嵐の編入式②
「――で、あるからして、君達には常に霊獣士である自覚と誇りを持って行動してほしい。獣力はその気になれば誰でも扱うことが出来る。だが、君達はその力をさらに強固なものにしていかなくてはならない。それは力を得るのと同時に、責任も伴わなければならないという事だ。その事を頭に、そして心に刻みつけ、これからも日々の修練に打ち込んで欲しい」
ルドルフの演説が終わりに近づいたことを察して、生徒達が各々に肩の力を抜く。ようやくの出番に、ハヤトも少しだらけた姿勢を正す。
「私の話はこれで終わるが、今日は君達に報告がある。この聖フィリアリアに急遽、編入生が入ることになった」
ルドルフから告げられた言葉に、生徒達がざわつく。隣同士で
しかし、舞台下で待機していた教師がサッと右手を上げるだけで騒めく館内は一瞬にして静寂を取り戻す。元の静けさが戻ったことを確認して、ルドルフは話を再開する。
「それでは舞台上に来てもらおうか。シノハラ・ハヤト君」
「はい」
ハヤトは静かに舞台袖から身を出した。途端に注がれる奇異の視線に、内心身構えてしまう。
面白いモノでも見ている様な顔をする者、黙ってハヤトを睨む者、様々な視線がハヤト一人に集まる。
「彼がシノハラ・ハヤト君だ。今日から一年A組で皆と共に授業を受ける。皆、いろいろ教えてやってくれ。ではシノハラ君、挨拶を」
ルドルフはマイクを譲る様に壇上から離れる。入れ替わりでハヤトがマイクの前に立つ。皆が耳を澄ませる中、ハヤトは少し息を吸い込み、そっとマイクに顔を近づける。
「初めまして。シノハラ・ハヤトです。今日からここでお世話になることになりました。分からないことが多くて迷惑をかけることも多いかもしれませんが、よろしくお願いします」
少しの沈黙の後に、控えめな拍手が体育館に響く。皆、どう反応したらいいか迷っているといった様子だ。
ハヤトはひとまず一礼し、後は学園長に進行を任せよう、とマイクから離れた時だった。
「ずいぶんとふざけた奴が入ってきたものだなぁ」
生徒の列から、そんな声が聞こえてきた。
「何の試験も無しですんなり編入なんて、一般の試験で合格した僕達にあまりに失礼とは思わないのかねぇ?」
ハヤトが声のした方へ振り向くと、左右に割れた生徒の列から一人の青年がふてぶてしい笑みを浮かべて前に出て来た。先ほどからずっとハヤトに険しい視線を送っていた者の一人だ。
「君は確かD組の――」
「フェルト・ティルセリアです学園長。そして初めまして、シノハラ・ハヤト君」
丁寧に
「高名なティルセリア家の跡取りであるこの僕でさえ、正当な試験をしなければ入れないというのに、どこの馬の骨ともしれない君が試験も無しに編入できるなんて、許されると思っているのかい?」
フェルトの言い方はさておき、言い分に関してはもっともだとハヤトは思った。 ここにいる生徒は皆、受験をして受かっているのだ。その為の努力をしてきたのに、何の試験も無しに編入してきたハヤトに疑問を感じるのは当然だ。すかさずルドルフが仲介に入る。
「フェルト君。君の言う事も分かるがね、彼の才能は既に裏付けが取れた確かなものだ。故に、君達の様に筆記や適性試験は不必要だと判断したのだよ」
「なるほど! 裏付けの取れた確かな実績があると。それはすごい!」
フェルトはなおも芝居がかった口調で声を上げる。
「その実績が確かならば、ぜひ証明していただこうではありませんか。全校生徒が集う、今この場で」
フェルトは両手を広げてそう言った後、自身の胸に手を当てて言う。
「試合をしましょう。学年三位の実力者であるこの僕、フェルト・ティルセリアとね」
フェルトの言葉に、館内が驚きに包まれる。
「実力があるなら問題ないでしょう? 学園三位の実力を誇る僕に勝つことが出来たら、皆も納得するんじゃないかな?」
「さっきから何を勝手なことばかり言ってるんだ! 早く所定の位置に戻らんかぁ!」
先ほど右手を挙げて生徒を静めた先生が怒鳴りながら前に出てくる。
しかし。
「まぁ待ちなさい、モルド先生」
ルドルフは右手で教師を制すると、ハヤトの方に振り返り、どこか期待した眼差しで言う。
「彼の言い分にも一理あるのは確かだ。私もなにかしらの条件を考えていたところだ。ちょうどいいかもしれん。どうだろう? 彼とここで練習試合で勝利する事、それが編入の条件というのは?」
ルドルフの言葉に、再び館内が騒がしくなる。今度は生徒だけでなく教師陣も驚いた声を上げていた。
(この学園長……俺の経歴を知っていてこんな事をいっているのか?)
ハヤトはしばしルドルフを凝視した後、頷く。
「俺に異論はありません」
淡々と返事をしたハヤトだが、内心面倒くさくて仕方がなかった。
「決まりだな。形式は……そうだな、武装鎮圧方式にしよう。相手の武器を破壊、あるいは鎮圧すれば勝利という形でどうだろう?」
「異論ありません」
「僕も異論はありません、学園長」
二人の了承を得たルドルフは、置いてけぼりにされていた教師と生徒達に向き直り、
「皆もそれで構わないかな? 学年三位の成績を収めているフェルト・ティルセリア君に勝利する事が彼の編入の条件ということで。難易度としては十分過ぎると私は思っているのだが」
問い掛ける様に、そう宣言した。
直後。
ワァァァァァァァァ‼
突然、体育館が震える程の大歓声が響いた。
「おいマジかよ!」「試合だってよ!」「あの学年三位のフェルトが相手とは奴も可哀想だな」「性格はむかつくが腕は確かだからな、フェルトは」「やっべーテンション上がってきた!」
館内は一瞬でお祭り騒ぎとなっていた。
ハヤトが呆気にとられて立ち尽くしている間に、教師陣は試合の準備に取りかかるのか、モルド先生と言われていた人の所に小さな輪を作って集まっていた。
「ふふふ……せいぜい一撃当てれるように努力するといいよ」
フェルトは余裕の笑みを浮かべてそう言うと、返事も聞かずに去っていった。
「一撃、ね……」
ふと周りを見回すと、騒ぐ生徒達の中でアイカが額に手を当てて項垂れているのが見えた。
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