第86話 真本能寺
一旦言葉を切り、栞を再び凝視する。
「して、場所はどこなのじゃ?」
「場所は遥か南の大陸だそうだ。居城の名称は『本能寺』」
栞によると、ノブナガの居場所は「本能寺」だ。しかし、私の知る日ノ本にある廃墟の本能寺ではない。
「南に大陸が? 聞いたことないの」
「リリアナでも知らぬのか。シャルロットは?」
「わたくしも存じ上げません」
ミツヒデはリリアナ達が住む大陸のことも知っていた。
彼らは空を飛び遥か遠くまで地勢を調べたんだろうな。
一体、南の大陸には何があることやら……。人の住む土地なのだろうか、それとも無人の荒野なのだろうか。
「広大な大陸となれば……いや、関係ないか」
「想像通りだ。本能寺……名称が重なるので『真本能寺』とでも仮称しようか。真本能寺の前に転移できるから問題ない」
ミツヒデの態度から察するに、人への被害などは気にしなくてよいだろう。
どれだけ私たちやノブナガが暴れようと問題ないほど広大な無人の野……そこに真本能寺があるに違いない。
「いずれにしても、行く以外道はないさ」
「そうじゃな」
「……少し寝る」
ゴロリとその場で寝転がり、目を閉じる。
調べることは済んだ。ならば、少しでも早く霊力を回復させるのみ。
「全く……情緒の無い奴じゃ」
「何かあれば先に十郎が目覚めるだろう。済まぬが休むぞ」
「うむ」
疲れ切った体は眠気を訴え、すぐに私は眠りに落ちた。
◇◇◇
む。後頭部に柔らかさと暖かさを感じる。
目を開くと、目をつぶりいつの間にか木製の背もたれに背中を預けたリリアナの顔が目に入った。
頭を起こすと、リリアナがパチリと目を開き慈母のような微笑みを向ける。
「起きたのかの」
「ああ。おかげでよく眠れたよ。霊力もほぼ回復した」
「さすが妾の膝枕じゃの」
「そう言うことにしておこう。感謝するリリアナ」
リリアナの髪先をそっと指先で撫で、感謝の意を述べた。
「感謝するならもっと、ほれ」
「……」
口をきゅっとすぼめ目を瞑るリリアナへ苦笑しつつも、指先を彼女の髪から頬へ動かす。
彼女の頬から顎に向けて指先を走らせ、最後に彼女の頭を撫でた。
「みんな、霊力の様子はどうだ?」
立ち上がり、周囲を見渡す。
「おう。俺はもう大丈夫だぜ」
「わたくしも問題ありません」
「あたしもあたしもー」
十郎とシャルロットは八割方回復したというころか。
ゼノビア? 彼女は戦っていないから元より霊力が減っていない。
「この後の動きを相談したい。まずは私の考えを述べよう」
皆が頷きを返したのを確認してから、言葉を続ける。
「まず失った左腕の代わりが何とかならぬか倶利伽羅に相談する。その後、体勢を整えノブナガの元へ向かう」
「おう! 俺はそれでいいぜ」
「うむ」
「はい」
「あたしはお留守番で」
同意する三人と自分の意見を述べるゼノビア。
「ゼノビアはここに残るのだな」
「うん。あたしは傍観者……ううん、事の次第を見届けるって決めたの。ノブさんとも戦いたくないし、十郎くんともね」
「だからこその中立か」
「うん。十郎くんのことは大好きだけど、ノブさんはノブさんで、ね」
「私たちがノブナガと戦うことについて思うところはないのだな?」
「うん。ノブさんが勝とうが負けようが、あたしは見届ける。十郎くんが戻ってきたら抱きしめるし、戻ってこなかったら……思いっきり泣くの」
この様子だと、ゼノビアはなんとなくノブナガらの天下布武について察しているのではないかと思う。
ノブナガの意思には同意はできないが、十郎の味方をして自ら打倒に参加する気にはならない。
彼女の中で複雑な心境が渦巻いているのだが、どちらにも敵対しないことを選んだ彼女の意思は尊重する。
私としても、敵対しないのであれば彼女と事を構える気はない。
「縁起でもねえこと言うんじゃねえ。俺たちはノブを倒し、戻ってくる。しっかりと俺を抱きしめに来いよ!」
ゼノビアの肩をポンと叩いた十郎は人好きのする笑みを浮かべた。
「うん、待ってるね。だからあー」
「おっと」
「はぐー」
「おっと」
自分に突撃するゼノビアをひょいと躱す十郎。
めげずにゼノビアは再びアタックするが、またしても空振りする。
この光景……本人たちは真剣かもしれぬが外から見たら、笑いを誘う以外ないのだが……。
「ハルト。すぐにでもクリカラと遠話をするかの?」
「助かる。頼む」
「うむ」
リリアナは懐から小枝を取り出し、念を送る。
すぐに倶利伽羅と遠話が繋がった。
『息災でやすか?』
「うむ。ミツヒデは打ち倒したのじゃ」
『おおおおお! さすが旦那方たちでやす!』
小枝から倶利伽羅以外にもどよめく声が聞こえてきた。
誰か他にもいそうだな。
『ご安心を。ここにいるのは皇太子様の親衛隊とあっしの仲間の隠密だけでやす』
「貴君のことだから、その辺りには注意を払っていると分かっているさ。説明しなくても大丈夫だ」
『へへ。榊の旦那。何かあったんでやすか?」
「察しがいいな。そうなのだ。ミツヒデ打倒の報告だけではない」
『うっす。単刀直入に依頼のみ先にお聞きしても?」
「助かる。左腕が無くなってしまってな。絡繰りの腕は準備できそうか?」
『いくつもありやすぜ。旦那の背丈にあったものを用意しときやす。どこで落ち合いやしょうか?』
さすが倶利伽羅だ。
話がとても早い。
絡繰りの腕の在庫がある位置と倶利伽羅の現在地から、私たちは落ち合う場所を決める。
結果、場所は境でとなった。
人が多い場所だが、先だって皇太子がお触れを出すから、堂々と来てもらってもいいと倶利伽羅は言う。
「境まで付き合ってもらってもいいか?」
私の問いにみなが無言で頷きを返したのだった。
◇◇◇
――境。
境は日ノ本一番の港を持つ大きな都で、最日ノ本で栄えていると言われている。
その賑わいたるや、東の大陸の大きな街と変わらない。
港には大きな商船がいくつも停留しており、商店街は行きかう人の波に酔いそうになるほどだ。
境に到着した私たちは、私の準備が整うまでの間それぞれ別行動をすることにした。
といっても私の頼みでシャルロットは共に来てもらうことになり、リリアナは何も言わずとも私について来ている。
十郎は宗玄に斬られた小手を新調したいと、鍛冶町へ。ゼノビアは境に入る前、「人間の多いところは苦手」とどこかへ飛んで行ってしまった。
彼女のことだから、そのうちひょいと戻ってくるだろう。
倶利伽羅の指定した店に行くと、既に準備は全て整っており、十種類の絡繰り腕を店主に見せてもらった。
「シャルロット、どうだろう?」
これだと思った絡繰り腕を手に取り、シャルロットに見せる。
「はい。問題ないかと思います」
「なら、これにしよう。店主。お代を」
中年の頭の禿げあがった小太りの店主はもみ手をしながら、にこやかに言葉を返した。
「いえ、皇太子様より先だって代金をいただいております。そのままお持ちください」
「皇太子様へ感謝を。貴君も迅速な対応、感謝する」
礼を述べ、店を後にする。
あとは、この絡繰り腕に陰陽術を施せば準備完了だ。
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