第13話 リリアナ
対する私は左手に小太刀。右手に札を挟み膝を少し落としてスケルタル・ハウンドを待ち構える。
「陰陽師が武器を扱えぬとは思わぬことだ」
誰が聞いているわけでもないが、一人呟き小太刀を振るう。
すると、ちょうどそこへ私に噛みつこうと胸の高さまで飛び上がったスケルタル・ハウンドが舞い込み、小太刀の刃がすうっと奴の頭を斬る。
力を込めていなかったこともあり、奴の頭蓋骨を裂くまでにはいたらなかったものの……それなりに痛撃を与えたはずだ。
しかし、スケルタル・ハウンドは、うめき声一つあげず私から見て右側へ着地する。
敵の攻勢が止まった刹那の時を利用して、術式を脳内で紡ぐ。
「二十六式 物装
青白い炎が札から舞い上がり、小太刀を向けると炎がそれに吸い込まれて行く。
すぐに小太刀から青白い燐光が立ち込めてきた。続けて、札が無くなり無手になった右手を小太刀へ添える。
先ほどは食事を邪魔されたことで感情的になっていたが、術式を使うために集中したおかげか、ここに来てようやく落ち着いて来た。
その証拠に私は、葬送火を構築していたのだから。
スケルタル・ハウンドは不死者故、痛みも感じぬ、腹も減らぬ。生前、奴に何があったのか、私には分からない。
もう二度と魔の者にならぬよう……せめて安らかに眠れ。
葬送火は奴を送るためにある祈りの炎なのだ。
「犬畜生などと下には見ぬ。来るがいい!」
私の声などに反応するはずもなかったが、スケルタル・ハウンドは再び私へと飛び掛かって来た。
分かっているさ、単に奴が体勢を立て直しただけだとは。
ゆっくりとコマ送りに見えるスケルタル・ハウンドの動きに合わせ、小太刀を振るう。
軽く当てただけだった小太刀ではあるが、そこを起点として青白い燐光が燃え広がり、スケルタル・ハウンドを覆っていく。
低位の魔の者にしか効かぬのが難点ではあるが、葬送火は死者への鎮魂を込めた炎である。
葬送火は何も魔の者にだけ使うわけではない。
黄泉帰りして、魔の者にならぬよう陰陽師が死者を送る際にも使用する術式なのだ。
全身を青白い炎で包まれたスケルタル・ハウンドは、先ほどまでもっていた激しい敵意は何処へやら、頭を地につけ眠るような体勢でじっとしていた。
魔の者でさえ、安らぎを与える。これぞ葬送火の真骨頂と言ったところか。
スケルタル・ハウンドは炎のゆりかごに抱かれ、足元から少しずつ煙となって消えていっている。
「貴君に
スケルタル・ハウンドへ祈りを捧げ、小太刀を腰にしまう。
一方でスケルタル・ハウンドはもはや頭だけになっており、最後に残った頭も燐光が舞い煙となって、跡形も残さず姿を消したのだった。
スケルタル・ハウンドが完全に消失したことを確認した私は、踵を返し再び大木の幹へ腰かける。
「さて、食べるか」
しんみりとした気持ちになってしまったが、腹が減るものは減る。
そもそも、私は先ほどリュートの作ってくれた素晴らしきサンドイッチを食そうとしていたところだったのだ。
一仕事終えた今となっては、先ほどより食欲が涌いても仕方の無いことだろう?
手提げ袋からサンドイッチを取り出し、大きく口を開く。
「感心せんのう。森は火災になりやすいのじゃぞ?」
と、そこへ突然、声が響く。
ま、またしても何奴だ!
と一瞬、食事を邪魔されたことの怒りで我を忘れてしまうが、現在起こっている事実に気が付き、背筋が総毛立つ。
何処だ?
先ほどまで人がいるような気配は、一切なかったぞ。
しかし、驚愕していても仕方ない。
すぐに気を取り直し目を閉じ耳を澄ますと、ようやく声の主の気配を感じ取れた。
な、なんだと!
再び寒気が走った。
なんと、声の主はすぐ真上にいる!
そう、私が腰かけている大木の枝の上だ。
これだけ至近距離に近づかれるまで、まるで気が付かないとは……隠密に長けた相当の手練れか?
警戒心を最大限にしつつ、上へ向けて叫ぶ。
「何者だ! 声から判断するに女子と見受けられるが」
「そう怒鳴らずともよかろうに。お主は比較的冷静な男だと思っておったのじゃが……まさか食事を邪魔されて苛立っているわけではあるまい?」
「……」
そう来るか。しかし、会話が成り立つのは幸いだ。
考えてみれば当然と言えば当然と言えよう。向こうは私と話をするつもりでいるのだからな。
もし、襲い掛かるつもりだったのなら、私が気が付く前にやればいい。
といっても、そう簡単にやられるつもりはないが。
「まさか図星なのか?」
頭上から再びの声。
「そうではない。突然現れた客にどう対処すればいいのか、考えていたに過ぎない」
「客か……。どちらかといえばお主が客じゃのお。さしずめ
「貴君、まずは姿を見せたらどうだ?」
緊張と警戒心を緩めず、大木の枝を見上げる。
すると、私の声に応じたのか、葉が擦れる音がして枝の上から一人の女子が下りて来た。
彼女は、私と同じような長く艶のある真っ直ぐな髪をしていて、髪色は銀色に近い金色。
華奢な体つきではあるが、先ほどの動きを見るに柔軟性に富み、身軽で身体能力が高そうだ。
何より特徴的なのが、精巧な人形のような顔貌に加え髪の間から伸びた長い耳にある。
あの耳……人間ではないな。
「なんじゃ、しげしげと妾を見おってからに。人間はみなそうなのか?」
「これは失礼。これまで出会ったことの無い種族だったものでな。私は
敵意を感じなかったことから、先んじて名を名乗ることにした。
もちろん、唐突に名を名乗ったのには理由がある。それは、こちらに敵対の意思がないことを示すためだ。
少なくとも日ノ本では、相手に名を伝えることは友好的に接する証……もっとも、ここではそうなのかは分からぬが。
「ハルトというのか。妾はリリアナ」
リリアナは顎をツンと上げ、名を告げた。どうやら、少しはうまくいったようだな。
彼女は顔こそそむけてはいるものの、先ほどより少しばかり態度が軟化したように思える。
それにしても……彼女の服装は何とかならないものなのだろうか。
彼女は緑色の長い帯を両肩に通し、腰でクルリと回転させ腰から垂らしただけで、他には首飾りと腕輪しかつけていない。
動くたびに帯が揺れ、目のやり場に困る。
といっても、谷間があるわけではないのだが……。
「また妾の身体をしげしげと、それほど珍しいのかの? それとも盛っておるのか?」
「思いのほか下品なのだな……。初めて会う御仁へ言葉遣いをどうすべきか考えていただけだ」
リリアナはざっと見たところ、二十前後に見える。
彼女の種族では大人と言える年齢なのか想像がつかぬが、子供は別として友好的に接するつもりである大人に対し敬意を払わぬのは、私の主義に反するからな。
しかし……このままの口調でよいか。相手も丁寧な言葉を使っては来ていないし。
「して、お主は妾の種族へ本当に想像がつかぬのか?」
おっと、ちゃんと真面目に聞いてくる気があったのか。
「まるで想像がつかないな。人間の美醜から、貴殿のように美しく見える種族がいるにはいるが……」
ここは正直に自分の見解を述べることにした。
断っておくが、特にリリアナを褒めたたえたつもりはない。事実を事実として伝えたに過ぎないのだから……。
「ほうほう」
美しいと言われて悪い気はしないのか、リリアナは上機嫌に頷きを返す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます