第10話 依頼

「村長! ハルト兄ちゃんは変なことなんてしないって!」

「ううむ……リュート。儂とて、かの御仁が悪意を持つ人物とは思っておらぬのだよ」


 村長は指折り数え、私が怪しい人物だと思っていないことをリュートへ告げる。

 一つ、報酬の話への反応を見る限り、金銭目的でデュラハンを討伐したわけではないこと。ハルトの純粋な善意からリュートを救うために動いたと判断できる。

 二つ、あれほどのモンスターを討伐したことを奢らず、穴が砂浜へ与える被害を気にしていたこと。

 三つ、デュラハンの討伐前、討伐後共に、村長へ話を通しに来たことから、村組織を尊重する人物だと判断できたこと。

 

 二つ目を聞いた時は顔から火が出る思いだった。気が付かれていたのか。

 我ながら態度に出ていたのだな……。まだまだ修行が足りない。

 

「そこまで評価しているのに、なんで渋るんだよ?」


 リュートは納得いかないと言った風に村長へ食って掛かる。

 それに対し、村長は顎をあげ空に向けて目を細めた。


「リュートがまだ産まれる前か幼子の頃じゃったかの。元SSランクのスレイヤーが村に住んだことがあったのじゃ」

「へええ。それはすごいな!」


 リュートは目を輝かせ、合いの手を打つ。

 

「足を悪くしてしまったとかで村に来たんじゃよ。それでな、全盛期ほどではないにしろ、Sランク程度には動けるってこともあって村に住まわせることを許可したんじゃ」

「おお! 会いたかったぜ」

「用心棒のつもりで村に置いたはいいが、酒浸りでまるで役に立たんかった。それで放逐したのじゃよ。稀にモンスターを退治してくれたが、置いておくには費用が高すぎじゃよ」

「そうだったのかあ」


 村長は大きな勘違いをしていることが分かった。

 私は何も村から俸給を頂き、生活していくつもりなど毛頭ない。

 この国の制度、仕組みが分からぬのに、官吏としての仕事は務まらぬ。不定期に仕事をする用心棒などもってのほかだ。

 村の財政とは厳しいものだ。不定期で働く者がいると、税を払ってはいくに厳しくなる。


「村長殿。お話、ありがとうございました」

「すまぬな。ハルト殿。村の恥を……」

「いえ、村長殿の話をお聞きし大きな勘違いがあると分かったのです」

「む?」

「これをご覧になってください」


 袖を振り札を指先で挟むと、村長へ見えるようにそれを掲げた。

 

「それは……羊皮紙のように見えるが、非常に薄い」

「これは、和紙と言います。私は製紙の技術を持っているのですが、村でこれを作り生業にしようと考えております」

「お、おお! その和紙とやらを見せてもらえますかな?」

「どうぞ」


 村長は受けった和紙をしげしげと見つめ、軽く折り曲げ私へ目を向ける。

 

「パピルスより使い勝手がよさそうですな。書き心地はどうですかな?」

「村長! その紙、羊皮紙やパピルスより格段に書きやすいぜ」

「ほうほう。一枚、頂いてよろしいですかな? 見させてもらい、商売になりそうでしたら是非、村に迎えたく考えておりますぞ」

「充分にご覧になってください」

「夕方ごろ、私の家に来ていただけますかな?」

「もちろんです」


 村長が時間を少し欲しいと言った理由は私でも容易に推測できた。

 これまでの村長との会話に加え、彼らから見れば珍妙な服装をした私は世捨て人か森で隠棲する仙人のような世間知らずに見えることだろう。

 その証拠に村長は私のことを最初からスレイヤーだとは思っていなかった。「大魔術師殿」と呼んでいたではないか。

 私が魔術師ではないのに関わらずこのように多大な評価をしてくれていることについて、今は捨て置くとして……彼らからすると私は商売事などまるでできない素人に見えているってことだ。

 

 だから、商品そのものが他を寄せ付けないほどの優れた物なのか見極めたいってことだろう。

 和紙自体、この地に無いものなので独自性は抜群、後は既存商品より性能が優れているかどうかだ。

 しかしこれは彼らが私を村へ住まわせることを渋っているからではない。むしろ逆だ。

 私がちゃんとこの村でやっていけるのかどうか見てくれる。商売に失敗して途方に暮れる前に、駄目なら駄目だと伝えたいのだろう。

 私に売れる売れないの見極めが無い事を彼は理解しているのだから。

 「じゃあやってみろ」と即答するより余程こちらを慮ってくれていると分かる。 


「きっと大丈夫だって! ハルト兄ちゃん!」

「そう願うよ」


 笑いかけるリュートへ笑みを返す。

 

「現場の確認も済んだようですな。それではハルト殿。また後程」


 引き上げて来た若者二人へ目配せし、村長はそう言い残して踵を返す。

 彼は振り向かずに右手だけをあげ、若者二人と共に元来た道を歩き出した。

 

 ◇◇◇

 

 夕方になり村長宅を訪れると、彼から村へ住まう許可を頂く。

 和紙の質の高さを随分と褒めてくれ、恐縮してしまった。

 和紙は私が独自に開発したものではなく、元から日ノ本にあるものだから……他人のふんどしってわけだ。

 それを殊更ことさら褒めたたえられたものだから、私の気持ちも理解できよう?

 

 とはいえ、村長は破格の条件を出してくれたのだ。

 なんと空き家をそのまま私の工房にしてよいと。長い間使っていないから、修繕作業も行ってくれると何から何まで世話になることとなった。

 この地の技術はまるで分らなかったため、自分で修繕となると一から建物を作り上げるより難しいかもしれないと思っていたから大助かりである。

 その代わり、今回のデュラハン討伐報酬は無しとなった。家と修繕費用に報酬を当てるというわけだ。

 

 少しでも報酬を出せればと村長は言ってくれたが、こちらとしては願ったり叶ったりなので丁重にお礼を述べ村長宅を後にする。

 今晩もリュートが泊めてくれることになり、彼の家へ共に帰宅した。

 

「ハルト兄ちゃん、いくらでも泊って行ってくれよ!」

「それは悪い。リュートの母上も明日戻ってこられるのだろう?」

「家の修繕には二日ほどかかるぜ。母ちゃんも父ちゃんも是非って言うって! ハルト兄ちゃんは俺のためにデュラハンを倒してくれたんだから!」

「そうか、助かる」


 遠慮が過ぎると失礼に当たると思った私は、これ以上リュートには何も言わずありがたく彼の家に連泊することを伝える。

 この日の晩もまた美味な料理がテーブルに並び、食後は紅茶へレモンを垂らし至福の時を過ごした。

 

 ――翌日。

 昼頃になると、リュートの母親が村へと帰って来た。

 彼の母親は栗色の髪色が彼とそっくりで親子なのだなと思わせる。

 二人は目が合うと駆けだして、お互いに抱きしめ合って涙を流す。

 ひとしきりお互いに泣いた後、彼の母親はリュートから体を離し私へ顔を向けた。

 

「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」

「いえ、リュートの母上殿も無事で何よりです」

 

 女性の一人旅は相当な危険が伴う。彼女は息子を助けるため気丈にも街まで唯一人で向かったのだ。

 何事も無く帰還できて本当によかった。


「もうダメだとばかり……街で血眼になって有力なスレイヤーを探したんですが……」

「リュートにはここ二日ほどこちらでお世話になっています。抜群の腕を持つ料理には私の方こそいくら礼を言っても言い切れません」


 リュートの口から「私の家が現在整備中」だと告げると、母親は即座に「家ができるまで泊って行って欲しい」と私に言ってくれたのだった。

 

 その後、三人で食事を取り、客室のベッドへ寝転がる。

 リュートのことについては、父親が帰るのを待つのみか。

 一方で、私は家ができるまで後二日ほどある。

 このまま無為に過ごすことも悪くはないが、暇を持て余してしまうだろう。


「よし、ならば和紙を作るとしようか」


 札の数も心元ないことだし、丁度いい。家が持てるとなると、在庫を置いておくこともできるしな。

 しかし、製紙に関する道具は一つたりともない。

 これは後程揃えるとして……急場を凌ぐためしばらくは全て陰陽術でやってしまおう。

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