第49話 聖属性の検証

「ハルト。一応確認じゃが、ミツヒデが脅威なのはどこにでも転移できることでよかったかの?」


 リリアナがようやく真剣な顔になってこちらに目を向ける。


「その通りだ。本人以外も転送できるから、厄介なんて生易しい言葉では済ませられないほどだ」

「ミツヒデの奴はやろうと思えば、この家の中にも出現できるのじゃろうな」

「……確かに……しかし……」


 まてよ……。

 顎に手をやり、もう一方の手の指先でコンコンと額を叩く。

 

「何か思いついたのかの?」

「さっきリリアナは『いつでも私たちの前に出現することができる』と言ったよな」

「そうじゃな。今、真後ろに現れても不思議ではないの」

「逆に考えれば、彼らは『現れていない』わけだ」

「ふむ。妾たちを彼らがどう捉えておるのかじゃなあ」

「それは一つの可能性だ。考え得ることが二つある」


 指を二本立て、リリアナとシャルロットを交互に見やる。

 一つはリリアナが想像した通り、彼らは私たちなど障害とはみなさず、未だ不明であるが目的に向かって邁進している場合。

 もう一つは、ミツヒデの転移能力に制限があるかもしれないこと。

 

「ほう。二つ目の可能性は面白い発想じゃな」

「考えてみてくれ。十郎はミツヒデの能力であの場に出て来たのだろうが、近くに真祖がいた。次にミツヒデ自身が出現した時は、近くにゼノビアがいた」

「仲間のところにしか転移できないかもしれないってことかの」

「そうだ。何故そう思ったのかというと、ゼノビアは遠くから砂浜までたぶん空を飛んで来た」

「ふむ。転移で砂浜へ出現すれば一瞬じゃからのお。しかし……」


 リリアナは迷うように首を振り、眉をひそめ口元に手を当てる。

 私も自分で言っていて気が付いたよ。

 ゼノビアが自分の足で移動してきたのは、単にミツヒデへ転移を拒否されたからに過ぎないのかもしれないとね。

 

「私も言っていて気が付いたよ。リリアナ。ミツヒデとゼノビアの会話を聞く限り、彼は不本意そうだったからな」

「うむ。ミツヒデがゼノビアの転移を拒否した可能性も高いからのお」

「できれば、仲間のところかリリアナの魔術のように特定の場所にしか転移できないのならいいのだが」

「いずれ判明するじゃろうが、警戒しておくに越したことはないのお」


 腕を組み、リリアナと頷き合う。

 そこでこれまで静かに私たちの会話を聞いていたシャルロットが意見を出す。

 

「ハルトさん、術の開発の件でご相談があります」

「私も貴君に同じことで相談したいことがある」

「おそらくお考えは同じなのでしょうが……わたくしはさしあたり三日間、こちらに通うよう許可を得てきました」

「移動は飛竜だったか?」

「はい。飛竜であれば、一時間程度でここまで到着することができます」

「なるほど」

「ご相談はここからなのですが、此度の騒動が終わるまでとは言いません。ミツヒデさんの件が片付くまでここへ毎日通うという形はいかがでしょうか?」


 シャルロットの考えていたことは、私の相談と近いが少し違う。

 その案には二つの問題点がある。一つは離れていた場合の通信手段がないこと。魔術ならば遠くにいても会話するすべがあるのかもしれないが……。

 もう一つは、移動時間だ。一時間もかかるとなると戦闘状態に入れば駆け付けるに間に合わない。更に、私たちがシャルロットのところまで行くとなると何時間かかるか不明だ。

 私は彼女がどこに住んでいるのかさえ分からないからな。

 

「シャルロット、それでは足らないと思うのだ。今日のところはこの後飛竜で帰ってもらってもいいのだが、本部と相談して欲しいことがある」

「はい」

「差し当たり、明日はこちらで宿泊してもらえないだろうか。その後、ドレークの街まで付き合ってもらいたい」


 いつ何時、ミツヒデか来るか分からぬのだ。

 ジークフリードはともかく、シャルロットは換えがきかないからなんとしても守らないといけない。

 彼女の扱う聖なる術はきっと妖魔討伐のかなめになると思う。現に彼女の聖なる術は、真祖の魔術を封じていたのだから。

 十郎の楔を見抜いた眼も得難い能力だ。


「一人、護衛を入れることができれば可能です。わたくしが単独で男性のいる場所に泊ることはできませんので」

「了解だ。その後は私とリリアナがそちらにお邪魔して住まわせてもらうか、こちらに泊ってもらうかを相談したい」

「それでしたら、わたくしがここへ泊まらせていただいてもよろしいでしょうか?」

「分かった。しかし、長期間離れる可能性もあるのだが……本部での仕事は大丈夫なのだろうか?」

「遠話の術で連絡が取れるようにしておきます。ハルトさんとリリアナ様はわたくしを護ってくださるおつもりでおっしゃってくれたのでしょう。ならばわたくしが出向くのが筋です」


 ペコリと頭を下げるシャルロット。

 

「三人でいれば、相手が三人でも凌ぐだけならなんとかなる」


 二人へ向け安心させるよう、殊更明るい声で語りかけた。

 

「うむ。妾もシャルロットも防御術の方が得意じゃからな」

「滅することは難しくても、護ることなら」


 リリアナとシャルロットが口を揃える。


「その際は私が二人の術に『重ね』よう」


 二人は必ず私が護り切って見せよう。もちろん、私自身もだ。


 ◇◇◇

 

 話合いがひと段落したところで、リュートの作ってくれたハニートーストを食し、全員揃って庭に出る。

 

 シャルロットが一歩前に出て、私が彼女の斜め後ろに。リリアナとリュートは少し離れたところから私たちを眺めているといった立ち位置だ。


「それでは、ハルトさん。どのような術がよろしいでしょうか?」


 シャルロットは首だけをこちらに向けて問いかけてくる。

 彼女の聖なる術も魔術と同じで一つの属性しか使わない。なので、どの術でもいいのだが……あえて言うなら単純な術の方が分かりやすいな。

 それも効果時間が長いほうがいい。

 

 彼女に意見を伝えると丁度いい術があると彼女はにこやかに微笑んだ。

 

「ホーリーライトという術なのですが、こちらはわたくしが術を解くまで暖かな光が手のひらからずっと出てきます」

「暗いところを照らす魔術なのだろうか?」

「いえ、それでしたら火の魔術の方がよいです。ホーリーライトは低位のアンデッドを浄化することができます。中位のアンデッドでしたら動きが鈍ります」

「分かった。ありがとう。さっそく試してみてくれるか?」

「はい」


 シャルロットは胸の前で手を組み、自分の胸に組んだ手を押し付ける。

 リリアナと違い、ちゃんと形をかえ……いや、それはいいか。丁度彼女は後ろに立っているから、シャルロットの仕草は見えまい。

 見えていたらまた騒ぐかもしれんが。

 

 目をつぶり祈るように囁き。


「ホーリーライト」


 シャルロットが手のひらをかざすと、オレンジ色の柔らかな光が地面に降り注ぐ。

 解析の陰陽術で見て見ると……霊力を聖属性に変換していることが分かった。

 

 よし。

 袖を振り、札を指先に挟む。

 目を閉じ、集中……。目を開く。

 

「十二式 霊装 鬼火」


 火、風、地属性を重ねた青色の火の玉が、札から舞い上がりオレンジ色の光へゆっくりと向かって行く。

 火の玉がオレンジ色の光に接触した瞬間、それらは混じりあい渦を巻く。

 よし、しっかりと「重なった」ぞ。威力のほどを知ることはできないが、私の計算では数倍以上になっているはず。

 実際にアンデッドに対して試してみないことには、どれほどのものか分からないのが口惜しいところだ。

 

「すごいです。光の動きが変わりました」

「操れそうか?」

「はい。小さな竜巻のようになっていますが、わたくしの意思で自由に動かせます」

「うまくいきそうだな。楔を解く聖なる術も試してみよう」

「はい」


 次が本番だ。この分だとうまくいきそうだぞ。

 

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