第56話 謀反人
『珍しい。情報通の晴斗の旦那が知らねえなんて』
「喉元まで出かかっているが、出てこないんだ」
『そういう時ってありやすよね。ミツヒデは先の「大内乱」で名を知られた陰陽師でやす』
「思い出した」
そうだった。
――ノブナガ一の懐刀にして、裏切り者。
それがミツヒデの評価だ。
しかし裏切る前までの彼は……ノブナガにミツヒデありと言われたほど存在感を示していた。
事実、彼がいてこそノブナガの「天下布武」が成立した言っても過言ではないと噂されている。
彼は、ただのならず者の集団を組織化しノブナガのカリスマに惹かれた者たちをまとめあげ主君の力と変える。
他にも戦上手なものや文官として辣腕を払った者がノブナガの配下にいたが、一番の功労者をあげるとすればミツヒデに他ならない。
ノブナガは快進撃を続け、対する帝軍も反撃に転じる。
その結果ノブナガと帝の戦いが硬直した。その時、ミツヒデはノブナガを殺害し自らも命を絶ったのだ。
ノブナガ個人によって支えられていた天下布武は彼の死をもって崩壊し、日ノ本史上最大の内乱は帝側の勝利で終結する。
当時まだ幼少だった私には実感がないが、ミツヒデは裏切ったのではなく帝の忠実な密偵で……など様々な憶測が飛び交ったらしい。
それが……今は妖魔となり動いている。
「まさか……ミツヒデは」
「ん、どうしたのじゃ?」
私の呟きにリリアナが反応した。
「ミツヒデは魔王誕生を予期していた? 裏切りではなく魔王ノブナガを誕生させるためにあの時ノブナガを……」
「そんな都合よく魔王が誕生するものかの?」
「分からない。しかし、ミツヒデは魔将になっていたじゃないか。それも理性を完全に保ったまま」
「なるほどのお……ありえぬ話ではないってことか」
仮定に過ぎないが、もしミツヒデがノブナガを魔王へと転じさせるために彼を殺害したのだとしたら……ミツヒデはノブナガを裏切ってなんかいない。
むしろ、彼の覇業を進めるためにミツヒデは忠実に動いたとも取れる。
しかし、残念ながら魔王は私と十郎が仕留めたのだ。
『旦那。ミツヒデが魔将になっているってことにはビックリですが、その話が真実なら』
「真実なら?」
勿体ぶったように言葉を切る倶利伽羅へ問い返す。
『魔王ノブナガはもう降臨しているのやもしれません』
「内密で頼む。国を不用意に混乱させたくないからな」
『へい』
「魔王ノブナガは産まれ出て、滅んでいる」
『なるほど……繋がりやした。旦那が禁忌を犯すなんてただ事じゃあないって思ってやした』
いや、待てよ。
推測に推測を重ねているから、真実とはまるで違う可能性も高い。
しかし……。
顎に手を当て自然と眉間に皺が寄る。
「ちょっと待つのじゃ、ハルト!」
「どうした? 今考えを整理しているのだが」
リリアナが凄い剣幕で私の肩を揺すってきた。
「魔王をお主が倒したじゃと?」
「言わなかったか? 十郎と共にノブナガを葬り去った」
「なんと……お主……さすがは妾の夫となるものよの」
リリアナがまた何か妄想に入り始めたので、放置して私は私で再び推測を進めるとしよう。
「ハルトぉおおお!」
「何だ……全く……騒がしいな」
「おかしいじゃろ」
「何がだ?」
「仮にミツヒデの手引きで魔王ノブナガが誕生したとしよう」
「私もそう推測して考えを進めているが」
「それだとおかしくないかの? せっかく降臨した魔王をお主が滅ぼしたんじゃろ? ミツヒデからしたら怒り心頭でお主を殺しにこないかの?」
「確かに……」
リリアナの言うことはもっともだ。
自分の策略がご破算となった原因である私を許しておくはずがない。それに、十郎と一緒に動くなんてことも……例え彼が魔将に化したとしても有り得なくないか?
『興味深い話でやすが、そろそろ会話が難しくなってきやした。只今船の中ですんで』
「了解だ。ありがとう。倶利伽羅」
リリアナが手を振ると、彼女の手のひらの上にある枝がぼんやりとした光が灯ってすぐに消える。
「で、何か思いついたようじゃが?」
遠話の魔術を解いたリリアナは顔をあげ、私へと目を向けた。
「推測に過ぎないが、ミツヒデは魔王を再度『復活』させる手段があるんじゃないのかと考えている」
「ふうむ」
「魔王というのはそうそう生まれるものでもないが、魔将とは本来『魔王』へ仕える『将』なのだ。彼らが一丸となって『魔王復活』へ向け動いているとしたら……」
「それならあ奴らの動きに辻褄があうのお。しかし、突拍子が無さ過ぎる話じゃ」
「確かに……にわかには信じられない。すまん。あまりに荒唐無稽な話だったな」
「いや、興味深い。お主の考察はあながち遠からずかもしれぬぞ」
もしミツヒデが私の思うような人物であったなら……裏切りではなく最後まで忠実なノブナガの部下だとしたら……。
ゾクリと背筋に寒気を覚える。
私は忘れられないのだ……あの底冷えするようなミツヒデの魔の雰囲気が。
「ハルト、悩んでいても仕方がなかろう。それほど気になるのなら調べてみるがよい」
「日ノ本のこととなると、倶利伽羅に頼む以外手段がないのがなあ……」
「そうでもなかろう。きっと妾たちはまたあ奴らと巡り合う」
「そうだろうか?」
「うむ。魔王を倒した実績のある実力者たるお主を最後まで放っておくとは思えんからの。目的は何なのか分からぬが」
「座して待つのは性に合わないが……奴らの拠点も分からぬからな……」
何かきっかけがつかめればいいのだが……皆目見当がつかない。
「ありがとうリリアナ。また遠話を頼むと思う」
「任せておれ。妾は尽くす妻なのじゃ」
「じゃあ、また明日な」
「……このまま追い出すのかの?」
「そら、リリアナの部屋は隣だろう?」
「……いつかお主から求めさせてやるからの……」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
頬を膨らませ立ち上がったリリアナは鼻息荒く部屋を退出して行った。
この晩、珍しく寝つきがとても悪く寝るまでに苦労をしてしまう。頭からミツヒデの冷笑が離れず、ついつい深く考えてしまったからだ。
それでも同じ考えが堂々巡りしているうちにいつしか眠りに落ちる。
――翌朝。
朝日が昇ると共にジークフリードが訪ねてきたものだから、シャルロットとリリアナの身支度が整うまで、私とリュートでジークフリードと共に朝食を頂く。
もちろん、朝食の担い手はリュートである。
朝からリュートのサンドイッチを頂けるとは……最高だ。
この地に来て以来、彼の料理を食べているから遠征した時はかなり寂しさを覚える。
「いやあ、これほど美味なサンドイッチは久々に食べましたぞ」
ジークフリードは上機嫌に膝を打つ。
「ありがとうな。おっちゃん。まだあるから一杯食べてくれよな」
「感謝する。リュート少年」
大きな口をパカっと開き、一口でサンドイッチを丸のみにして咀嚼するジークフリード。
しかし、急いで食べたのか喉を詰まらせむせている。
「ゴグゴク……ハルト殿。申し訳ないが、もうすぐ出なければならぬ」
「では簡潔に内容を教えていただけますか? シャルロットとリリアナに伝えます」
「すまない。お二人を待ちたかったのだが……」
「仕事があるのでしたら仕方ありません。ギリギリまで待ったのでしょう?」
その時、ドンドンと扉を叩く音がする。
きっとジークフリードの迎えの者だな。
彼は扉をチラリと見やり、半ば腰を浮かしながら口を開く。
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