第70話 突然の

 空を飛ぶ倶利伽羅の後ろから船でついていき、岩礁地帯へ船を停船させる。


「こっちでやす。今晩は近くに小屋がありますのでそちらで」


 翼をはためかせずに空に浮いたままの倶利伽羅は、右斜め後ろを指さす。

 

 船から降りた私たちは案内されるまま岩礁から草むらに入る。

 草むらからすぐにうっそうとした林が広がっており、人家の明かりどころか道さえ存在しなかった。

 人目を避け行動するにはうってつけの寂れた地だと言えよう。

 

 暗視の陰陽術を自分とシャルロットへ付与してから、道なき道を進み始める。

 藪に足を突っ込むと、切り傷ができそうだ。肌の露出が多いリリアナは大丈夫なのかと、ふと隣を歩く彼女へ目を向けると驚く光景が。

 なんと、リリアナが足を進めるたびに膝丈まである草が全て彼女を避けるよう左右へ頭を下げていたのだ。


「どうしたのじゃ?」

「何か魔術を使っているのか?」

「どちらかというとハイエルフの能力じゃな。森の番人たる妾を害そうとする植物などおらぬ」

 

 そういえば、このエロフ。こう見えて、森の偉大なる賢者だった。

 いつもの間抜けさからついつい忘れてしまうが、賢者は賢者ということか。

 

「……その顔、また良からぬことを考えているじゃろう?」

「いや、気のせいだ」

「まあよい……ここが『淡路』なのかの? 簡単に地勢を教えてくれぬかの?」

「歩きながら、語ろう」

「うむ」


 何を思ったのか、不意にリリアナが私の右手を握る。

 すると、彼女と触れているからか私の足元の草が尖端から左右に垂れた。


「リリアナの加護か?」

「うむ。シャルロット、お主はこちらの手をつかむがよい」

「はい」


 リリアナの加護のおかげで格段に歩きやすくなる。

 シャルロットもリリアナの加護へ驚いている様子だ。

 

「これで話をしやすくなったじゃろう」

「感謝する。ここ『淡路』は小島なのだ」

「ほうほう」


 淡路は三日月形の小さな島で、コの字型の湾の中央に位置する。

 淡路の北端では湾と百メートル程度の距離しか離れておらず、ここからなら容易に海を越え向こう岸に上陸することが可能だ。

 もっとも、北端まで行かずともここからならば煙々羅えんえんらを使い、一息の元で帝の住まう「京」までたどり着くこともできる。

 コの字型の湾内には日ノ本最大の港「境」があり、境から北東に進み山間部を抜ければ京だ。

 

 倶利伽羅ならば、ここから半日もかからず京に達することができるだろう。

 

「――このような形だな」

「ならば、京に向かうのかの?」

「いえ、違いやす。京ではなく『平城』へ行きやす」


 前を歩く倶利伽羅が口を挟む。


「そこに皇太子様がいらっしゃると?」

「そうでやす。皇太子様は左大臣の手の者によって厳重な警戒態勢の元、軟禁されておりやす」

「まとめて気絶させちまえば問題ねえ」


 十郎らしい解決方法へため息が出そうになるが、倶利伽羅はカラカラと笑い彼に言葉を返す。

 

「市ヶ谷の旦那でしたら、できそうでやすね。やり方は任せやす。あっしは戦いはこれっきしでして」

「それは分かっている。貴君は怪我せぬよう自分の身に注意しておいてくれればいい」

「そうしてもらえるとありがたいでやす」

「皇太子様を救い出した後、貴君が皇太子様をお運びするかもしれないからな」


 状況次第だが、私たちが戦っている間に倶利伽羅に皇太子を託すこともありえる。

 煙々羅えんえんらですんなりと帰還できるに越したことはないが……。

 

 話しているうちに、景色が変わり砂浜になった小さな湾に出る。

 沖を岩礁が取り囲んでいるから、船をここへ直接持ってくることはできないだろうな。ちょうど船を寄せるに適した湾だろうが、岩礁が邪魔をしている。

 

「この奥に小屋がありやす」


 倶利伽羅が人差し指を前へ向けた。

 その時――。

 ――ゾワリと背筋が総毛だつ。

 

「その場で伏せろ!」


 十郎の叫び声が響き渡る。

 膝を落とし、前を睨みつけた。

 

 砂浜にある空間が歪み、中から二人の男が出現する。


「あれは……不知火か」

「そのようだな。あいつも復活してやがったんだな」


 私の言葉に十郎が被せた。

 一人は不知火。かつて私と十郎がノブナガを滅する直前に戦った相手だ。

 燃えるような赤色の髪を逆立て、真っ赤な装束に身を包んだ偉丈夫。手には妖刀「不知火」を持つことから、不知火と呼ばれていた。

 きっと奴もノブナガの魔の残照から再び産まれ出たのだろう。念のためあの頃と変わっていないかステータスを見ておくとしよう。


『名称:不知火

 種族:エルダーデーモン(軻遇突智かぐつち

(階位:魔将)

 レベル:九十九

 HP:九百二十

 MP:一百五十

 スキル:刀

     武技

     サムライ

     炎術』

 

 変わってはいないな。あの時は十郎と二人がかりで挑んだから、それほど苦戦はしなかった。

 奴は刀を使うサムライタイプだが、強力な炎の術を使う。

 もし単独で挑むとなると、なかなか骨の折れる相手であることは確か。

 

 対するは、白髪を伸ばすままにした壮年の男だった。

 十郎と同じように着流しを身にまとっているが、元は白だっただろう生地の色が灰色どころか黒ずんでいる。

 着ている衣服全て所々にほつれが目立ち、履いている草鞋もボロボロだ。

 背中には不知火や小狐丸にも劣らぬ長さのある大太刀を背負っていた。

 彼は無精ひげをはやし皺が目立つ世捨て人のような様相だったが、眼光だけは異様に鋭い。

 

「何者だ。あのじいさん」


 十郎の呟くと時を同じくしてステータスオープンの術を使用した。

 

『名称:宗玄そうげん

 種族:人間

 レベル:九十九

 HP:五百十

 MP:五十二

 スキル:刀

     武技

     サムライ

     天凛

     逆風の太刀

     絶空』

     

「な、なに……」


 強い。体力や霊力こそ低いものの、ステータスを見る限り不知火や十郎と遜色ないほどだ。

 

「じいさん、助太刀するぜ」


 十郎が小狐丸に手をかける。

 

 しかし、壮年の男――宗玄は前を向いたまま一言。

 

「無用。それがしの狙いは妖刀『不知火』のみ」


 大太刀を抜き放ち、正面に構える宗玄。

 

 ――グウオオオオオオ。

 人の声とは思えぬような野生じみた声が耳をつんざく。

 声の主は不知火。

 

「意味が分からねえ! どこだここは! 小賢しいじじいが挑んでくるし、どうなってんだよ!」


 困ったような口調とは裏腹に、不知火は片手で不知火を握り、もう一方の手を天に掲げる。

 彼の開いた手に熱が集まり、みるみるうちに直系五メートルほどの火球が形成された。

 

「それがしもここがどこか分からぬが、獲物は逃さぬ。いざ尋常に!」

「じじいといえども容赦はしネえゾおおお! じじいの次はお前らダ!」


 不知火は天に掲げた方の手のひらを握りしめる。

 次の瞬間、火球が宗玄に向け飛んでいく。

 

 対する宗玄は、下段に構えた大太刀を斬り上げた。

 すると、火球が彼の身体を避けるように軌道を変えて、彼の頭上から遥か上を突き抜けていく。

 

「そうこなくっちゃおもしろクねえ! お次はこれダ! 豪炎爆破! 全てよ塵に帰すがイい」


 先ほどの倍以上ある青白い火球が宗玄に襲い掛かる。

 宗玄は斬り上げたままの大太刀を今度はそのまま斬り下ろす。

 

 しかし、彼の振るった刀の風圧が炎に届く前に火球が爆発した!


「じいさん!」


 駆けだそうと踏み出した足をその場に留めた十郎は、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

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