第73話 強襲

 私たちは今、小高い丘の上にいた。

 リリアナのハイエルフとしての力と煙々羅えんえんらの速度でもって進んだこともあり、眼下に目標の屋敷が見える。


 屋敷の周囲は壺のようになっていて、周囲を小高い丘が囲んでいる。

 壺の口に当たる部分だけが丘の切れ目で、そこに関所が設置されていた。門番の数は四人。

 

「あの屋敷の中に皇太子様が幽閉されていやす」

「屋敷っても広いんだな。どこか分かるか?」


 十郎がしげしげと屋敷を見やり、顎を指先でさする。

 確かに広大な屋敷だ。

 十字の形をしており、端から端までの長さは三百メートルを超える。横幅も五十メートルほどあるから、中は相当な部屋数があるやもしれぬ。

 

「しかし、十郎、倶利伽羅、リリアナは陰陽術も無しでよく見えるな……」


 ここから屋敷まではおよそ一キロ近くあるのだが……裸眼だと建物があるのは分かるが、詳細までは見ることが叶わない。


「俺はこの体になってからだな。視力が異様に良くなったのは」


 なんでもないといった風に十郎が応じた。


「少し待ってくれ。陰陽術をかけなおす」


 もう少し、拡大率をあげよう。

 袖から二枚の札を出し、遠見の術式をかける。


 一枚をシャルロットへ手渡し、もう一枚は袖の中に入れた。

 これで、先ほどより良く見える。

 関所の門番の顔までハッキリと分かるほどだ。

 

「あの赤い札が見えやすか?」


 札……?

 壺の入り口を上とすれば、十字の中央から少し左に進んだ辺りに十五センチほどの細長い紐のようなものが見える。

 その紐は確かに朱色ではあるが……。


「札というよりありゃ紐だろ」


 私の言葉を代弁するかのように十郎が突っ込みを入れた。


「そうでやす。あの下に皇太子様がいます」

「よくバレずにあんなところに目印をおけたな」

「あれにはちょっとした術をかけておりやして、あっしの許可した者しか見えないんです」

「都合のいい術を持っていたもんだな!」

「へへへ。こういった術はあっしの仕事に必須でやすからね」


 倶利伽羅はさすが本職の隠密だな。

 彼の術は偵察や忍び込むことに特化している。元々視力がいいみたいだから、夜目や遠見は気にしなくていい様子だが……。

 目印の術や音を消す術などを習得しているのだと思う。

 

「分かった。では、行くとしようか。倶利伽羅はここで待て」


 煙々羅えんえんらを出し、四人に目配せをする。

 

「榊の旦那。煙々羅えんえんらで行くんでやすか? 目立ちますよ」

「問題ない。目立つ前に押し入るのだから」

「晴斗はたまにとんでもなく派手なことをするよな」


 愉快そうに腹を抱えて笑う十郎。

 一方で、私が何をしようとしているのか分からず戸惑う三人。


「まあ、乗ってくれ」

「とても嫌な予感がするのじゃが?」


 リリアナが「うへえ」とばかりに苦虫をかみつぶしたような渋面を浮かべながら、煙々羅えんえんらに乗り込む。

 きっと彼女にとっては、悪夢だろうな……そう思いつつも口には出さない私である。

 言えば、彼女が叫ぶだろうから。

 

 ◇◇◇

 

「さあ、行くぞ」

「ま、待てえ! ハルト! 行くってどこに行くのじゃああ」


 リリアナは嫌々と首を振りながらわめきちらす。

 予想通りだ。


「大丈夫だ。陰陽術をかけた。行くぞ」

「行くぞじゃないのじゃ! 冗談じゃろ?」

「冗談ではない。行くぞ。十郎。シャルロットを抱えてくれ」

「あいよ」


 十郎がシャルロットを姫抱きして、立ち上がる。

 ぽっと頬を染める彼女だったが、指先が震えていた。彼女だってリリアナと同じで怖いのだ。

 

 そう、ここは――

 ――屋敷の上空四百メートルの地点である。

 行くという意味はここから飛び降りるということだ。

 

 嫌がるリリアナを抱え上げ、一息に煙々羅えんえんらから飛び降りた。

 後からすぐ十郎も続く。

 

「嫌じゃあ! あああああ!」


 自由落下する中、リリアナの叫び声が響く。

 

 ――すぐに屋敷の屋根が目前に迫る。

 脚を大きく振り上げ、勢いをつけ体を捻り屋根と垂直になるよう足を伸ばす。

 足が屋根から五十センチほどまで近づいたところで、フワリと体が逆方向に浮き上がり無事着地した。

 直後、十郎も屋根の上に降り立ち、シャルロットをその場にゆっくりと立たせる。

 

「時にハルトよ」

「膝が笑ってるぞ。リリアナ」

「す、すぐに元に戻る。妾のことはともかく、どうやって帰るのじゃ?」

「簡単なこと。皇太子様の身の安全さえ確保すれば、後はどうにでもなる」

「お主の案とは思えぬな……十郎のようじゃ……」

「これが一番確実だと思ったからに過ぎない。正面から押し入るにしても、忍び込むにしても皇太子様が害される危険性が高い」


 忍び込み、警戒に当たる兵士に誰一人気が付かれることなく皇太子の元まで到達できれば一番良いが、私たちに隠密の能力はない。

 陰陽術で何とかするにしても四人で行くとなると必ず綻びが出る。

 ならば、一気に強襲すべきだと考えたわけだ。

 

「やるぜ、晴斗」

「任せた」


 十郎は小狐丸を引き抜き、赤い紐に向けて刀を振り下ろした。

 続けて二度、目にも止まらぬ速さで刀を振るった十郎は、右足で屋根瓦を蹴り上げる。

 すると、三角形に切り取られた屋根の一部が蹴飛ばされ、中に入る空間が生まれた。

 

「先に行くぜ」


 十郎はそう告げると真っ先に穴の中へ飛び込む。

 続いてシャルロット、リリアナ、最後に私が中へ入った。

 

 ◇◇◇

 

 倶利伽羅の印は思った以上に正確な場所へつけられていたようだ。

 降りた先はなんと牢屋の中で、黒髪の上品な出で立ちをした少年が座敷に座っていた。

 この顔は忘れもしない。皇太子その人。

 

「驚いたぞ。十郎、そしてそなたを待っていた……晴斗よ」


 皇太子は静かに立ち上がると、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「皇太子様……ご無事で何よりです」


 膝をつき、頭を下げ最敬礼を行う。

 若干やつれているが、怪我もなくあの日別れた時のままの皇太子の姿に胸が熱くなる。


「表をあげよ。晴斗。そちらのご婦人方はそなたの連れ合いか?」

「はい。……む」


 牢屋からは真っ直ぐに廊下が伸びており、すぐに突き当りになっていた。

 突き当りは左右に道が分かれているのだが、右側から足音が聞こえてくる。

 

 派手に音を立てたから気が付かれて当然と言えば当然か。 


「皇太子様、ご無礼をお許しください」


 十郎は皇太子へ敬礼せず、一息に牢の柱の前まで移動すると刀を振るう。

 あっさりと木の柱が切り倒され、彼は牢の外へ出る。

 そのまま駆けた十郎は、突き当りまで進み出会い頭に二人の警備の者の首を跳ね飛ばした。

 

 ――カンカンカンカン

 その時、高い鐘の音が響き渡る。

 

「ハルト、どこから脱するつもりじゃ?」

「皇太子様、この者たちの紹介は後程。今はここより脱するが先決かと」


 リリアナに頷きを返した後、皇太子へ提言を行う。

 

「経路はそなたに任せる。私は自らの足で走る。先導を頼むぞ」

「はい。お任せください」


 ここから逃げるとなると、道は一つしかない。

 

「十郎、先に私から出るぞ。しんがりを頼む」

「おうよ。任せておけ」


 そう、ここへ降りて来た三角形の穴から外へ出て煙々羅えんえんらを使い丘の上まで戻る。


 

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