第12話 大森林へ
――翌朝。
元より漂着し持ち歩ける物以外持っていない私は、準備など必要なくリュートと共に村の外れまで来ていた。
前方にはレンガを敷き詰めた道が真っ直ぐに伸びている。驚くことに遠くにある少し高くなっている丘の上まで行って尚、道が続いていたのだ。
改めて彼らの土木技術の高さと、これほどの長い道を村にまで繋ぐ財力に圧倒された。
「ハルト兄ちゃん、この道をずっと真っ直ぐ一日ほど進むと、左右に道が分かれるんだ。そこを右に行ってしばらく進むと道が無くなるんだよ」
「その先に大森林があるのか?」
「ううん。道が途切れてから更に半日から一日ほど進むと『大森林』に入るって。俺も旅人さんや父ちゃんにチラリと聞いただけで行ったことないから……」
「何も目印がないよりよほどいい。ありがとうな。リュート」
「でも、旅人さんが言ってたことなんだけど、大森林は他の森と様子が違うからすぐ分かるって! 木の幹がこーーんなに大きいんだってさ!」
リュートは両手をめいいっぱい広げて、大きさを示すがやりすぎて転びそうになっている。
「ははは。それは分かりやすいな。それならば迷うことは無いはずだ。行ってくるよ。リュート」
「うん。ありがとう。ハルト兄ちゃん」
彼の父親の髭剃りナイフを預かり、懐にしまう。
陰陽術を使おうと袖を振り札を指先で挟んだ時、傍らにいるリュートが麻でできた小さな手提げ袋を差し出してきた。
「ん?」
「ハルト兄ちゃん、これ」
「ありがとう」
受け取って中身をチラリと見ると、パンにレタスと卵が挟んだサンドイッチと言われるものだと分かる。
旅先でリュートの料理が食べられるとは、それだけで楽しみが増えるというものだ。
「リュート、何よりの援軍だよ。これは!」
「そ、そうかな。ハルト兄ちゃんは食事のことに関して大げさだよな……」
「それだけのモノなのだよ。これは」
ホクホクした思いで、リュートからいただいた手提げ袋を腰から下げ、再び札を指先で挟む。
目を閉じ、心の中で模式を構築……。
「札術 式神・
札から灰色の煙がもくもくと舞い上がり、座布団のような形を作っていく。
座布団と表現したが、煙が全て集まると寝そべることができるくらいの大きさになる。座布団というよりは正方形の形をした布団と表現したほうがいいかもしれない。
「ハルト兄ちゃん、これは?」
ふよふよと目線の高さで浮かぶ灰色の煙でできた布団を指さし、リュートは目を見開く。
「これは煙々羅という式神だよ。指示に従って動いてくれる」
手を上から下に動かすと、灰色の布団……もとい煙々羅が足元まで降りて来る。
一歩踏み出し、煙々羅の上へ足をかけた。
「ちょ、ハルト兄ちゃん!」
煙の上に乗ったことに驚いたのか、リュートは開いた口が塞がらない様子で頭をガシガシとかく。
混乱気味のリュートをよそに私は煙々羅の上にあぐらをかき、彼へ目を向ける。
「煙々羅は空を飛び術者を運んでくれる便利な式神なんだ。これを使えばものの数時間で大森林まで行けると思う」
「い、いいなあ。俺も空に行ってみたい!」
「戻ったらな」
「やったあ。紅茶を準備して待ってるよ!」
「そいつはありがたい。ではな、リュート」
「うん!」
リュートへ手を振り、腕を下から上へ振り上げると煙々羅が高く飛び上がる。
ほう。上から見るとよくわかるな……。
本当に長い長い道がずっと続いているのだなあ。
感嘆の声をあげている間にも、瞬く間に村が見えなくなった。
まずは、道が分かれているところまで進むとしようか。
風になびく自分の銀色の髪の毛に眉をしかめているうちにも、煙々羅はグングンスピードをあげていく。
◇◇◇
「お、あれか……なるほど。他とは一線を画すな」
一目で他の森と違うと分かる。
森とは「通常」突然深い森になっているものではなく、森の入り口付近では低木や草本が群生していて、奥に入れば入るほど背の高い木々が増えていくものだ。
それに対し、目の前に広がる大森林はハッキリとした外界との切れ目がある。
大森林の前には草原が広がり、突如、幹が数メートルもある巨木がそびえ立っているのだ。
ここは霊場なのかもしれないな……幽玄で厳粛な雰囲気を大森林からひしひしと感じる。
これだけの森となると、大きな霊脈やあやかしの里があるやもしれんな……。
いや、もし霊場などではなく唯の森だとしても年月の経過というものはある種の力が宿る。巨木はただそこにあるだけであったとしても、悠久の時を過ごしているのだ。
それがこれだけ立ち並ぶとなると、まるで神の住まうといわれる浄土にでも来た気分になる。
煙々羅から降り入口の巨木の前に降り立った私は、目を閉じ祈りを捧げた。
『これより、この地へ入らせていただきます。
深く礼を行い、大森林へと入る。
しかし足を踏み入れてすぐ、先ほどまでの感動が全て吹き飛んでしまう。
「む……これは……」
予想した通りの緑に包み込まれるような暖かな雰囲気は、体全体で感じ取ることができる。
しかし、淀んだ何かがこれに混じっているのだ。
ほんの僅かではあるが……この気配は……妖魔か?
色で表現するならば、純白の布地へ一滴の黒を落としたような。
空から見た限り、大森林は端から端が見渡せないほどの広さがあった。どこかに妖魔がいるのやもしれん……が、ここから距離があるのだろう。
その証拠に、いびつな気配は違和感を覚える程度にしか感じとることができなかった。
それにしても……このような神聖さを醸し出す幽玄な場所で妖魔か。
日ノ本とはやはり何もかも違うのだな。妖魔とは淀んだ場所にこそ現れるものだと思っていた。それがこのような場所に?
いや、まだ妖魔だと確定したわけではない。私は私の仕事をこなして戻ればいいさ。
袖を振り、札を指先で挟む。
「札術 式神・伝書」
札が和紙でできた鳩に変わり、髭剃りナイフの臭いを元にそれは飛び立っていった。
もしリュートの父親が大森林にいるのなら、鳩の行動範囲に収まる。
さて、しばらく待つとしようか。
近くの巨木の根元に腰を降ろし、リュートからいただいた手提げ袋を膝の上に置く。
「お、おお。これはおいしそうだ。では、さっそく……」
サンドイッチを両手で掴み、大きく口を開けたその時、何者かの気配を感じ取った。
無言でサンドイッチを手提げ袋へ戻し、右前方の巨木を剣呑な瞳で睨みつける。
「何者だ。そこにいるのは分かっている!」
腰をあげ、普段は出さない強い口調で言い放つ。
声は帰ってこなかったが、巨木の裏から何かが姿を現した。
「ほう……魔の者か。なるほどな。近くに潜んでいたからお前のような小物でも黒い気配を感じ取ったってわけか?」
疑問に思いつつも、目の前の敵へ集中する。
敵は朧犬だろう。顔以外の肉が腐り落ち骨だけになっており、片目から眼球を垂れ流した姿をした犬もどき。
大きさは大型犬より一回り大きい上に、素早さも犬を凌ぐ。
奴はグルグルと威嚇するように吠え、じりじりとこちらへ警戒しつつにじり寄ってくる。
「ステータスオープン」
能力値調査を複合させようかと思ったが、対峙している今時間が惜しい。
かといって、この地の魔物は日ノ本とは違う。敵のステータスを確認しておくことは肝要だ。
『名称:スケルタル・ハウンド
種族:アンデッド(不死者)
レベル:十八
HP:百十
MP:―
スキル:遠吠え』
問題ない。
食事を邪魔した恨み、存分に晴らさせてもらうぞ!
睨みつけたところで、奴と目が合う。
本能のままに動く朧犬ことスケルタル・ハウンドは、私が目を逸らした瞬間に飛び掛かってくる。
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