第32話 真祖
そうはいっても、鳥に比べたら亀のような歩みというのも事実で……。
何が言いたいかというと、赤紫色をした蝙蝠の大軍があっという間に私たちを取り囲もうとしている。
このまま体を齧られたらたまらない……。
袖を振り札を指先で挟む。
目を閉じ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。
「七十二式 霊装
札から紅蓮の炎が舞い上がりはじめる。
「リリアナ!」
「え、ひゃああ」
リリアナを抱き寄せ、ひょいと姫抱きし……
この時、ちょうど蝙蝠たちが私たちを喰らおうと一斉に襲い掛かってくる。
だが、
紅蓮の炎は私の周囲で渦を巻き、近寄る蝙蝠の翼を焦がす。
炎に包まれながらも、地面に着地しリリアナをそっと降ろした。
「驚いたが、お主が防御なら妾は攻勢じゃ。術の構築はもうすんでおる」
攻めあぐねる蝙蝠たちは、ぎゅううっと集まりはじめ赤紫の影を形作っていく。
私は
リリアナは目を閉じ、杖を両手で握りしめ大きく息を吸い込んだ。
三者三様の動きであったが、一番早かったのは蝙蝠たちだ。
赤紫の影は人型となり、青白い肌をした無表情の女の姿を取った。
人形のように整った顔つきをしているが、瞬きをしない目と口元から生えた牙がバンパイアであることを告げている。
日ノ本にいる吸血鬼と見た目はあまり変わらないな。
「煩わしい術者ども……。ペロスピロン様へ捧げてくれる……」
女にしては低い鋭い声で恨めし気に呟くが、相手の準備を待つリリアナではない。
「精霊たちよ。
両手を組み術を構築しようとした吸血鬼の女の周囲に白い霧が発生し――。
リリアナが指を鳴らす。
――パリイイイイン
という澄んだ音と共に吸血鬼の体に霜が降り、カチンコチンに凍り付いた。
「静かに眠れ。アースバインド!」
今度は地面が盛り上がったかと思うと、石礫となり凍り付いた吸血鬼を叩く。
すると、吸血鬼は粉々に砕け散ったのだった。
「見事だ。リリアナ」
「ふふん。妾もなかなかのもんじゃろ」
腕を組み胸をそらすリリアナへ頷きを返す。
二つの魔術を目の前でみたことで、朧げではあるが魔術というものの術の在り方が見えてきた気がした。
一端を合間見ただけではあるが、魔術ってものは陰陽術とまるで考え方が違うと分かる。私は何も陰陽術こそが至上とは思っていない。それぞれの術には利点と欠点が同居するものだ。
最も優れた術など存在しないと思う。
おっと、呆けている場合じゃない。もう一体バンパイアがいたはずだ。
人の姿を取ったのは一体だったが……もう一体は何処へ?
「アーク・
リリアナは体をくるりと回転させ、杖を振るう。
「お、おお。その魔術は『姿暴き』か!」
「いかにも」
右斜め後方に今度は男の姿をしたバンパイアを発見した。
どうやら、自分がまだ発見されたことを気が付いていない様子。
ならばと、目線をバンパイアの方に向けぬまま。集中に入る。
目を閉じ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。
「七十六式 激装 炎舞」
以前デュラハンの前で使った術と同様だが、対象が異なる。あの時は「式神・烏」を強化するために霊装としたが、此度は激装……直接術式を敵に叩き込む形態。
札から青白い高温の炎が吹きあがる!
炎は矢のような姿を取り、天へと舞い上がり……星が落下するかのごとく目にもとまらぬ速度でバンパイアに突き刺さったのだった。
断末魔さえ上げる時間も与えず、バンパイアの脳天から青い炎の矢が一直線に体を通過しそのまま床を叩く。
途端に矢が弾け、渦を巻いて青い炎が舞い上がる。そう……まるで炎が自らの意思で舞いを踊っているかのように。
「凄まじい威力じゃの。またしても炎か。火は余り好きではないのじゃがな」
「二回とも炎なのはワザとだよ。リリアナ。アンデッドは得てして炎を苦手としているのだが……」
「妾たちが何処にいるのか示すためじゃろう?」
「その通り。炎の明かりは良く目立つ。ジークフリードの聖剣の輝きのようにな」
緑がかった光が遠くの方で奔るのが目に入る。
あれこそ聖剣の出す光。おかげでジークフリードのいる位置がすぐに把握できるてわけだ。
彼やシャルロットからしても、私が炎の術を使うことで同じ効果が期待できる。
先ほど見たのは二体のバンパイアだったが、他にいないか耳を研ぎ澄まし……気配をさぐった。
……いないか。
「リリアナ。再び空へあがるか」
「そうじゃの」
私と同じように長い耳をそばだてていたリリアナも敵の気配は感じ取れなかった様子で、私に同意する。
「
言葉途中で、背筋がゾクリと総毛だつ。
――ゾワリ。ゾワリ。
――ヒタヒタ、ベッタリと張り付くような。粘つく何か……濃密な魔の気配。
「ハルト!」
リリアナの長い金色に近い髪が下から上に吹き上がる風に揺れているかのように浮き上がる。
「この気配……ただ事ではない……」
額から嫌な汗が流れ、鼻先を伝い、ポタリと地面に落ちた。
懐に手を入れ、札を指先で挟む。
手のひらからにじむ汗が妙に気に障る。
両手に札を持ち……動くべきか、待機すべきか思考を巡らせ……。
「ハルト。ジークフリードと一旦合流するかの?」
「いや……合流はしない」
「何故じゃ?」
「何故なら」
リリアナへ向け突進し、彼女の腰を掴みそのまま後方へ倒れ込む。
ゴロゴロと回転したところで――背中から僅かに離れたところを触れると火傷しそうなほど濃い瘴気が駆け抜けた。
彼女の上に覆いかぶさるような形で動きがとまったところで、つま先で地面を蹴る。続いて踵に力を入れ宙を一回転し前を向く。
結果、ちょうど瘴気から彼女を守るような形で札を構えた。
先ほどのバンパイアが変化した蝙蝠と同じ色……赤紫色をした瘴気が人の姿を形作っていく。
「ステータスオープン、そして能力値解析」
『名称:ペロスピロン
種族:トゥルーバンパイア(不死王)
(階位:妖魔・真祖)
レベル:九十二
HP:六百二十
MP:五百十
スキル:クリエイト・アンデッド(不死者生成)
瘴気操作
煙変化
格闘
地 九
水 九
風 九
闇(陰)十』
真祖か。
恐怖はまるでない。むしろ、魔将と真祖は陰陽師を志す者全てが打倒すべき最大目標として掲げているのだ。
真祖はある意味、陰陽師の憧れでもある。
はやく、姿を形成しろ!
最大級の術を持って滅してくれよう。
「あやつ……トゥルーバンバイアか! それにしてもハルト……お主」
「ん、どうした」
「このような相手を前にして、嗤っておるのか」
「そうだな……ああ。昂っているさ」
口元が吊り上がるのを感じる。
感覚の無いはずの左腕が……疼いた気がした。
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