第57話 原因調査に向かう

「ラーセン東の魔溜まりが、消失しておりました」

「伝えることとは以上ですか?」

「いかにも。では! これにて」


 ジークフリードはドタドタと駆け足で部屋から出て行った。

 予想通り扉の外には彼の部下である騎士が待ち構えている。

 

 彼らは何やら二言くらい言葉を交わした後、急ぎ足で軒先から離れて行ったようだ。

 

 魔溜まりが消失した?

 そのようなことがあるのだろうか。魔溜まりとは川の水が集まってできる池のようなものだ。

 そうそう川の流れなぞ変わるものでもない。

 

 リリアナは四つの大きな魔溜まりがあると言っていた。ラーセン東の魔溜まりはどれくらいの規模なのだろうか?

 顎に手を当て考え込んでいるところに、リリアナがやって来る。

 

「もうすぐシャルロットも来ると思うぞ」

「そうか」

「なんじゃ、難しい顔をして。ジークフリードはどうしたのじゃ?」

「急ぎの用があるみたいでな。言伝だけして帰って行ったよ」

「して、言伝を聞いたお主は悩んでおったというわけか」

「そうだ。ラーセン東の魔溜まりが消失したとさ」

「そうか、魔溜まりがのお」


 リリアナはうんうんと頷き、そのまま固まった。

 そして、ワナワナと肩が震え……。

 

「なんじゃとおおおお! 巨大魔溜まりはそうそう消えるものじゃないのじゃ!」

「ラーセン東が大きな魔溜まりだったのか」

「そうじゃ。あの魔溜まりは少なくともここ数百年は規模も変わっておらん。極々稀に魔溜まりの位置が変わることはあるが何の前触れもなく『消失』するなぞありえぬ」

「消えるとしたらどうなる?」

「お主、川の流れに例えていたの。川の流れが変わると、湖への流入量が減り、湖は小さくなっていく」

「つまり……すぐに消え去ることはないってことだな」

「その通りじゃ!」


 きっとジークフリードは魔溜まりが消えた現象がただ事じゃないから、各地を巡回でもしているのだろう。

 消えた魔……こちらの言葉だと「瘴気」は妖魔を産む。桁外れの量の瘴気が消えたとなったら、魔将や真祖が生まれ出でているかもしれないからな。

 

「どうされました? 大きな声が聞こえましたが」


 準備を終えたシャルロットが部屋に姿を現した。

 すぐにリリアナがシャルロットへ事情を説明する。


「……そんなことが……」


 シャルロットは口に手を当て、顔をふさぐ。

 

「このまま座しているべきではないと思うのだがどうだろう?」


 問いかけると二人は無言で頷きを返した。

 

「私たちにできることは二つ」

「そうじゃの。辺境伯領に魔族が出現していないか調査と同時に魔溜まりの消失原因を探るのが一つ」

「もう一つは、他の魔溜まりを調べることですわ」


 二人とも考えていることは同じだな。


「シャルロット。ジークフリードと離れていても連絡を取り合うことはできるのだよな?」

「はい。聖剣使いのジークフリードさんと私は対魔族で共同戦線を組んでおりますので」


 真祖が出て来た時にジークフリードはシャルロットへ応援を頼んだ。これも遠話の魔術で連絡を取ったと聞いている。

 今のは一応の確認だ。

 

「なら、ジークフリードが今何をしているのか一応確認してもらえるだろうか?」


 さっきも考えたことだが、きっと彼は一つ目のことを行っているに違いない。

 騎士たちもいて数が多いジークフリードらの方が、私たちより広範囲の探索には向いている。


「すぐに確認しますね」


 シャルロットはそう言って、別室へと歩いて行った。


「リリアナ。ここから近い魔溜まりはどこだろう?」

「魔溜まりはここにあった大陸西岸、大陸南東、北、中央にある」

「なら、中央か」

「中央はちと厄介じゃ。行くなら南東かのお」

「北は?」

「妾は寒いのが苦手じゃ。北は万年雪が残る」


 そらその格好じゃあ寒いだろうな。

 上から服を着れば済む話じゃないのか……と思ったがまた妄想モードに入られても困るので黙っておく。

 

「地理関係を聞くに、中央が一番近いだろう? 中央にも何かあるのか?」

「中央は……ドラゴンズエッグの中なのじゃよ」

「ドラゴンズエッグ?」

「うむ。この大陸の半分近くは人が住んでおらん。残り半分の土地はモンスターや人と敵対するか接触を絶っている種族が住んでおる」

「半分も居住していれば上出来じゃないのか? 農業に適さぬ土地もあるだろうし」

「お主のところと違って、余程の山間部か草も生えぬ砂漠ではない限り、人は暮らしていくことができる」

「話が煩雑になりそうだな。中央の地勢を大まかに教えてもらえるか?」

「うむ」


 大陸中央は高い山が並ぶ高山地帯となっていて、グレートマウンテンと呼ばれている。

 切り立った山の中でもひときわ高い山があり、その周辺は深い森が広がっているそうだ。

 その森と高い山は龍が生息する龍の楽園。

 森には知性の低い恐竜や暴竜などが住み、山には知性の高い古龍が座している。

 魔溜まりがあるのは、山の中腹でここへ行くとなると古龍との接触が避けれれない。一流のスレイヤーでさえ、山には登らず森に侵入し恐竜を倒すのが精一杯という。


「なるほどな。最初に行くべきところではないか」

「うむ。南東ならば砂漠の中じゃ」

「砂漠も夜になると寒いのだが?」

「北より遥かにマシじゃ! お主の煙々羅えんえんらで行こうではないか」

「飛竜でもいいのだがな」

「飛竜はシャルロットが許せば、近くの街まで飛竜に連れて行ってもらおうぞ」

「飛竜は砂漠が苦手なのか?」

「うむ。飛竜は寒さに弱い。まさか飛竜にローブを被せるわけにもいくまいて」


 砂漠は昼と夜の温度差が非常に大きい。昼は灼熱だが、夜になると凍えるような寒さになるのだ。

 服を着ることができない飛竜にとっては過酷過ぎる環境だろう。もし彼らが南方系出身の生物だとしたら、寒さにも弱いだろうし……昼間も砂漠に住む者を除きあらゆる生き物にとって危険過ぎる暑さだからな。

 

 っと、ちょうどいいところでシャルロットが戻って来た。

 

「ジークフリードさんは、辺境伯領を巡回しつつ魔溜まり消失の原因を探るとのことでした」


 予想通りの展開だな。


「なら、私たちは大陸南東の魔溜まりへ行くとしようか」

「そうじゃの」

「はい。わたくしもご一緒させて頂きます」


 二人も即答で、魔溜まりへ行くことに賛成する。

 

「シャルロット、供の者はどうするのじゃ?」

「近くの街までは来ていただきます。そこで一泊し、その後はわたくしのみついて行かせていただきます」

「よいのか?」

「はい。ここ数日、ハルトさんとリリアナ様とご一緒しておりますが、心配はないと判断いたしました」

「こやつはとんでもない朴念仁じゃからの。まあ、間違いは起こらんて」

「そうでしょうか。ハルトさんにはリリアナ様がいらっしゃるので、彼は浮気をするような方ではないと確信しております」

「そうじゃな、そうじゃな」


 リリアナ、今のシャルロットの言葉は貴君へ対する美辞麗句リップサービスだぞ……少しは誉め言葉を流すくらいしてほしいものだが……。

 彼女だから仕方ないか。

 

 上機嫌で顔を綻ばせるリリアナをチラリと横目で見やり、肩を竦める。

 

「なんじゃ、ハルト。熱い目線を送りおってからに。このこのお」

「いや……それはともかくとして、行くと決めたらすぐに準備をしよう」

「連れないやつじゃのお。相変わらず。本当は嬉しい癖にい」


 まだ絡んでくるリリアナを放置しておいて、私はさっそく準備に取り掛かるのだった。

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