第11話 苦い!

 リュートの家からしばし歩くと、すぐに自然そのままの姿が残った野山が見えてくる。

 どこの農村にもあるようなちょっとした野山で、そびえ立つ山や深い森ってわけではない。

 それでも草木が生い茂っており、落ち葉が折り重なってできた腐葉土の柔らかさを味に感じることができた。

 

 今日はここへ来てから初めての単独行動だ。ずっとリュートが付き添ってくれていたので、ある意味新鮮な気持ちで大きく息を吸い込む。

 すると草いきれの青臭い匂いが鼻孔をくすぐり、どこにいてもこの匂いは変わらぬものだなと故郷の野山を思い出し目を細めた。

 

 少し歩いただけだが、鹿や猪らしき足跡も発見でき私の顔は自然と綻ぶ。

 しばらくは、この野山と海からの恵みだけで生活していくつもりだからな。和紙が売れるまで私は無一文なのだから。

 しかし、この分だと収入など無くてもずっと生活していけそうだ。海は海で魚も豊富。野山で山菜でも摘めばちょっとした食事の完成となる。

 

「植生が異なるのか……」


 いざ草木をつぶさに観察してみて、私は愕然とした。

 海を越えた土地にあるのだから、当然と言えば当然だったのかもしれない。

 猪や鹿の足跡を見つけたことで、この地も日ノ本と同じだと思っていたのが甘かった。

 

 どれが食すことのできる果実や草なのか分からぬが、そこは問題ではない。

 陰陽術を使えばな。

 まずは試しに……あれがいいか。

 ちょうど頭の上ほどの高さにあった手のひらに収まるくらいの大きさがある黄緑色の果実をむしる。

 反対側の腕を振り、札を指先で挟み念じる。

 

「解析術」


 果実を見つめると、ステータスが浮かび上がってきた。

 

『種類:柑橘類

 名称:ベルガモット

 毒:無

 コメント:食用可』

 

 ふむ。これは食べることができるのか。

 柑橘類ということは、この黄緑色の皮をむいて中の実を食すはず。

 腰に忍ばせた道具袋から小刀を取り出し、ベルガモットの果実を真っ二つに斬ってみる。

 

 ベルガモットの実は蜜柑の色に似ていて悪く無さそうだ。

 新鮮な果汁が滴り、みずみずしさが見て取れる。

 

「ではさっそく」


 皮を剥ぎ、少しだけ口に含む。

 う……。

 

「苦い!」

 

 反射的に口から先ほど含んだ果実を吐き出す。

 迂闊だった……解析術で食せるかどうかは分かる。しかし、味は分からないのだ。

 こればかりは食べてみないと……。

 

 茫然として周囲を見渡すと、見たこともない草木が沢山。中には見知ったものもあるが……。

 これを全部試すのか……たらりと額から冷や汗が垂れた。

 

「頼ってばかりだが、リュートに聞いた方がよいだろう……」


 苦みに顔をしかめながら、手に持ったベルガモットを力いっぱい放り投げる大人げない私であった。

 

「先に和紙のことから調べようか」


 水で舌の苦みを洗い流してから、再び歩き始める。

 和紙の原料は葉なのだが、葉の繊維が重要でどのような葉でもいいというわけではない。

 日ノ本では、こうぞ、ミツマタ、雁皮がんぴの三種がよく使われる。

 それぞれ用途によって使い分けるのだが、村長に見せた札は雁皮と楮を混ぜたものだ。

 

 どれか一つでもここにあればいいのだが……。

 歩くことしばし。特徴的な花を見つけた。

 それは、アジサイのようにも見える黄色の可憐な花で、小さな花が集合して大きな一つの塊を作っている。

 アジサイに比べると、花塊の大きさは半分にも満たない。しかし、アジサイにはない繊細さがあり私はこちらの方が好みだ。

 貴族にもこれを愛す者が多数おり、庭先に植えることも多い。

 

「ミツマタだ」


 この可憐な黄色の花は間違いない。

 念のため解析術を使って確かめてみたところ、「ミツマタ」と表示された。

 この分だと楮や雁皮もあるかもしれない。

 ミツマタを発見したことで俄然やる気が出て来た私は、足を早め野山の散策を続ける。

 

「お、あの鮮やかな赤は。楮か!」


 木に成る丸い形をした粒々を手に取り解析術を使用する。

 

『種類:桑系

 名称:マルベリー

 毒:無

 コメント:食用可』

 

 楮とは出ないな……。同じものだと思うのだが……。

 試しに赤い粒々を口に含む。

 甘酸っぱい味が広がってきて、この味は楮の実だと確信する。

 

 ならば雁皮もと探してみるが、歩きまわっても見つけることは叶わなかった。

 ひょっとしたらあるのかもしれないが、今日のところはミツマタと楮が見つかっただけでもよしとしよう。

 

 楮とミツマタの葉を集め、村長より借り受けた大きな麻袋へそれらを詰める。

 葉を詰め終えた後、日も陰ってきたので今日のところはリュートの家へ戻ることにした。

 

 ◇◇◇

 

 夕食をご馳走になりながら、リュートへ山菜のことについて尋ねてみると、彼はニコニコした顔のまま詳しく説明をしてくれた。

 どうやら、かなり詳しいみたいで彼の素晴らしい料理は香草を巧みに使っているのだと分かる。

 

「ハルト兄ちゃん、じゃあ、明日、野山に行こうぜ」

「助かる。礼は猪でもいいか?」

「猪……あ、ハルト兄ちゃんだったら出会っても逃げなくていいか! 強いもんな!」


 一瞬青い顔をしたリュートは、すぐに朗らかに笑う。

 確かに猪は不用意に近づくと逆襲されることはあるが、魔物でもないし武器さえ所持していればリュートであってもそれほど危険はないように思えるが……。

 

「猪の捜索に時間は取らせないから安心して欲しい」

「村に近いところだと滅多に遭遇することは無いんだけどな! もし俺一人だったらと思うとゾッとするよ」

「そこは安心してくれ」

「うん!」


 和気あいあいとしていたのは、食事が終わるまでだった。

 リュートと彼の母親へ客室へ行くと挨拶をした時、和紙でできた鳩がコツコツと窓を叩く。

 

「リュート」

「うん」


 リュートが窓を開けると、鳩が入ってきて彼の肩へとまった。


「ハルト兄ちゃんこれって?」


 鳩を指先で撫でながら、リュートは不安そうな声色で尋ねてくる。

 

「鳩が戻ったか。札にも戻らぬとなると……」

「何かあったのかな?」

「通常、鳩は札に戻るのだ。貴君の母上の時のように」

「うん。これはでもそのままだよね」

「その場合は、宛先人不明となる」

「えっと……鳩は父ちゃんのところを目指したけど、行きつけなかったってこと?」

「その通り。これはただ事ではないな……」


 幾つか可能性はある。

 最悪の場合は、リュートの父君が死亡していた時だ。鳩は生者にしか文を届けない。

 一番可能性が高いのは、遠すぎた場合か。鳩は低位の式神だけに、それほどの力を持っていない。行って戻ってこれる距離が限られていて、それ以上の距離となると途中で引き返すのだ。

 デュラハンを討伐してからまだ二日。彼の父君がまだ戻らなくても不思議ではないのだが……嫌な予感がする。

 ひょっとしたら彼は鳩も届かぬ距離で遭難しているのではないか?

 大森林へ一人で赴いたとリュートが言っていたからな……山伏ならともかく、森に慣れていない者が宛もなく大賢者を探すなど危険の方が大きい。

 

「ハルト兄ちゃん……」

「リュート。大森林なる場所がどこなのか教えてくれないか? それと父君の髭剃りナイフを貸して欲しい」

「それって……父ちゃんを探しに行ってくれるってことなのか! ダメだよ。何もかもハルト兄ちゃんへ頼っていては」

「いや、ついでだよ。リュート。大賢者って者に興味が出て来ただけだ。私の家が完成するのにまだかかることだしな」


 片目をつぶると、リュートは目に涙を浮かべながら私の腕をギュッと握りしめた。


「あ、ありがとう、ハルト兄ちゃん」

「だから、ついでだと言っているだろう?」


 私たちのやり取りが騒がしかったのか、彼の母親が居間へ顔を出し何度も何度も感謝の言葉を告げられ、照れ隠しにそそくさと階段を登った私であった。

 客室へ戻ってから気が付いたのだが、聞こう聞こうと思っていて結局まだ私がどこの国にいて、この辺りはどのような地域なのかまるで聞いていなかったことに気が付く。

 い、いずれ聞けばいい。

 そうだ。家の引き渡しの際に村長に会うだろう。彼より周辺事情に詳しい人はこの村にはいまい。

 私は聞く時期を見計らっていただけだ。決して忘れていたわけではない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る