第58話 砂漠の街アデレード
飛竜に乗り、途中何度か休憩を挟み、大陸南東にあるアデレードの街まで到着する。いかな飛竜の速度とて、大陸を横断するとなれば朝日と共に出ても日が暮れるまでかかった。
街に入ると、ここでもシャルロットの威光は変わらず群衆がすぐに集まってきたが、ラーセンと服装がかなり異なるな。
砂漠が近いからか、ゆったりとしたローブを羽織り、腰に金色か銀色の三日月型の短剣を指した者が多い。靴もブーツではなく、草鞋に近いサンダルと呼ばれるものを履いている。
下もだぶつき中央が少し膨らみ足元を紐でしめる変わったズボンで、ラーセンから比べてみても異国情緒あふれる装いと言えよう。
シャルロットには護衛がついていることだし……宿を決めた私たちは教会へ挨拶に行く用事があったシャルロットと別れ、夕食を取ることにした。
大通りを歩いていると、様々な露天が軒を連ね。いい香りが漂ってくる。
先ほどからリリアナがそわそわと左右を見渡し私の袖を右へ左へ引っ張って来ていた。
「もう少し落ち着いて散策したらどうだ? 店は逃げやしない」
「キョロキョロなんぞしておらぬ。あ、あれ美味しそうじゃなかろうか?」
やれやれだ……。
肩を竦めたところで、リリアナに引っ張られ露天の前まで足を運ぶ。
その店は、大きな肉の塊を鉄の棒で刺し火で焙っている料理を提供しているようだ。
肉の焼ける香ばしいかおりと、肉へ塗り込んでいるタレの少し甘い香りが混じりあい何とも食欲をそそる。
「店主、一つずつ包んでもらえるか?」
「あいよ」
注文を受けた丸々とした中年の店主が肉を切り、大きな葉で包んで私たちへ手渡してくれた。
お金は心配ない。シャルロットから頂いたからな。
大通りの両端にある長椅子に腰かけようとしたところ、リリアナが次の店を指刺し喜色をあげる。
「あれも食べたいのじゃ」
「分かったから、先にこの肉を食べよう」
「う、うむ」
並んで長椅子に腰かけ、肉をほうばる。
なるほど。常に焼き立てになるのか。これはいい。
少し味が濃いが、露天での提供だと思えば上々だろう。
食べ終わるやいなや、リリアナが慌ただしく立ち上がった。
「待っとれ。買ってくる」
「私はまだ食べ終わっていないのだが……」
私の言葉など聞いちゃいないリリアナは、先ほど目につけた店へ小走りで向かって行く。
「ほれ、ハルトの分じゃ。バナナって果物らしいぞ。かかっておるのはハチミツじゃ」
「ほう。甘い果物なのか?」
「たぶんそうじゃ」
ではさっそく頂くとしようか。
その後幾つかの食べ物を購入し、腹一杯になった私とリリアナは宿に戻る。
既にシャルロットと護衛は戻って来ていて、彼女らも食事は済ませた様子だった。
明日に備え、この日はすぐに就寝となる。
◇◇◇
――翌朝。
砂漠へ向かう前に気が付いてよかった。
念のため私の分も含め、砂漠用の頭まですっぽりと覆うローブを購入する。
リリアナはそのまま行くつもりだったのだろうか……。
シャルロットはそのままでもヴェールにローブ姿なので昼間は問題ない。
私も頭巾だけでもよかったのだが……夜になると冷えるから私とシャルロットの分は布団代わりに使うつもりだ。
「行くぞー。ハルトー」
アデレードの街から出た途端、はやく
「気持ちは分からんでもないが、少し待て。シャルロットがまだ話の最中だ」
「う、うむ。すまぬ」
シャルロットは護衛に飛竜のことと万が一の時に連絡が取りあえるよう遠話の術を施している。
待つこと数分。シャルロットは護衛と別れ、こちらに顔を向けた。
「お待たせしました。行きましょう」
その言葉を受け、私は袖を振り札を指に挟む。
「札術 式神・
◇◇◇
進むこと一時間ほど……。
目に映るは礫砂漠。赤茶けた大地だけが広がり、草一本生えていない。
乾燥していることを如実に示すように、ところどころにひび割れが広がっていて、風が吹くと元は岩だっただろう風化した砂が舞い上がる。
ここでふと疑問が浮かぶ。
シャルロットもリリアナも黙ったままだったので、もしかしたらと二人へ問いかけた。
「リリアナ、シャルロット。魔溜まりの位置は分かっているのか?」
「いや」
「わたくしも存じ上げておりません」
ま、待ってくれ。
何のためにここまで来たんだ?
呆れて頭を抱えそうになった私へリリアナは無い胸を張る。
「ハルト。妾は瘴気……お主の言葉で『魔』を感じとることに長けておることを忘れてはおらぬか?」
「そういうことか」
納得した。
一応大賢者らしいところもあるのだな……ホッとしたよ。
何も考えずに場所さえ分からずここまで来たのかと思ってゾッとしたぞ。
「リリアナ、方向はこちらであっているのか?」
「それがの、ハルト。何も感じ取れぬのじゃ」
「砂漠が思ったより広大だったのか?」
「そうではないと思うのじゃが……このまま真っ直ぐ進んでもらえるかの?」
「分かった。速度を上げるか?」
「できるのならそうしてくれ」
霊力を
――しかし。
あれから二時間が経過しても、リリアナは魔を感じ取れない様子だった。
「リリアナさん、オアシスが見えてきてますよ」
シャルロットが指をさす方向に確かに大きな池が見える。
池の周囲だけ草と木が生い茂り、人家の姿も確認できた。
それが意味することを察したリリアナは額に手をあて空を仰ぎ見る。
「ハルト……」
「どうした? リリアナ?」
「魔溜まりが……無いのじゃ」
「え?」
オアシスは砂漠の終着点の一つ。
私たちは砂漠を西から東へ横断したことになる。もちろん南北にも砂漠は広がっているが、リリアナ曰く距離的に魔溜まりがあるのなら確実に感じ取れるとのことだ。
しかし、彼女は何も感じ取ることはできなかった。
「巨大魔溜まりが……消えているなんて……」
シャルロットも茫然とした様子で両手を口に当てる。
「アデレートの街へ一旦戻るか。考えるならそこで議論しよう」
「分かった」
「はい」
ジークフリードにも連絡を取った方がいいだろう。
四つの魔溜まりのうち二つが消失した。
残り二つの様子も至急確認しに行った方がいいだろう。
得も言われぬ焦燥感に背筋に嫌な汗が流れる。
何か計り知れないことが起ころうとしているのではないか?
魔溜まりが消失することで、どのようなことが起きるのか私には想像がつかない……。
「ハルト、この分だと残り二つも怪しいのお」
速度を急激にあげた
「そうだな……。とてもじゃないが、自然現象とは思えない」
「そうじゃの。妾も同意見じゃ。しかし、誰が何の目的でやっているのかまるで想像がつかぬの」
「私もだ」
漠然とした不安を抱えたまま、私たちはアデレートの街へと戻って来たのだった。
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