第31話 敵襲

 ――カンカンカンカン

 その時、耳をつんざくような鐘の音が響き渡る。

 

「敵襲か!」


 リリアナと目を合わせお互いに頷き合う。

 懐に小刀を忍ばせ、リリアナは樫の木の杖を手に持ち天幕から駆け出すように転がり出た。

 

 出た所で、若い騎士とぶつかりそうになる。

 彼は私たちへ事態を知らせに急ぎ来てくれたのだろう。

 

「リリアナ様、ハルト殿。アンデッド共が襲撃してまいりました!」


 騎士が叫ぶ。

 

「して、敵はどのあたりなのじゃ?」

「思った以上に足が速く……馬に乗ったアンデッドと交戦中で――」


 騎士の言葉を途中で遮るように何かがぶつかる大きな音が!

 

 ――ドオオオオオン

 建物が崩れ落ちる音と共に、振動が足元を伝って腹の奥まで響く。

 

「物見やぐらが倒れたのか!」

「そのようじゃな。急ぐぞ。ハルト」


 駆けながら、暗視術を唱え視界を確保。

 

 あ、あれは。

 崩れ去った櫓の丸太の上に立つ騎馬……。

 金属製の全身鎧に身を包み、長槍を持つその姿はデュラハンに似る。しかし、全身鎧には首がついており、鎧を装着した馬もまた首がそのままだった。

 

「ステータスオープン、そして、能力値解析」


 全身鎧の元へ突き進みながら唱える。

 

『名称:デスキャバリエ(黒騎士)

 種族:アンデッド(不死者)

(階位:妖魔)

 レベル:七十六

 HP:四百九十

 MP:―

 スキル:槍 八

     剣 八

     鋼鉄

    (物理障壁 五)』

    

 強さはデュラハンとほぼ同じか。

 

 名称は黒騎士。日ノ本に近い魔物となると……ハタモトだろうか……。

 デュラハンもそうであるが根本的に持っている得物も異なることから、全く別の魔物と考えた方が良い。

 

 黒騎士の目前まで進んできたところで、奴の背後にいるアンデッドたちも目に入る。

 奴の後ろから目だけが赤く輝く人間そっくりの集団がゆっくりとした速度でこちらに迫ってきていた。

 彼ら……ではないな……奴らはゾンビやスケルトンと異なり、腐敗などしておらず着ている服も普通の村人と変わらない。

 人と異なるのは、赤く光る目と手の甲から生えた短剣ほどの長さがあるかぎ爪だ。


 それほどの強さは感じないが、まだこちらが接敵するまで時間がある。奴らのスタータスも見ておくか。


『名称:ワイト

 種族:アンデッド

 レベル:四十二

 HP:三百

 MP:―

 スキル:格闘術

     しぶとさ(首が落ちるまで稼働できる)』

     

「リリアナ。手前は私がやる。しばし周囲への警戒を頼む」

「任せておくがよい。既に防御魔術を構築しておるところじゃ」


 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。


「ハルト殿! ここは私と聖女様にお任せください。ハルト殿には空から状況確認を行っていただきたく。突然の襲撃で未だ全体が把握できておりませぬ」


 っと。せっかくの集中が野太い大声で遮られてしまった。

 声の方へ意識だけ向けると、ジークフリードと彼に守られるようにシャルロットの気配。

 

 そんなわけで術を構築しなおし、目を開く。

 

「分かりました。札術 式神・煙々羅えんえんら。リリアナ。行こう」

「うむ」


 リリアナの手を引き、煙々羅えんえんらへひらりと飛び乗る。


「きっと真祖も来ておるはずです。何かあればこれを!」


 ジークフリードは右手を振り、小さな何かをこちらに向けて投げた。


「何かあれば知らせます」


 投げられた小さな物を手で掴む。

 ほう。これは小さな笛か。危急の知らせがあれば、これを吹けばいいのだな。

 

 ◇◇◇

 

 煙々羅えんえんらで高く飛び上がったところで、野営地全体の様子が見えて来た。

 

 先ほどいた櫓のところにアンデッド共は集中しているようだな。

 黒騎士を先頭に続々とワイトどもが押し寄せてきている。

 

 お、おお。

 ジークフリードが背中の大剣を引き抜いたぞ。

 彼の胴体ほどの幅広さがある大剣をジークフリードは軽々と振るい、黒騎士の投擲した槍を払う。

 

「とくと見よ。聖剣の輝きを!」


 ここまで聞こえてくる腹の底にまで響くジークフリードの声。

 彼が大剣を振り上げ構えると……大剣が緑がかった白い光に包まれ始める。


 ジークフリードは大剣を頭上に真っ直ぐに掲げ


「奔れ! エクスカリバー!」

 

 と気合の入った声と共に大剣を

 ――振り下ろす。

 

 極光が大剣から一直線に伸び、黒騎士を跡形もなく消し飛ばす。光に巻き込まれた他のワイトたちも光に触れた部分が煙のように消失していた。

 

「あれが聖剣か」

「そうじゃな。思わず見惚れてしまう気持ちはわかるが妾たちは、索敵じゃ」

「そうだな」

「お、聖女も動いたのお」


 リリアナが気になることを言うものだから、またしても櫓のところを見下ろす。

 

 シャルロットは両手を胸の前で組み頭を少し下げ祈るような姿勢のまま微動だにしない。

 これほど動が渦巻き、喧騒に包まれたこの場にあって彼女だけがまるで別世界にいるようだった。

 ――静寂、荘厳。

 祈り、ささやき、詠唱、念じろ――。

 シャルロットの体全体が暖かな黄金の光に包まれ始めた。

 その光を見ると、ゆりかごの中でまどろんでいるかのように穏やかな気持ちになり思わず目を細めてしまう。

 

 シャルロットの体から彼女を中心にして半径三十メートルほどの範囲に光が弾けた。

 

「ワイトが消失したな」

「うむ。あれこそ聖女の奇蹟。闇を払う『ターン・アンデッド』じゃな。死者でさえ穏やかな安息を感じるということじゃ」

「見惚れている場合じゃないな。索敵を」

「そうじゃな。今のところ櫓のところにしか敵はいないようじゃが」

「リリアナ。少し見ておいてくれ」


 リリアナに告げ、すぐに目を閉じ集中状態に入る。

 目を開き、札を指先で挟む。

 

「札術 式神・梟乱舞」


 札から小鳥ほどの大きさをした純白の梟が十羽でて、羽ばたく。

 偵察用の式神は多数あるのだが、空を飛べてかつ暗闇を見通すモノは選択肢が限られる。

 式額・梟乱舞は戦闘力がまるでないものの、「探す」だけなら最も適任だ。

 

 手元から離れた梟たちはすぐに方々へと散って行った。

 しかし、すぐに一羽が失われるのを知覚する。

 

「リリアナ、何かいるぞ。あっちだ」


 櫓と反対側の方角を指さすと、リリアナはギュッと拳を握りしめた。

 

「今度は妾たちの出番のようじゃな」

「見えるか? 梟からの視覚情報を得る前に潰されてしまったのだ。今、もう一羽を向かわせている」

「大丈夫じゃよ。ハルト。一瞬じゃが捉えた。すぐに姿を隠しよったが……また現れよった」

「姿を現したのは梟を潰すためだろうな。私も捕えた。もう一羽送り……ステータスも拾ったぞ」

「お主、相変わらず抜け目がないの」

「まあな」


 お互いにニヤリと微笑みあう。リリアナ……その笑みは似合わないぞとここで言うべきではないな。

 今は敵を滅することに全力を傾けねば。

 

『名称:バンパイア(吸血鬼)

 種族:アンデッド(不死者)

(階位:妖魔)

 レベル:七十九

 HP:二百九十

 MP:三百

 スキル:吸血

     蝙蝠変化

     ステルス(潜伏)

     格闘

     地 七

     水 七

     風 七

     闇(陰)八』


 敵の数はおそらく二。リリアナと連携し、すぐに仕留めてやるさ。

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