第21話 ゲート

 ま、まさか……家の中にいるのか?

 ワナワナと手を震わせながら、扉を開く。

 

「お! お帰りー。ハルト兄ちゃん!」

「待っておったぞ」


 扉が開く音に気が付いたリュートとリリアナが、ぷらぷらと軽く手を振っているじゃあないか。

 

「……待っていろと言ったではないか」

「うん、待っていたよ! どこにも触ってないよ。ハルト兄ちゃん!」


 ちゃんと言いつけを守ってましたって感じでリュートが純真な目で見つめてくるものだから、何も言えなくなってしまう。

 

「あ、ああ……」


 なんとか受け応えだけして、改めて部屋の中を見渡す。

 

 一階は仕切りが無く広い大きな部屋になっているようだった。奥にはかまどがあり、それに沿うように背の高いテーブルが置かれている。

 手前左手は暖炉があり、右手奥には上へ繋がる階段。他にはリュートとリリアナが座っている食事用の椅子と机くらいか。

 他には目立った家具は無く、ガランとしていた。

 

 これだけ広ければ作業をするに支障が無いな。といっても製紙の作業はほとんど外で行うつもりではあるが……。

 屋内で行う予定なのは、出来た和紙を整える作業だ。完成した和紙は適切な大きさに切り揃えないと商品にならないのだから。その他、細かいゴミなどを払うことも必要だ。

 

「ハルト兄ちゃん、一通りの調理器具と食器も揃ってるぜ。紅茶でも淹れるよ」

 

 しげしげと部屋の中を見渡していた私へ、リュートが声をかけてきた。

 

「それはありがたい。まずはお茶にしよう」


 リュートの淹れてくれる紅茶は格別なのだ。

 顔を綻ばせ、椅子へ腰かける私なのであった。

 

「ハルト兄ちゃん、紅茶を淹れたら呼ぶから二階でも見てきたら?」

「そうさせてもらう」


 上はどうなっているのか楽しみだ。

 ワクワクしながら立ち上がり、階段を登……。

 

「ん? どうしたのじゃ?」

「……いや」


 じとりとした目でいつの間にかついて来ていたリリアナを見やる。

 別についてきても構わないのだが、一声くらいかけてもらいたいものだ。

 無言で真後ろに立たれるとゾクっとする。

 

 ◇◇◇

 

 二階は細い廊下に沿って二部屋あり、外へ繋がる扉が一つ。

 どちらの部屋も中は同じような作りになっていて、置かれている家具もベッド、机と椅子、箪笥たんすと最低限ではあるが、必要十分なものが揃っていた。

 

「ハルトはどちらを使うのじゃ?」

「どっちでもいいが……階段から近い方にするか」

「なら、妾はこっちの部屋に住むとするかの」

「ん?」


 もう一つの部屋は客室だろう?

 

「ハルト。お主、一緒の部屋じゃないと嫌だとでも言うのかの?」

「いや、貴君が泊っている間は使うと言い。今の物言いだと、ずっと部屋を使うように聞こえたからな」

「そうじゃが?」

「……貴君は大森林を守護するのだろう?」

「もちろんじゃ。じゃから、あちらの部屋に『ゲート』を構築しておく」

「ゲート?」

「うむ。ゲートを作っておけば、妾の屋敷からここへ転移できるようになるからの」

「ほう! それは凄いな」

「大森林と異なり、転移できるのは妾のみにはなるがの」

「それでも、素晴らしい術だよ!」


 村の人が客室に泊ることもないだろうし、もし今後来客が来たとしたら、リリアナには自分の屋敷へ戻ってもらえばいいか。


「分かった。好きに使うといい」


 私は彼女へ部屋を使っていい事を了承する。


「誠か! もっと抵抗されると思っておったんじゃがの」

 

 にこにこと上機嫌に首をぶんぶんと振り、喜びをあらわにするリリアナ。


「この地に私の知り合いなどいないからな」

「お主の国から客人が来ることもあろうて?」

「それは無いと言い切れるから、大丈夫だ」


 リリアナは一瞬考え込む素振りを見せたが、すぐに部屋へ入って行った。

 その時、階下から私たちを呼ぶリュートの声が。


「ハルト兄ちゃん、リリアナ姉ちゃん、できたよー」

「すぐ参る!」


 部屋のことは後回しだ。まずはリュートの紅茶を飲まねばならぬ。

 大森林への遠征で、彼の紅茶をなかなか飲むことができなかったからな……。

 

 ◇◇◇

 

 夕食はリュートの家で頂き、リリアナと共に自宅へ戻る。

 当然のことではあるが、リュートの家で食す夕餉ゆうげは格別だった。

 しかし、残念なことにリリアナは魚介類を食べることができないようだ。彼女は森の種族だけに、野山でとれる食材しか食べることができない。

 夕食の中に魚介のスープがあり、その際に彼女から食べられないことを聞いた。

 

 リリアナの食べられるものをということで、リュートは私たちへ明日の朝食のために準備をしていてくれていたサンドイッチを作り直してくれたのだ。

 これには私だけでなくリリアナも感激したようで、何度も礼を述べていたものだ。魚介が食せなかったとはいえ、彼女にとってもリュートの料理はどうやら格別だったらしい。

 彼女はあれだけ細い体なのに、パンやリュートが慌てて作り直してくれた山菜のスープ、それに野ウサギのソテーをパクパクと「美味、美味」と何度も呟きながら食べていた。

 

 そんなわけで、リュートに作ってもらったサンドイッチを大事に抱えて我が家へ戻る。リュートと彼の家族が至れり尽くせり食事のことを面倒見てくれて非常にありがたい。

 私はまだ食材を一つも抱えていないからな。

 

 自宅に帰ると既に宵の口を過ぎていたので水晶の灯りをつけ、リリアナと向い合せに座る。

 もう寝てもおかしくない時間帯ではあるが、明日のことで彼女へ聞いておきたいことがあったのだ。


「リリアナ。いくつか作りたいものがあるのだが、貴君は物作りへの造詣ぞうけいがあったりするのか?」

「木製の物ならば何かと作ることができるぞ。細かいものは難しいかもしれぬが」


 おお、そいつは心強い。さすが大森林で一人暮らすハイエルフだ。


「素晴らしい。木属性の魔術で実現できるのか?」

「その通りじゃ」

「なら、畑の整備とかもできたりするのか?」

「うむ」


 これは心強い。


「明日から残り二日間、頼む」

「分かっておる」


 話が終わったところで、ほっとしたからか急速に眠気が襲ってきた。

 今日はスケルタル・ドレイクを討伐したりと盛りだくさんだったからな……充分な休息を取らねば霊力が回復しない。

 

「リリアナ。悪いが、私は先に寝させてもらう」

「なら、妾はゲートの準備でもしておこうかの」


 あくびをしながら自室へ戻り、ベッドへ寝転がる。

 すぐに意識が朦朧としてきて、泥のように眠りについた。

 

 ◇◇◇

 

「なんじゃ、本当に眠ってしまいおったのか」


 リリアナの声で覚醒する。

 何か問題があったのか?

 

「リリアナ、何か足らない道具などあったのか?」

「そうではないのじゃが」


 リリアナがベッドに腰かけ、私の髪を指先でクルクルと絡ませた。

 抱かれることで報酬としようとした彼女だったが、ここで働いてもらうほうが私にとっては助かる。

 幾つかの家具は村長らが揃えてくれたが、何かと物入りだからな……。

 

「リリアナ。大丈夫だ。君からの報酬はここへ来てくれただけで。これ以上は必要ない」


 私の思惑とは異なり、リリアナは凛とした表情のまま静かに口を開く。


「ハルト。腕のことで思いつめぬようにの。媚薬の効果も恐らくエルフ以外には効果がないはずじゃ」


 なんだ、そんなことを告げにきたのか。

 私のことを案じていてくれていたとは、嘘でも嬉しい。

 頭を少しあげ、リリアナの手へ自分の右手を伸ばし、そっと彼女の手へ指先を沿える。

 

「ありがとう。リリアナ」

「その様子なら大丈夫そうじゃな」


 リリアナは口元へ笑みを浮かべ、すっと立ち上がった。


「おやすみ。ハルト。また明日な」

「ああ。おやすみ。リリアナ」


 扉が閉まり、リリアナは部屋を出て行く。

 

 気に病むな……か。

 そうは言っても、すぐに自分の中で消化しきれるような軽い事ではないのだよなあ。

 などと考えている間にも眠気が限界を迎え、すぐに思考が途切れたのだった。

 

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