第23話 製紙
陰陽術で鹿を狩り、リリアナと共に山菜になる野草と木苺を採取する。
少し遅くなってしまったが、自宅に戻り昼食にすることにした。
一口食べてから重大な事実に気が付いたのだ。
それは……調味料を一つたりとも使っていなかったということ。
……塩ならすぐにでも準備できたのに。せめて、肉を海水で浸せばまだよかったのかもしれない。
素っ気なさ過ぎる鹿肉を頬張り、「おお、リュートよ」と心の中で呟いてしまった私であった。
リュートのことを思い出したところで、彼の家に和紙の原料となる
すぐに彼の家に行き、葉っぱを回収してきた。
丁度いいので、一度製紙をやってみるとするか。
葉を桶に投入してから、陰陽術で水を張る。
リリアナはというと、興味深そうに後ろから私の様子を伺っていた。
「これで準備は完了だ」
「ほう。これで何を作るのじゃ?」
「これだよ。リリアナ」
袖を振り、札を指で挟みリリアナへ見せる。
「ほう。紙を作るのかの」
「そうだ。和紙という紙を作る」
「ふうむ……まあよい。見ておる」
腕を組んだリリアナは、何か含むところがあるのか口をキュッとすぼめた。
まあ、見ているといい。
目を閉じ、集中……目を開く。
「繊維分解」
桶に向けて霊力を放つと、葉っぱがバラバラに分解され……水の底へと沈んでいく。
この後、繊維質が浮き上がってくるのだが。
「む。これだけの葉があるというのに、僅かしか繊維が浮いてこない」
「それはそうじゃよ。その葉にはほとんど繊維質が含まれていない。見た所、お主の……和紙じゃったかの」
「見ただけで本質が分かるのか?」
「うむ。和紙は植物の繊維質を固めたものじゃろう。なら、葉ではなく木の皮を使う方がよい」
「なるほど……楮やミツマタの葉を使うものだとばかり思っていた……」
「その術があれば、葉からでも容易に和紙を作れるじゃろうが、量を集めるのが大変じゃろうて」
有含する繊維質の量は盲点だった。製紙に関する陰陽術はあるが、まともに作ったのは唯の一度きり。しかも、緊急時で札が尽きてしまった最中だった。
「急げ」と十郎に急かされながら、彼が楮の枝ごと大鍋に突っ込んで私が陰陽術を唱えたのだ。
とにかく目の前に妖魔はいるし、十郎も妖魔を相手取りながらのことだったから……。
あの時は彼に迷惑をかけた。
「リリアナ、表皮を捲るのは手間がかかる。枝や幹ごと突っ込もうか」
「ふむ。葉を使うよりは余程いいじゃろ」
すぐに材料を集めて、分解術を試したところ……今度は思ったくらいの繊維質が取得できた。
桶から浮いてきた繊維質を掬って、木枠を取り付けた板の上に乗せる。
次は紙をすく作業になるが、ここも陰陽術で省略可能なのだ。
適量の繊維質をつまみ上げ、別の板に移す。
「整形・乾燥の術」
術の名前に物申したいところだが、効果は抜群だから良しとしよう。
板に置いた繊維質が薄く伸びて行き板と同じ長方形に変化する。術の効果はこれだけではない。
次に上から重たい物で圧縮されたかのように繊維質がペタンと変形したかと思ったら、すぐに乾燥し和紙が完成する。
「ほう。便利な術じゃな」
「陰陽師にとって札は命だからな……術を開発してくれた先達に感謝を禁じ得ない」
「残りも全てやってしまうのかの? MPは……大丈夫そうじゃの。ほとんど減っとらん」
「それほどの量ではないし、夕方までに全部できるだろう」
「うむ」
「リリアナは好きにしておいてくれて大丈夫だ」
「ふむ。なら、ゲートの構築をしてくるかの。もう少しで完成する」
「分かった」
さて、一気にやってしまうとするか。
完成した和紙を板から移動させ、次の繊維質の塊を乗せる。
乗せたら、「整形・乾燥の術」を唱え、和紙が完成したらまた繊維質の塊を置いて……と繰り返す。
◇◇◇
日が暮れるまでにまだまだ時間があるが、繊維質の塊を全て使いきった。
ちょうど三十枚目が完成したところだったので、初日の成果としてはまずまずといったところか。
和紙の大きさは横一メートル、縦五十センチほどなので、売るとすればこのままでも大丈夫だ。
しかし、まずは札の補給をしておこうと思い、和紙を裁断しようとした。
が、道具が無い。ハサミや……できればノコギリなども少しの間借り受けたいところだ……。
頼りきりで申し訳ないところだが、リュートの一家に借り受けられないか聞きに行ってみるか。
と、その前に。
私はリュートの家を素通りし、浜辺へと向かう。
リリアナに作ってもらった手桶とタライを持って。
波打ち際で海水を掬い、陰陽術で蒸発させ塩を作成していく。手桶一杯に溜まったところで、次は魚だ。
これまた陰陽術で魚を獲ると、今度は桶に入れていく。都合五匹がタライに入ったところで作業は完了。
さあ、リュートの家に行こう。
◇◇◇
「すいません。釘まで頂いてしまいまして」
「いえいえ! 魚と塩をこんなにありがとうございます!」
リュートの母親は恐縮したように何度も頭を下げてくる。
これまで泊めてもらっていたし、あれだけ美味な食事を何度もご相伴になったのだから、私の方こそお礼を言いたいくらいだ。
「ハルト兄ちゃん、後で夕飯とサンドイッチを届けるよ!」
「食事まで……母上殿、リュート、感謝します」
魚と塩を持ってきたことで、逆に気を使わせてしまったらしい。
しかし、リュートの食事となると……私に断れるわけがないだろう。
上機嫌になって、自宅に戻るとちょうどリリアナが階段を降りて来るところだった。
「お、戻ったのか」
「リュートが後程、夕飯を届けに来てくれる」
「お、おおおおお! でかした。ハルト」
昼食を思い出したのだろう。リリアナは苦い顔をした後、華が咲くような笑顔を見せ飛び上がらんばかりだ。
私も同じ思いだよ。
「そんなわけで、リリアナ。夕食を作る必要が無くなった」
「いいことじゃの。うむうむ」
「そこで、もう一仕事頼みたい」
「何かの?」
「大きな酒樽のような物を作ってもらいたいのだ。今から説明する」
「うむ」
自宅の裏手に出て、リリアナへ作ってもらうものを説明する。
裏手は別のことをするつもりで屋根まで作っており、余った枯れ木も全部ここに置いているから丁度いいのだ。
私の説明を聞いたリリアナは、「ふむ」と頷きすぐに希望の物を作ってくれた。
「ありがとう。リリアナ」
「これで何をするのじゃ?」
「五右衛門風呂を作ろうと思ってな。体や服は陰陽術で清潔にできるのだが、久しぶりに風呂へつかりたい」
「風呂……とは行水のことかの?」
「似たようなものだ。すまんが、しばらく家に入っててもらえないか?」
「男のくせに裸体を見られたくないのかの?」
からかうようににやにやとするリリアナへ、私は正直に自分の思いを告げる。
「そうだな……貴君の言うところの『刻印』は余り人に見せたくはないのだ」
するとリリアナのにやついた顔がなりを潜め、真顔で頷くと踵を返し家の中へと戻って行った。
私はといえば、すぐに五右衛門風呂の準備を済ませ陰陽術で身体と服を綺麗にした後、手桶で湯を掬い体にかける。
「いい湯加減だ」
ひょいっと五右衛門風呂へ入って、肩までつかった。
「極楽、極楽……」
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