第54話 驚くべき聖属性

 ――魔が消えたのだ。

 いや、正確には魔が変質した。

 シャルロットのターン・アンデッドで光の粒子に変わった熊のアンデッドは存在そのものが消失する。

 そこは私の葬送火と変わらない。

 しかし、「魔の者」を討伐した場合、魔の者となった原因である「魔」は拡散しちりじりになって風に流されて行く。

 それが川の流れのように魔溜まりへ集まり、近くでこの世に恨みなどの強い執着を持った者が死ぬと魔の者に転じるのだ。

 

 魔の者ではまるで減らない魔ではあるが、階位が妖魔以上の魔物の場合は流れが異なる。

 妖魔以上の魔物となると内包している魔の量が多いため、討伐されると高熱量からか半分ほどが無色の霊力となる。


「どうしたのじゃ? ハルト。難しい顔をして」


 顎に手を当てて考え込む私へリリアナが声をかけてきた。

 

「いや、聖属性について考えていたのだ」

「む?」

「『魔』が『聖属性』へ転じたんだ。これが驚かずにいられるものか」

「聖女の祈りなのだから、当然じゃろう?」

「この大陸で魔将・真祖の数が少ない理由が分かった」

「ほう?」

「魔はどのようにして生じるのか知っているか?」

「一応はな。これでも妾は大賢者だからの」

「認識に違いがないか、聞いてくれ」

「うむ」

 

 リリアナの目を真っ直ぐに見据え、ゆっくりと説明を行っていく。

 そもそも、魔とはどこから生じるのか。

 答えは非常に単純で、生き物が活動を行うと増える。これは何も魔に限ったわけではなく全属性が同様である。

 寝ると体力と同じように霊力も回復する。霊力は無色の属性と見ることもでき、人が生活していくなかで増えるのだ。

 使わなかった場合でも霊力は常に体の内側から外へ流れ出ている。


 これは、水を流しっぱなしの桶を想像すると分かりやすい。人は生命活動を行うと、体温と同じように霊力も体のうちで生産している。

 各々で霊力を体内に留めて置ける限界量……桶の大きさは異なるし、水の流量も違う。

 しかし、使わずに溢れた霊力は外へ漏れ出す。外界に出た霊力は色を持つ。魔の色もその一種なのだ。

 

「――という感じなのだが、違いはないか?」

「うむ。うまく説明したもんじゃのお。桶に溜まる水とは言い得て妙じゃ」

「そして、産まれ出た魔は、妖魔……こちらの言葉では魔族以上のモンスターを討伐すれば減っていく」

「確かに、減るには減るのお」

 

 リリアナは一応は納得したように頷きを返す。

 

「ああ、もう一つあったな。それは、陰属性を含む術を使うことで減る」

「こちらでは闇属性じゃの。使える者は稀の稀じゃぞ。お主の国の言葉で夜魔や真祖なら別じゃが」

「日ノ本でも同じだ」


 そう、陰属性を使える者はほとんどいない。

 日ノ本では、妖魔以上の魔物が出現し、討伐しない限り「魔の総量」は増える一方なのだ。


「その口ぶりだと、聖属性を使いこなす者がいないのかの」

「その通りだ」


 この大陸には聖属性がある。シャルロットやジークフリードほどの使い手はそうそういないと聞いてはいるが、聖属性を使える者は多数いると聞いた。

 神に仕えるクレリック(僧侶)や聖騎士団は、大小の差こそあれ皆聖属性を使いこなす。

 スレイヤーの中にも聖属性を使う者は多いらしい。

 

 つまり、この大陸では魔を常に聖属性へ浄化することで「魔の総量」を減らしているのだ。

 だから、日ノ本に数倍する面積、生き物の数を抱えているにも関わらず、魔将・真祖が少ない。

 

「それじゃと、お主の国……魔溜まりに飲み込まれやせんのか?」


 眉をひそめ、リリアナが問いかけてくる。


「いや、巨大な『魔溜まり』は二か所しかない」

「巨大……辺境伯領くらいはありそうじゃの……」

「いや、ティコの村程度だ」

「いくらなんでもそれでは狭すぎやせんか? この大陸にある巨大な四つの魔溜まりでさえティコの村より若干面積が大きい」


 話が食い違うな。

 別に魔溜まりに限定せずとも妖魔は生じる。


「リリアナ。魔族とはレベル七十以上のモンスターでよかったよな?」

「うむ」

「『魔溜まり』以外の土地で生じる魔族はこちらでもいるか?」

「いる。デュラハンなどがそうじゃな。スケルタル・ドレイクは例外じゃ。あれは真祖の力じゃろうし」


 なんとなく察しがついた。

 この大陸では通常地域から生じる妖魔のレベルが低いのだ。だから、聖属性で魔を消費していても魔溜まりができるのだろう。

 

「日ノ本では魔溜まりでなくとも、レベル八十九以下の妖魔ならば生じる」

「……なるほどののお。しかし……村里近くにそんなのがポンポン出てこられたらたまったもんじゃないの」

「いや、レベル九十を超える真祖・魔将に比べれば、地域ごとにある討伐組織で対処できる」

「お主の国……どれだけ血気盛んなのじゃ……」

「そうしなければ、生きていけないってことさ」


 自嘲するように肩を竦める私へ、リリアナは「うーむ」と唸りつつ呟く。


「確か、お主の国とこの大陸では信じる神が異なるんじゃったの?」

「そうだな」


 この大陸と信じる神が異なるどころか、日ノ本では個々人によって信じる神が違う。

 武芸者ならタケミカヅチやスサノオ。女性だと美しい髪の守護伸であるクシナダヒメであったり、農家であれば豊穣の神ウカノミタマだったりと千差万別だ。

 

「いえ、聖属性を行使するには、信じる神ではなく敬虔なる神の使途たる信仰心こそが肝要です」


 これまでずっと話を横で聞いていたシャルロットが口を挟む。

 

「それは、日ノ本の者でも聖属性が使えるようになると? 例えば私でも?」

「ハルトさんでは難しいかもしれません。そ、その、あまり信仰心を感じとることができませんので……」


 シャルロットは顔を背けボソリと呟いた。

 一応これでも神への祈りを捧げることだってあるのだが……。

 

「ハルト。お主、最初に大森林へ入る際に祈りを捧げておったの。信じる神がいることはわかるがのお」

「ん?」


 リリアナにポンと肩を叩かれた。そんな慈愛の籠った目で見て欲しい。なんだか自分が情けない感じではないか。

 

「信仰心と一口でシャルロットは言うがの。お主は神に仕え、身命を捧げようなどと思っておらぬだろう?」

「そういうことか……なら納得だ」


 神社に住む僧のようにはなれない。もちろん、外で信仰を説く修行僧も然りだ。


「ハルトさんの国では、アンデッドを払う時どうされるのですか?」

「陰陽術ならば葬送火という術があるのだが、修行僧や野伏などもよく似たものだな……基本、焼き払う」

「……そ、そうなんですか……」


 絶句するシャルロット。

 そこへリリアナが嫌そうな顔をして言い放つ。

 

「お主の国は修羅の国かの?」

「そんなことはないはずだ」

「ならあれかの。戦闘民族なのか? 日ノ本という国は。お主然り、ジュウロウ、ミツヒデ然り。誰も彼も戦いが好きそうじゃて」

「私たちは特別だ。この大陸でもスレイヤーがいるだろう? 彼らと同じようなものさ」

「そういうことにしておいてやろう」


 リリアナには言い出せなかったが、戦闘の心得がある者の比率について言えばティコやドレークの街を見る限り……日ノ本の方が五倍以上あるだろう。

 デュラハンのような「一週間も」猶予をくれる妖魔など、次に来た時には詰所にいる討伐兵によって滅せられている。

 もちろん、一つの村における人口規模はこちらの半分以下だが。

 

「と、ともかくだな。日ノ本の僧であっても聖属性を学ぶことができるってことだよな?」

「あからさまに誤魔化しにかかったの?」

「気のせいだ」


 言い合う私とリリアナへにこやかな微笑みを向けたシャルロットが首を縦に振る。


「はい。聖属性の使い方を覚えていただければきっと」

「それなら、こちらに僧を連れてきたいところだな……」

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