第27話 元凶
「……一夜にしてラーセンは壊滅しました。たった一夜で!」
ジークフリードは重々しく言葉を続ける。
余りの内容にリリアナも口を開けたまま固まってしまっていた。
「ラーセンからは続々とアンデッドが街の外へ出て来はじめています。急ぎ騎士団を派遣し、街の周囲を固めようと動いている最中です」
「何者じゃ……下手人は」
「騎士団がアンデッドになるやもしれませんので、街にはまだ踏み込んでいません。しかし……確認したアンデッドのうち、魔族クラスのモノがいたことから……」
「真祖か」
私の呟きに二人の目線がこちらへ向く。
「真祖ならば、それなりの戦士の死体があれば、デュラハン程度の妖魔へ変えることなど容易い」
「デュラハン程度……いやに軽く言うがなハルト」
ワナワナと肩を震わせ、渋面を浮かべるリリアナ。
「どうした? リリアナ」
「程度と軽々しく言うがの。デュラハンを討伐するにはAランクのスレイヤーや騎士が複数必要じゃぞ」
「リリアナ。デュラハンを些細な事と言えるほどの相手なのだよ。真祖とは」
「ハルト。お主から聞いてはおったが……」
リリアナも気が付いた様子だな。私は彼女と真祖の話をした時、真祖そのものの強さしか告げていなかった。
そうなのだ。真祖は本体の強さもさることながら、死者を次から次へと魔の者へ一瞬で変えてしまうことこそが一番の脅威なのだ。
死体が魔の者へ、魔の者が生者を殺し、魔の者が増え……と爆発的に被害が拡大していく。
この負の連鎖は早く断ち切らねば、国ごと潰されることもありえるのだ。
「リリアナ様、ハルト殿。私の見解をお話してもよろしいでしょうか?」
「うむ。是非、頼む」
私たちの会話が途切れたことを見計らって、ジークフリードが問いかけてくる。
そんな彼に対し、リリアナは神妙に頷きを返した。
「元凶はトゥルーバンバイアと見ております。ハルト殿が言う真祖と同意と思いますが、いかがか?」
「その通りです」
リリアナに変わり、私がジークフリードへ返答する。
真祖は既に街一つを飲み込んでいる。
となれば、妖魔と魔の者をかき分けながら、真祖を滅しなければならないのだ。これは中々骨が折れる戦いになるな……。
「ハルト」
リリアナが私の名を呼び、服の袖を引く。
ああ、分かっているさ。リリアナ。
陰陽師たる私の血が、真祖を許容しない。心情的にも街の人たちを滅せられた怒りもある。
「リリアナ様。あなた様のところにも使者を送ろうと思っておりました。ここで出会えたが幸いです。どうか、トゥルーバンバイアの討伐へご協力いただけませんでしょうか?」
そう言ってジークフリードは深々と頭を下げた。
「妾は元よりそのつもりじゃ。大森林の安寧を脅かす者を排する。それが大賢者たる妾の矜持でもある。しかし、此度の戦い、ここにハルトがいる」
リリアナが私へ顔を向ける。
彼女と目を合わせ頷き合いジークフリードへ向き直り……
「ジークフリード殿。私も協力させていただく」
と告げた。
「リリアナ様が信頼されるお方。是非、お願いしたい。報酬は辺境伯様からだけでなく国王様からも出る。充分な報酬は約束しよう」
「ティコの村へ行くんじゃろう? しかし、ラーセンへいつ踏む込む予定じゃ?」
「明朝には準備が完了しているかと。聖王国より聖女様にもご協力を仰いでおります。必ずや聖女様も来ていただけるかと!」
ジークフリードは飛竜も聖王国へ派遣したという。飛竜に乗れば、半日もかからずここまで来ることができるそうだ。
「リリアナ様、ハルト殿。ラーセンにほど近い場所に野営陣地を構築中です。そこでお会いしましょう。では!」
ジークフリードは騎乗すると、再び頭を深々と下げティコの村へ向かって行った。
彼らの姿を見ながら、隣にいるリリアナへ声をかける。
「思ったより早く原因が分かりよかったと見るべきだな……」
ラーセンの街一つで済んだのは不幸中の幸いなのだろうな……。
ジークフリードと彼の率いる騎士団の行動は迅速だった。この分だと真祖をラーセン内に封じ込めることもできるはず。
彼らがいなければ被害は更に拡大していたに違いない。
「聖女まで手配するとは、ジークフリードのやつ手際がいいの」
「聖女とは……名前の通りだと対アンデッドの専門家か?」
「間違ってはおらん。敬虔なる神の使途の中でも最も清き者。それが聖女じゃ。彼女は死者を払う術に長けておる」
「それは心強いな」
死者を払う術というのにも非常に興味がある。
リリアナの木属性のように私の知らない属性かもしれないのだから。
「ジークリードとてアンデッドは得意としておるのじゃぞ。あやつ、辺境伯の騎士団長とか名乗っておったが、実のところ、もう一つの顔で有名なのじゃ」
「ほう?」
「あやつは今世の聖剣に選ばれし者。聖剣もまた闇を払う力がある」
聖剣か。次に会った時に見せてもらうことにしよう。ついでにジークフリードのステータスもな。
聖女とジークフリードはかなり戦えるってことは理解した。しかし、この戦いは人海戦術で攻めるわけにはいかない。
「死者を出さぬように立ち回らねばならないからな……」
「ハルト。無茶はするでないぞ」
大丈夫さ、リリアナ。
左腕のこともある。命を顧みないってことはしないさ。
自分の思いは心の中だけにとどめ、リリアナへ軽く頷きを返す。
「全く……」
勘違いしたのか、リリアナはふうと息を吐き呆れたように肩を竦めた。
「それほど向こう見ずに見えるか?」
「うむ」
即答しやがった。
「死ぬつもりなど毛頭ないさ。行こう、リリアナ」
「死ぬつもりが無いのは分かっておる。お主は自分が死んだ後のことを想像できる聡明さは備えておるじゃろ」
「まあ、な」
面と向かってハッキリと言われると照れるものだな。そうか、リリアナも私が事実として述べた口上を聞いた時、同じ気持ちだったのだな。
「……大怪我をしようとも死なねばそれでいいとも思っておるじゃろ」
「……」
図星を突かれて口を開いたまま固まってしまった。
「……ともあれ、行こうか」
腕を振り、待機させていた
◇◇◇
街道沿いを北へ進むと、野営の準備をしている集団を容易く見つけることができた。
ちょうど道が二股に分かれているところで、脇道を進むとラーセンに到着するようだな。空から見渡したところ、薄っすらと街の外壁らしきものが見えたから。
しかし、ここから歩いて行くとなるとラーセンまで数時間かかりそうだ。真祖の危険性からするとこれくらいの距離を取っておいて正解だと思う。
ジークフリードは安全性を重視し、この場所にしたのだろうな。騎士たちは全員馬を連れているようだし、街まで駆け付けるとなればそう時間はかかるまい。
彼らを無駄に警戒させないよう、少し離れたところで
彼らの中にリリアナのことを知る人物がいたようで、問題なく私たちは野営地に受け入れられる。
日が暮れる頃、ジークフリードが戻るのと前後して、飛竜とやらに乗った聖女の一団も到着したのだった。
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