第2話 レベル

「なあなあ、兄ちゃん。スレイヤーなのか? それとも旅人?」


 座るなり少年はキラキラした目でまくしたてるように質問を投げかけてきた。

 旅人はともかく、スレイヤーとは何を示す?

 しかし、その前に。

 

「少年。まずは自己紹介からしよう。私は榊晴斗さかき はると。よろしく」

「難しい名前だなあ。サカーキハルト?」

「呼び辛ければ晴斗と呼んでくれるといい」

「分かった。ハルト兄ちゃん! 俺はリュート。よろしくな!」


 ん、少年が手をこちらに差し出してきた。

 こちらの習慣だろうと判断し、彼の手を取ると彼は私の手を握り上下に軽く振る。

 なるほど、挨拶の際に握手をするのがこちらの習慣か。

 

「リュート。さっきの質問だが、私は旅人に近い……と思う」

「そうなのかあ。てっきりスレイヤーかなあと。だってさ、ハルト兄ちゃん、あんな小さな船で沖に出たんだろ?」

「……間違ってはいない」

「あんな船で海に飛び出す旅人はまず見ないって! だから、モンスターでも倒しに行ったのかと思ってさ!」


 聞きなれない単語だが、モンスターとはきっと魔物のことだろう。人ならざるものを総称して呼ぶ言葉に違いない。

 リュートとの会話の流れから、特定の魔物を指しているとは思えないから。

 となると、スレイヤーとは魔物を討伐する職に就く者か。

 ならば、私は元スレイヤーだな。少し意味合いは違うが……。

 陰陽師とは魔の者を払う。細かいことについて、今は良い。いずれリュートなり、スレイヤーに会う事があれば聞けばよいのだから。そこは現時点で突き詰める必要はない。

 

「リュート。お互いに聞きたいことが多数ありそうだ。順番に質問をしていく形でどうだ?」

「うん! それでいいよ。さっきは俺が尋ねたから、次はハルト兄ちゃんな」

「では、魔術とはどういったものなのか簡単に分かる範囲で教えてくれないか?」

「んー。ハルト兄ちゃん、本当に知らないのか? それでよく旅人をやってたなあ……ほとんどの人は魔術を使えるというのに」

「すまんな。少し習慣が違うところで生活をしていて、呼び方が違うだけかもしれないのだよ」


 リュートは特に疑うそぶりを見せる、あっけらかんと膝を打つ。

 

「そっか! それなら仕方ないよな。うん! えっと、魔術ってのは魔力……MPを使って発動する力って言ったらいいのかなあ」

「なるほど。理解した」


 予想通りだ。瑞穂国では霊力と呼ばれているものが魔力であり、霊力値がMPとなるのか。

 ならば、魔術は陰陽術や忍術といったものを指すに違いない。

 

「あ、そうだ。ハルト兄ちゃんのステータスを見せてもらってもいいかな? そうしたら魔術がどんなものか分かるよ!」

「ん? 能力値という意味か?」

「うん!」

「それなら聞かずとも閲覧できるだろうに。リュートは律儀だな」


 能力値の表示は拒むことができない。誰にでも誰のものであれ閲覧することができるのだ。

 特別な術を自身へ施せば話は別だが……手間と霊力の消費がバカにならないから、能力値の表示を他人から遮断しようとする者はまずいない。

 

「ありがとう! 行くよ」

「少し待ってくれ。魔術を使うところをしっかりと見たい」

「りょーかい!」


 能力値の閲覧は基本中の基本の術だ。どの術系統でも初期に習得する。

 魔術とやらが、どういった系統なのか分からぬがしかと見ることでひょっとしたら私にも使えるかもしれない。

 未知の術へ対する期待によるはやる気持ちを抑えつつ、袖を振り、札を指先に挟む。

 

「八式霊装 心眼」


 霊力の動きを見る目が強化される術式を施す。


「ハルト兄ちゃん。変わった魔術だなあ」

「魔術……とは少し違うのだが……似たようなものだ」


 ハルトは首を傾け不思議そうな顔をするが、すぐにステータスを見るという興味へ気持ちを切り替えた様子。

 

「行くよ。ステータスオープン」


 ほう。術の動きが見える見える。なるほど。これなら、使えそうだ。

 能力値調査の術とほぼ同じ。

 私が自分の思考へ沈んでいる間にも、リュートは「おおお」と驚いた声をあげる。

 

「ハルト兄ちゃん、強いじゃないか! 旅人なんて勿体ない」

「そうか……? 私も見ていいか?」

「うん! 俺のを見てもあれだけど……」


 リュートは子供っぽい仕草で照れくさそうに鼻をかく。

 

「ステータスオープン」


 リュートの真似をして魔術を唱えると、頭の中にステータスなるモノが浮かんできた。

 対象はリュートではなく私だ。自分のステータスがどのように表示されるのかをまず見たい。

 

『名前:サカキハルト

 種族:人間

 レベル 五十八

 HP: 二百五十

 MP: 四百七十

 スキル:陰陽術

 地:七

 水:七

 火:七

 風:七

 光:七』

  

 レベルは段位のことだろう。能力の表示と並び方がほぼ同じだから想像はつく。

 しかし……レベルが随分と低くでるのだな。これなら、この地で隠棲するに目立たず済みそうだ。

 他にも属性が地水火風光の五つしか表示されないなど気になることはあるが……一人の時にじっくりと考えればいいか。

 

 続いて、リュートのステータスを閲覧する。

 

『名前:リュート

 種族:人間

 レベル 六

 HP: 三十

 MP: 十八

 スキル:家事全般、釣り

 地:一

 水:二

 火:一

 風:一』

 

 ほう。リュートは属性に数値が付いている。実際に彼の魔術を見たわけだが、ステータスにもちゃんと魔術が使えることが属性の数値として示されているってわけか。

 魔に挑む者でもないというのに、術が使えるだけでも大したものだ。

 

「ハルト兄ちゃん、見てもつまらないだろう? 俺のステータスなんて」


 リュートが顎に手をあて目をつぶる私へ声をかけてくる。

 

「いや。リュートはここで両親の手伝いをしているのだよな? スレイヤーではなく」

「そうだよ! スレイヤーは村の子供に大人気なんだぜ! カッコいいからな!」

「ただの村の子供であるリュートが、魔術を使えるなんて大したものだと私は思うがね」

「何言ってんだよ。ハルト兄ちゃん! 魔術はほとんど誰でも使えるってば!」


 それでも褒められたことが嬉しいのか、リュートはガシガシと頭をかき鼻をさすった。


「ハルト兄ちゃん、今度は俺が聞く番でよかったよな?」

「ああ、そうだとも」

「旅の話とか聞かせてくれないかな? 俺、村の外のことをいろいろ知りたくてさ」

「そういうことだったのか。しかし、リュート。知らない人物へ突然近寄ると危険だ」


 自分にとってリュートはありがたいが、ついつい説教臭く彼へ注意してしまう。

 これまでの会話と立ち振る舞いから、彼は人のいい純朴な少年だ。善人であるのは美徳なのだが、もし私が山賊だったらどうするつもりだったのか。

 命を失ってからでは遅い……。

 

「大丈夫だよ。俺はこれでも人を見る目があるんだって! ハルト兄ちゃんは俺をどうこうしようなんて思ってない! 断言するぜ!」


 そんな直球で来られると、毒気も抜けるというものだ。

 やれやれと私は大げさに肩を竦め横目でチラリと彼の顔を見やる。彼はなんて楽しそうな顔をしているのだろう。

 彼はそれほどまでに村の外へ興味があるのか。

 少年の頃は私も背伸びしたものだ。微笑ましくなり、口元が緩む。

 しかし、どこまで話そうか。ここに定住するとなると、いずれ誰かしらに私の事情を話す必要は出てくる。

 

「リュート。ならば、私がここへ来た旅程についてでもいいか?」

「うん! ハルト兄ちゃんがどこからここへ来たのか。どんな道を通ってきたのか。ワクワクしてきた!」

「私は、あの小船で遠く西からここまで漂流してきたのだよ」

「え、えええ! 西って南西とか北西のことだよな?」

「いや、ここを真っ直ぐだ」


 海平線の彼方を真っ直ぐに指を指す。


「ハルト兄ちゃん、俺も漁を手伝うからわかるけど、真っ直ぐ西は外洋に出たとしても、島の一つさえ見あたらないぞ」

「それがあるのだよ。ずっと、ずっと西だ……」

「へえええ! それはすごい! 遥か西に人の住む地があるのか!」

「実のところ、私も遠く東に人の住む地があるなどと知らなかったのだよ」

「ハルト兄ちゃんの奇抜な恰好ってスレイヤーならではのこだわりって思ってたけど、遠いところの服だったのか!」


 奇抜という言葉に眉がピクリとあがる。しかし、風変り過ぎると言われても仕方のないことだろう。

 私から見るとリュートの衣装は見たことがない奇妙な物なのだから。

 次は私の番か。聞きたいことは山ほどある。国のこととか、地域のこととか……。


「なあなあ、ハルト兄ちゃん。泊るところを決めていなかったらうちに来ないか?」

「ん?」


 唐突にリュートが意外なことを口に出したので、あっけにとられ、思わず彼の顔へ目を向けた。

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