第40話 港街ドレーク

――港街ドレーク。

 グレアム王国はティリング伯爵領の居城がある港街ドレークは、思っていた以上に発展していて驚きを隠せない。

 伯爵という地位が日ノ本の官位と比べどれほどのものにあるのか私には分からぬが……封土に関しては、リリアナから聞いたところ日ノ本の管領かんれいに近い広大な範囲を治めているようだった。

 リリアナやリュートの情報から推測するに、グレアム王国は日ノ本の面積と比べ数倍の規模がある。

 そこから推測するに……伯爵は管領ほど高い地位ではないと考えた。

 だが、グレアム王国はやはり日ノ本に比べ、技術力が高く、それに加え面積はもちろんのこと人口も多い。


 何が言いたいのかというと……大きな港街と聞いていたとはいえ、地方の主要な港街に過ぎないということだ。

 にもかかわらず、ドレークの規模、賑わい共に、日ノ本最大の港街である「境」と比肩する。

 

「ハルト兄ちゃん、あんまりキョロキョロし過ぎると誰かにぶつかっちゃうよ」


 リュートが三度目となる助言を私へ向けた。

 仕方がないと思わないか? 境に並ぶほどの港街、しかも、私にとっては建物一つを取ってみても物珍しいのだぞ。

 道行く人の服装でさえ、目を惹く。

 石畳で舗装された道は馬車がすれ違えるほど広い。しかし、道行く人でごった返している。

 

「ハルト。田舎者丸出しだと目立つぞ」

「そういうリリアナこそ。先ほどからすぐに立ち止まっては『ほうほう』などと囀っているではないか」

「なんじゃとお。妾はお主みたいに街の者から指をさされたりしておらぬわ」

「果たしてそうだろうか」


 可愛らしく口をいーっとして威嚇してくるリリアナへ呆れたように肩を竦めると、彼女に肩を掴まれた。

 そこへ、リュートが割ってはいるように私とリリアナの肩を押し、はああと息を吐く。

 

「ハルト兄ちゃんもリリアナ姉ちゃんも、服装が奇抜だから目立つんだって。そうでなくても、姉ちゃんは美貌のエルフだし、兄ちゃんはそれに負けていないし」

「大丈夫さ、リュート。私は目立たぬようにしているさ」

「妾もじゃ!」


 む。またしてもリリアナと言い争いになりそうだ。

 ここは、リュートの顔を立てて……そうだな。

 

 私は膝下まである長羽織を脱ぎ、リリアナの肩へそれを被せる。普段布が薄すぎる彼女からしたら暑いかもしれぬが、群衆の中で女子があられもない姿をするから注目を集めるのだ。

 リリアナは注目を集めたいと当初思っていたが、さきほどの会話からどちらかと言えば群衆の中に紛れ込みたいと感じた。

 もし目立ちたいと思っているのなら、私にこうは絡んでこないだろうしな。

 

「む。突然どうしたのじゃ?」

「それを上から着ておくといい。貴君の破廉恥な姿が目立つのだ」

「破廉恥……そんなはずは……」

「グレアム王国の人たちが貴君ほど肌を見せるのかは分からぬが、少なくとも街行く女性は貴君ほど布が薄くはない」

「……む。むう。ま、まさかそのような理由があったとはの。それはともかく……」


 リリアナは長羽織の袖を顔に近づけ、鼻をヒクヒクと揺らす。


「大丈夫だ。昨日、陰陽術で浄化したところだからな」

「ふむ。いい肌触りじゃ。シルクが混じっておるのかの」

「シルク……絹のことか……一部使っているだけだよ。ほとんど麻だ」

「ほおお。まあよい。借りておく」


 長羽織へ頬すりした後、リリアナは袖を通した。やはり彼女の背丈では私の長羽織だと少し大きいようだ。

 裾がくるぶしあたりまで来ている。歩くに支障はないから、まあよしとしよう。

 

「ハルト兄ちゃん、リリアナ姉ちゃん……ちょっとズレてるけど、まあいいや!」


 リュートはコロコロと笑顔を見せ、頭の後ろで腕を組み陽気に歩きだす。


「すまんな。リュート。今度はちゃんと後ろをついて行く」

「ハルト兄ちゃん、気にすんな! 兄ちゃんはドレークが初めてだしさ。俺だって最初はそうだったよ!」

「後でゆっくりと街の散策はしようと思っている」

「りょーかい。じゃあ、お店まで先に行こう!」


 リュートが私の弟子になりたいと言った翌日に和紙を大量に生産した。

 それを引き取ってくれそうな店にリュートが心当たりがあるそうなので、まずはその店に行こうと思っていたところ……すっかりおのぼりさん気分になってしまったというわけだ。

 

「リリアナ。ぼーっとしておらずに行くぞ」

「うむ」


 何故か頬が少し赤くなっているリリアナへ声をかける。

 彼女はすぐにハッとしたように前を向き、私の隣へ並ぶ。

 

 ◇◇◇


「ハルト兄ちゃん、ここだよ!」

 

 リュートに案内された店は、大通りから小道へ入りしばらく進んだ奥まった場所にあった。

 石造りの店舗は年季が入っており、ところどころに苔が浮いている。

 しかし、鉄製の扉は錆一つ浮いておらず、店舗の手入れ自体は丁寧になされているのだろうと思われた(苔はあえてそのままにしているのかもしれない)。

 

「このまま入っていいものだろうか?」

「うん!」


 リュートに確認すると、彼は満面の笑みを浮かべ大きく縦に首を振る。

 さっそく、鉄の扉に手をかけ手前に引くと鉄のすり合わせるような音もせずスーッと扉が開く。

 扉が開ききったところで、呼び鈴が鳴り響いた。

 

 中は張り出し机が備え付けられており、机の奥には木の扉が見える。

 左右には剣や槍が横向きに飾られていて、金属製の全身鎧が張り出し机の隣に置かれていた。

 

 すぐに、店主らしき老齢の男が出てくるが、沈黙したままこちらへぎょろりと目をやり、椅子に腰かけてしまう。

 この男……人間ではないな。耳介の端が少しだけ尖っている。

 歳の頃は六十歳手前くらい、茶色いチリチリとした髪に白い立派な髭。髭は長く、左右からみつあみにしている。

 みつあみの先は革紐でくくっていた。

 

「はじめまして、榊晴斗さかきはるとと申します」


 黙ったままの男へ頭を下げる。

 この男……とても客を迎え入れる態度ではないが、あの眼光……只者ではない。

 あの目は過去に見たことが在る。あれは、超一流の職人の目に違いない。他に誰も寄せ付けず、我が道を行く。

 自身の腕に絶対の自信を持ち、口数が極端に少ない。それだけならいいのだが、私の知るあの目を持つ者は、必要なことでさえ喋ろうとしないといった少し困った気質を持っていた。

 

「おっちゃん、今日は面白いものを作る人を連れて来たんだよ」


 助け船を出すリュートの言葉へピクリと眉が動く男。


「ほう……見せてみろ」


 重苦しい声色で男は腕を組んだまま、目だけ私へ向ける。


「和紙というものになるのですが……」


 机の上に手持ちの鞄から取り出した和紙の束を置く。

 男はしげしげとそれを見た後、手に取り「ほう」と呟いた。


「儂はドワーフ族のヨハンネス。ハルト……だったか。面白いものを作るじゃないか」


 男――ヨハンネスは和紙から目を離さぬまま、私へ問いかける。

 

「おっちゃん、鍛冶製品じゃないからきょーみないかもしれないけど、その紙はいいものなんだ」

「分かっておる」


 リュートの言葉へ素っ気なく応じたヨハンネスは、ようやく私へ目を向けた。

 

「ハルト。儂は鍛冶しか分からぬ。だが、この紙の良さは分かるぞ。知り合いのノーム族に小物を取り扱っている者がいる。紹介しよう」

「ありがとうございます!」

「さっそくだが、この紙……和紙を一枚使っていいか?」

「もちろんです」


 ヨハンネスは羽ペンに墨をつけサラサラと和紙に紹介状を書いてくれる。

 どうやら彼のお目がねにかなったらしい。

 ヨハンネスはノーム族の人の店がどこにあるのかまで丁寧に教えてくれ、私たちは来て早々ではあるが彼の店を後にする。

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