き合う事しか、選択肢が無かった。
「――あの時は皆が納得してくれたから助かったけど、一歩間違えればバレてたぞ。対策は用意してるって言ったから安心してたのに……」
「反省します……」
弱弱しい声を上げながら顔を伏せるアイカを見て、ハヤトは思わず苦笑する。
相変わらずの素直さが嬉しくもあり、少し心配だった。
「昔から焦ると何するか分からない所は変わってないみたいだな。そんな調子で貴族との交流は大丈夫なのか?」
王族ともなればいろんな所で駆け引きを求められるだろう。時には話術を使って王家の情報を聞きだそうとする人もいると聞く。
「大丈夫よ。昔からの習慣みたいなものだから何も緊張せずに会話できるわ。まぁ、やっぱり裏のある話し方をする人はいないとはいえないけどね」
そう言って、少し困った様にアイカが笑う。
「……そう、か」
その表情を見て、ハヤトは言葉を詰まらせる。
困った笑みを浮かべるアイカの姿が、ハヤトには妙に大人びて見えた。改めてこの三年間が大きな『空白』を作った事を感じずにはいられなかった。
三年間、ハヤトはひたすら自分を鍛え上げて来た。
その間に、アイカは色んな事を学び、様々な人々と接し、大人として、王族としてふさわしい人物に成長している。これからはもっと人前に出る機会も増えるだろう。
そんなアイカの隣に、果たしてハヤトの居場所はあるのだろうか。
双武展開のおかげで不安定だった獣力もある程度制御出来る様になったが、まだ完全ではない。いつまた制御という枷を破り、暴走するか分からないのだ。もしも獣力が暴走してアイカに危害が加わったらと思うと、背筋が寒くなる。
それならいっそ、アイカから距離を取った方がいいのかもしれない。
ふと、そんな考えがハヤトの頭を過ぎってしまう。
ハヤトは慌てて首を振り、その考えを追い払う。
気付けば学園長室は目の前だ。決断を出すのは今でなくてもいいはず、とハヤトは気持ちを切り替えてドアをノックする。
「シノハラ・ハヤトです。失礼します」
断りをいれてから、ゆっくりとドアを開ける。
「おぉ、来てくれたか。さぁ、二人ともここに座ってくれ」
応接用のソファの前に立つルドルフに促され、ハヤトとアイカは隣同士で腰掛け、ルドルフもハヤトの向かいの席に腰掛ける。
「いやはや、先ほどは済まないね。急な展開で困っただろうに。でもこれで編入に対しての問題も解消したといえるだろう」
「少し驚かされましたが、これで自分としても堂々としていられます」
「ねぇハヤト。そういえば試合中に言ってた事だけど」
不意に思い出した様に、アイカがハヤトに振り向き、問い掛ける。
「『他の人にはマイナスでもハヤトにとっては大きなプラスになること』って、結局どういうことだったの?」
「あぁ、それはな――」
「放出口の増加、だね?」
ルドルフが静かな声で告げる。
「……はい。その通りです、学園長」
「放出口の増加?」
アイカが視線で説明を促す。
「簡単な事だよ。獣力の放出口が一つから二つに増えたことで、獣力を分割して放出できるようになったんだ」
「獣力を、分割……ッ、そっか!」
パッと表情が晴れたアイカに、ハヤトは大きく頷く。
「そう、それには多くの獣力が流れてしまう。増えた獣力の流れを制御する為にもまた獣力を要するから、単に二倍の獣力よりも多くの獣力が使用されるんだ」
「普通の人には確かに重労働よね。でもそれがハヤトになると違ってくる……」
「あぁ、もっと獣力を放出したい俺にとっては、まさに好都合な訳だ。おかげで昔から手を焼いてた術式の暴発もしなくなったし、まともに動けるようになった」
「そういうことだったのね。学年順位3位のフェルト君を一瞬で倒しちゃうなんて……この三年間であんなに強くなったのね……びっくりしたわ」
そういってアイカは微笑んだ。しかし、その表情はいつもの笑顔とは少し違い、何処か物足りない様にハヤトには思えた。
「私もあの試合には驚かされたよ。学生とは思えない身のこなしだった……そんな君に、ぜひ頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと、ですか?」
ルドルフは徐に立ち上がると、机から一通の封筒をハヤトの前に差し出す。
「中を見てほしい」
言われてハヤトが封筒を開けると、中から数枚の資料が出てきた。
その資料の表紙に大きく記されていたのは、
「学生霊獣士特殊部隊編成表……? これは一体……?」
「うむ、実は近々霊獣士学校から募った優秀な生徒達で編成した小隊を実戦へ向かわせるという計画が進められているんだ」
「それって、学生を戦場へ向かわせるって事ですか⁉」
アイカが机の上に身を乗り出す。
「あぁ、そうだ。君達も噂で聞いたことがあるだろうが、最近ある組織が頭角を現していてね……少々やっかいな存在にまで肥大してしまったんだ。これはまだ上層部にしか回っていない情報なんだが……三日前、その組織に正規の
「獣士軍が、負けた⁉」
信じられないと言った様子で、アイカは目を見張る。
その軍を退けたとなると、もはやレネゲイドはただの反抗組織では済まされない。
「情けない話だが、戦争が終わってからというもの、大半の霊獣士は町の治安や見回りが本業のようになってしまっている。実戦で使える霊獣士は軍に直結している者を除けば全体の3割程しかいないといわれている。いくら軍がしっかりしていようとこれでは到底数が足りない」
霊獣士は戦う職業といってもいいだろう。だが、今の平和な時代にその役割を果たす場面はそう多くない。経験を積まない霊獣士が現れるのも当然の事ではあった。
「平和が保たれるのはとても良いことだ。霊獣士が無理に戦わずにいられるなら、それはそれで良い状態なのかもしれん。だが、今の霊獣士はその平和に浸りきっている。その結果が、まさに今、この現状だな」
情けなさそうに、ルドルフは力無い笑みを浮かべる。
「今の霊獣士志望者の大半は霊獣士を戦士としてではなく、収入の安定する仕事やキャリアとして見る目が強い。結果、この様にいざという時になれば身動きの取れない大人が後を絶たないという訳だ」
だが、とルドルフは付け足し、
「君達霊獣士見習いは違う。違わなければならないんだ。これからの子供達に同じ道を辿らせる訳にはいかない。だが、今のカリキュラムを改善したところでその事実を生徒達に伝えるには今ひとつ足りない。だからといっていきなり生徒達を実戦に投入しては現場にも支障をきたすだろう」
「そこでこの作戦、という訳ですか」
ハヤトは再び手渡された資料に視線を落としながら言う。
「うむ。各校で選抜したメンバーで構成された部隊を実戦に向かわせる。もちろんいきなり最前線へ送り込むのではなく、まずはこちらで用意する演習を各校の選抜部隊で競い合ってもらう。そこで実力を見定めたら、そのレベルに応じた仕事をしてもらうという手筈だ」
ハヤトとアイカは顔を見合わせる。いきなりこんな依頼がくるとは思いもしなかった。それに、これは自分達だけで決めていいことでもない為、返答に困ってしまう。
それを見越していたのか、ルドルフは直ぐに言葉を繋げる。
「この話は既にベルニカさんに通している。彼女は『キミに一任する』と言っていたよ」
「ベルニカが?」
「あぁ、だから君が引き受けてくれるならこちらもそれなりの体制を用意させてもらうつもりだ。もちろん給料も出るし、学費も大幅に免除させてもらうよ」
確かにそれはありがたい話だとハヤトは思った。学費が減るならベルニカの負担も少しは減らせるだろう。ハヤト一人くらいの学費なんて負担にもならない位には稼いでいるだろうが、出来るのなら自分で返したい。授業の一環ならば護衛任務の合間にこなせそうだし、ベルニカの了解も得ているのであれば問題はない。最後に引っかかる事と言えば──。
ハヤトは再度、アイカの顔を見る。ハヤトの視線に気付いたアイカは直ぐに微笑み、
「ハヤトがやりたいならいいと思うわよ?」
そう言ってくれた。
「……分かりました。この依頼、お受けします」
急な編入に対応してくれた礼も兼ね、ハヤトは首を縦に振った。あくまでアイカの護衛が最優先だが、学校の行事というものにハヤトは内心、興味があった。
「そうか! 引き受けてくれるか! いや、断られたらどうしようかと内心恐れていたんだよ」
ルドルフ学園長は心底安堵した顔で高らかに笑った。
「それで、俺は具体的には何をしたらいいんですか?」
ハヤトはさっそく任務に取りかかろうと話を進める。
「うむ。まずはメンバー集めだ。各校最低でも3名、最大で7名の小隊を組む事になっている。最初は最低ラインの3名を目指して欲しい。小隊が組めればその後の増減は3名から7名の間なら自由だ」
「と、言われましても……俺は今日編入してきたばかりですよ? メンバーを選べと言われてもそう簡単には――」
「あぁ、分かっている分かっている」
ハヤトの言葉に被せるようにしてルドルフが言う。
「いきなりメンバー探しとなっても難しかろうと思ってな、実は一人、私から推薦したい者がいるのだよ」
「学園長自ら、ですか?」
首を傾げて言うハヤトに、ルドルフは大きく頷く。
「霊獣士としてはまだまだだが、戦闘能力だけなら十分使える者だと思うよ。なんといっても、君達と同じ
「へぇ、もう軍に所属しているんですか」
少し驚いた様子で、ハヤトは言った。
幅広く役職のある霊獣士の中でも、取り分け獣士軍は霊獣士の使命を体現しているような所だ。ハヤトもこの修行の間に見てきたから分かるが、生半可な根性でやっていける場所ではない。同じ歳で既に軍に身を置いているなんて、今の霊獣士見習いの中では珍しい。
「多少は実戦も経験しているから、他の生徒よりは動けると思うのだが、どうだろうか? 彼をメンバーに加えてもいいかね」
「……そうですね。ここの生徒達のことはまだ何も知りませんし、実戦を経験しているのなら、喜んでメンバーに入って欲しいですね」
少し考えてから、ハヤトはルドルフの提案に甘える事にした。
「そうか! では後で彼に連絡しておこう」
「よろしくお願いします。さて、とりあえず候補として一人見つかったけど、後一人はどうしたもんか……」
一段落したと思い、ハヤトが後ろ首に手を当てながらそう呟くと、
「え? もう一人必要なの?」
今まで静かだったアイカが不思議そうに首を傾げた。
「おいおい、今の話聞いてなかったのか? 最低でも3人必要なんだぞ?」
ハヤトは苦笑しながらアイカに言う。
しかしアイカは、
「わかってるわよ。だからもう三人決まったじゃない」
平然と、そう言ってのけた。
「……ゑ?」
ハヤトは思わず声にならない音を発してしまう。
「まさか……アイカも数に入ってる、のか?」
恐る恐るといった様子でハヤトが尋ねると、
「いやねぇ、当たり前じゃない」
何を今更、といった風に、アイカはにこやかに言った。
「却下だ」
「ちょ、ちょっと⁉ どういうことよ!」
即座にアイカが反抗するが、こればかりはハヤトも応じる訳にはいかない。
「メンバーは俺が決める。そうですよね、学園長」
「あ、あぁ。もちろんアイカ嬢をメンバーに入れてはいけないという理由はないが……」
「アイカには立場があります。それに近々王位継承の時期と聞いています。危険な場所に自ら足を運ぶ必要もないでしょう」
「う、うむぅ……確かに、その通りだな」
「ダメよ! 私もちゃんとメンバーに入れなさい!」
眉を吊り上げてアイカがハヤトを睨むが、ハヤトはまるで気にした様子も見せずにスクっと立ち上がり、
「この話は後でじっくり、な?」
アイカの肩をポン、と叩いた。尚も何か言おうと口を開いたアイカより先にハヤトはルドルフに向き直ると、
「先ほどの人に連絡を取っていただけますか?」
すぐさま次の話題に切り替えた。アイカからものすごい怒気を感じるが今は耐えるしかない。
「あぁ分かった。では今から王都にある中央広場に向かってくれ。そこに彼を待機させておく」
「顔写真とかありますか? あると助かるんですが」
何せ初対面だ。待つ分にはいいが、待ってもらっているなら人物を特定しないといけない。
「いやすまんな。写真とかは用意していないんだ。だが、まぁ行けば分かると思うよ」
「それはどういう意味ですか?」
ルドルフの言葉に、ハヤト達は揃って首を傾げる。
「そのままの意味だよ。なにせ奴は――」
ルドルフから告げられた言葉に、ハヤト達は耳を疑った。
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