第6話 デュラハン

 月明かりが海を照らし、薄ぼんやりとではあるが視界は問題ない。

 リュートが手に持つランタンの明かりは必要なかったな。もっとも……陰陽術を使えば暗闇でも平気なのだが。

 何が起こるか分からぬ現状、霊力の無駄使いは避けたかった。そういう意味では、月明かりは幸いだったと言えよう。

 

「ハルト兄ちゃん、本当にいいのか……」


 ここに来て尚、私を案じるリュートの健気さには頭が下がる。

 いざ敵を目前にして大したものだ。

 私は彼を横目でチラリと見やり、彼を安心させるように呟く。

 

「大丈夫だ。任せて……む」

 

――ゾワリ。

 その時だ。

 直感が私の肌を刺激する。

 来たな。この感覚は間違いなく「妖魔」だ。

 

「リュート、私の後ろへ下がっていろ」


 昼間ならば、迫る敵の姿が見えたかもしれない。

 しかし、見えていようがいまいが私にとっては些細なことだ。

 

 妖魔がそこにいる。

 それだけのことなのだから。

 

「ステータスオープン、そして……能力値調査」


 魔術と陰陽術を組み合わせ、デュラハンのいるだろう暗がりへ目を向ける。

 

『名称:デュラハン

 種族:アンデッド(不死者)

(階位:妖魔)

 レベル:七十四

 HP:四百八十

 MP:―

 スキル:槍 七

     剣 八

     鋼鉄

    (物理障壁 五)』

    

 ほう……。複合した場合、ステータスオープンが優先されるのか。

 能力値調査のみで閲覧できる値については()で目に映ると分かる。

 これなら首無し武者とそう変わらない。あえて言えば……物理障壁が首無し武者との大きな違いだな。

 首無し武者は物理障壁を所持していないのだから。

 しかし……この程度の障壁などあろうがなかろうが私にはまるで影響はない。

    

「見ていろ、リュート。陰陽術の真髄を見せてやろう」

「うん!」


 昨日、リュートに「属性を重ねる」ことを見せた。

 今日はその実践だ。

 袖を振り、札を指先に挟む。

 目を閉じ、即座に深い集中に入り……札術の模式を脳内に構築……。

 

「札術 式神・烏<炎>」


 手首の力だけで指を軽く振るい、札を投げる。

 すると、札から炎が舞い上がり烏ほどの大きさの炎でできた鳥へと変化した。

 

「お、おお。すげえや!」

 

 リュートの感嘆の声が響いた時、奴の姿が見えた。

 なるほど。あれがデュラハンか。

 首の無い栗色の鎧をまとった馬へ乗る、甲冑の騎士。

 武者の鎧と違い、全身を鉄で覆っている鎧。これが甲冑というものなのだな。

 手には血に濡れ固まったのだろう赤黒い色を放つ長槍。

 

 奴は私と目があうと、槍をすっとこちらに向けた。

 リュートを出せとでも言っているのだろうか。

 だが、断る。

 

「き、来た……で、でもハルト兄ちゃん、そんな小さな炎の鳥で大丈夫なのか?」


 リュートの言葉には応えず、懐から更に一枚の札を出し指先で挟む。

 ここからが陰陽術。いや、最強の陰陽師と言われた榊晴斗の神髄だ。

 

 私は陰陽師の華である札術が得意ではない。私以上の札術の使い手はいくらでもいるだろう。

 しかし、こと術式においては私の右に出る者などいないのだ。

 今回、本来なら札術を使う必要もなかった。しかし、リュートに「重ねる」ことを見せるため札術を使ったに過ぎない。

 

 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没する。

 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……カッと目を見開いた。

 

「七十六式霊装 炎舞!」


 とくと見よ!

 札から青い炎が舞い上がり、炎の烏へ吸い込まれて行く。

 炎の烏は大きさを増し、形も鷹のように猛々しいものへと変化していった。

 炎の色が赤から青へと転移し、ついには人より大きな巨体へと変貌する。

 これぞ、札術最高峰の炎系式神「朱雀」。

 

「ハルト兄ちゃん! すげえ、すげえやこれ!」

「これは式神『朱雀』。朱雀を札術だけで降臨させるとすれば、膨大な霊力が必要だ。しかし術式を合わせることで容易に実現可能になる」

「う、うん。で、でもデュラハンが!」

「焦るな、リュート。貴君がしかと狙え……そして、朱雀に命じろ!」


 リュートの後ろへ回り込み、彼の肩を両手で掴む。


「命じるって……」

「デュラハンの胸へ視線を合わせ、朱雀に願え。それだけだ」

「うん!」


 リュートが前に出たことで、デュラハンは右手に持った槍をぐいっと引き絞り始めた。

 しかし――。

 もう遅い。

 

「朱雀! 頼む!」


 リュートの声に反応した朱雀が一直線にデュラハンの元へ駆け、勢いそのままにデュラハンの胸へ衝突する。

 その瞬間、朱雀が爆発し辺りは青い閃光に包まれ爆音が響ると共に砂が舞い上がった。

 余りの音に耳を塞ぎしゃがみ込むリュート。

 

 砂ぼこりが晴れると、残ったのは馬より大きな円形の深い穴のみ。

 

「ハルト兄ちゃん、デュラハンは?」

「見ての通り、跡形もなく消滅したさ」

「ほ、本当なのか!?」

「なら、その穴を納得するまで探すといい」


 リュートがランタンを掲げて穴を照らし始めた。

 さすがに……盛り過ぎたか……ここまで大きな穴を開けてしまうと漁に支障がでないか心配だ。

 

 穴の中から見える光が左右に動き、ようやくデュラハンを倒したのだと実感した彼は穴の外へ出てきた。

 続いて彼はふうと大きく息を吐き、その場にペタンと腰を降ろす。

 

「完全に消滅してるよ!ハルト兄ちゃん!」

「納得したか?」

「うん!そ、それと、ハルト兄ちゃん……」

「ん?」 


 リュートは照れ臭そうに顔をそむけ、口先を尖らせてぼそりと呟く。


「あ、ありがとうな。わざわざ俺にデュラハンを倒させてくれたんだろう?」


 リュートは顔を背けたまま手をついてゆっくりと立ち上がると、そのままペコリと頭を下げた。


「礼には及ばない。リュート。貴君にカルマの導きがあらんことを」

「カルマ?」

「そ、そうか。信じる神々や目指すべき道も違うのだな」


 どう説明したものか。そうだな。

 不思議そうに首を傾けるリュートへ向け、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「リュート。人は望む望まないに関わらず、必ず困難に行き当たる。これを私の国では、個々人が抱えたカルマと捉えるんだ。カルマとは避けられない命題ではあるが……」

「ハルト兄ちゃん、ストップ! まるで分からないよ。一言で言うとどういう意味なの?」

「……貴君に幸あれってことだ」

「分かった! 最初からそう言ってくれればいいのにー」


 全く……。しかし、異国の地でカルマについて熱く語ったところで無益ではあるな。

 郷に入っては郷に従えと言うことだし、私の方こそこの地の神や習慣について学ばねばならぬ。

 まだ私はここがティコの村ということしか聞けていないのだから……。

 っと呆けてばかりしてはいられない。

 討伐したら討伐したらでやることが残っている。

 

「リュート。村長殿のところへの報告は軽くで済まし、明日改めて伺うということでどうだ?」

「うん! もう夜も遅いし!」

「その通りだ。もはや宵の口と言える時間ではない」

「じゃあ、ハルト兄ちゃん、行こうぜ!」


 討伐したはいいが、一点だけ懸念することがある。

 それは、朱雀の爆発によって開けた大穴だ。漁の妨げにはならないだろうかと……何か言われれば埋めればよいだろう。ただ、今日はもうこのままにしておく。

 暗いし、即座にやらねばならぬことでもあるまい。

 そんなことを考えつつ、私と彼は村長宅に向かう。

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