第34話 聖剣と聖女

 ジークフリードが前に。二十メートルほど後ろに私とリリアナ。その間にシャルロットという隊列に移動する。

 シャルロットの位置が前過ぎると思い、彼女へ下がるように言ったのだが、術の射程距離のため彼女は移動せず前寄りの位置で祈りを捧げることになった。


「数にはかズだよネえええ!」


 真祖は相手が二人増えたことへ嫌がるどころかむしろ歓喜の声をあげ、血の涙を流しながらジークフリードへ向け飛び上がりかぎ爪を振り下ろす。

 対するジークフリードは動じず大剣を上段に構えて真祖を待ち構えた。


 ――ガッ。

 鈍い音が響き、真祖の両手のかぎ爪と聖剣がギリギリと押し合う。

 真祖はかぎ爪を支点として聖剣を壁に見立て倒立するような姿勢で体を固定。

 奴は枯れ木のような細い体に反して信じられないほどの筋力がある。その証拠に丸太のような腕をしたジークフリードは、大剣で凌いだまま足がズリズリと後方へ押しやられていた。


「アイス・クラッカー」


 そこへリリアナの魔術が飛ぶ。

 水晶のように煌めく人の頭ほどの大きさをした氷の塊が、真祖の頭上へ襲いかかった。

 真祖はこれを防ぐため、右手を振るう。

 すると、彼の手のひらから赤紫の煙があがり氷の塊を受け止めた。

 あの煙がバンパイアを産む!

 これまで何度も見たように煙がパンパイアの形へ収縮していく。しかし、煙の内部から先ほど受け止めた氷が爆発的に弾け飛び、煙もまた同じように消え去った。


「好機!」


 片手が離れたことで真祖の圧力が弱まったジークフリードはこの好機を生かすべく大剣を振り上げる。

 しかし、真祖は軽業師のごとく両足で大剣を蹴り、高く跳躍した。

 こうなると降下してくるまで大剣は届かない。

 対するジークフリードは動じる様子も無く、腰を捻り大剣を切り上げる構えを取る。

 

「戦いはカずなんだロおおおお。あにいいきいイぃぃぃ」


 奇声を発した真祖の背中から蝙蝠の翼が生え、宙に浮かんだままその場で停止した。

 続いて真祖は両手を関節が外れるかのように伸ばし、顔を天に向け恍惚とした表情となる。

 

「ブラッド・レイン」


 彼の力ある言葉と共に、空が赤紫に染まり……赤い血のような豪雨が降り注ぎ始めた。


「シャルロット。ここは妾が防ぐ」

「はい!」


 リリアナは術を唱えようとしていたシャルロットを制し、杖を胸の前に構える。

 

「アーク・リフレクション!」


 私たち四人の体が緑の光に包まれ、光はすぐに消失した。

 直後、赤い雨が私たちを襲う。

 しかし、体が再び緑に輝き、赤い雨は私たちの体を濡らすことなく反射された。

 

「ヤるじゃナいかあああああ。オれの魔術を跳ね返スなんテなあああ」


 悔しそうに叫び頭をかきむしる真祖はジークフリードの前に降り立つ。

 かきむしった手を離すと、彼の額から血がつつつっと垂れ落ちて来る。

 

 その隙を見逃すジークフリードではない。彼の大剣が真祖を切り裂こうと唸りをあげる。


「くやっシいいィ。なああんってえエなアア!」


 流れ落ちた血がジークフリードの手の甲を打ち付ける。彼にダメージは無かったが、反射的に腕を引いてしまい大剣が真祖からそれていく。


「まああダだよオおおォ。もううういいいかあああイいぃいい。ってなあアああ」


 耳穴へ自らの人差し指を突き刺しながら、目から血を流しながら真祖は嗤う。その姿はまさに狂気を具現化したかのようだった。

 耳からも血が流れ落ち、真祖の赤い目が一際強く輝く。

 

「な、何……真祖はこのような術を使うのか……」


 私は驚きの余り思わず声を出す。

 赤い雨は地面に水たまりをつくり、ジュウジュウと土を溶かしている。

 あの雨は腐食性の高い強酸だった。当たるともちろんただでは済まない。

 しかし、それだけではなかったのだ。

 

 水たまりから何かがザバアと浮き上がってくる。

 赤い糸を編み合わせた犬……とでも言えばいいのか。非常に醜悪で奇怪な見た目をしている。

 犬は足が非常に歪で細く、胴体は長すぎ、口から長い管のような舌が生えていた。

 

 同じように他の水たまりからも犬が現れる。


「全部で四体かの」


 リリアナの言葉通り、四体の犬が舌なめずりして私たちを取り囲もうとしていた。


「リリアナ。私と貴君で仕留める」

「分かっておる。ジークフリード、シャルロット。しばらく真祖の相手を頼むぞ」


 白虎を控えさせておいてよかった。今一度霊力を込めれば、まだ白虎を動かすことができる。


「白虎!」


 呼びかけると白虎は私を守るように犬どもの間へ立ちふさがる。

 リリアナへこれで敵の攻撃を気にせず行けるぞと目配せをしたが、既に彼女は集中状態に入っていた。

 一応確認してから集中に入った方がいいと思うのだが……それだけ私を信頼してくれているということか。自分が無防備になっても私がいるから大丈夫だと。

 

「アーク・アースバインド」


 土が形をかえ蔦のようになり、犬どもを地面に縫い付ける。奴らは恨めしそうに口を開き体に力を込めるがゴムのように柔軟な蔦の拘束をなかなか振りほどくことができないでいる。

 私の予想したものに近い術が来て幸いだ。

 既に術は構築してある。

 指先に挟んだ札へ力を込め、唱えた。

 

「七十六式 激装 炎舞」


 青い炎が札から迸り、犬どもを包み込む。

 ほどなくして犬どもは灰燼に帰した。

 

 一方、ジークフリードと真祖は一進一退の攻防を繰り広げているようだ。

 しかし、表情から察するにジークフリードの方が不利な状況にある様子。真祖は全力を出していないのか、気持ち悪い笑い声をあげながらかぎ爪を振るっている。

 

「そろソろおお。ぺえええっすうううをあゲるよオおォ」


 真祖の背中からドバっと血の華が咲いたかと思うと、それぞれが鞭に変わりジークフリードへ一斉に襲い掛かった。

 対するジークフリードは不動。腰だめに大剣を構え目を閉じる。

 

Mon dieuおお、神よ! 穢れ亡き絶対領域サンクチュアリ!」


 鞭がジークフリードへ届く前にシャルロットの聖なる術が発動し、黄金色の壁がジークフリードを覆う。

 壁に触れた赤い鞭は、ジュウと沸騰するような音を立てて蒸発する。

 

「聖女様。感謝いたす」


 一言礼を述べたジークフリードは、目を開き聖剣の力を開放すべく叫ぶ!

 

「奔れ! エクスカリバー!」 


 大剣から極光が伸び、一直線に真祖へ突き刺さる。


「リリアナ」

 

 隣にいるリリアナへ顔を向けると、彼女は静かに頷きを返した。


「次の手を準備しておるぞ。ハルト。支援を頼む」


 リリアナは杖を床に放り投げ、胸の前で握りしめた拳を打ち付けるように構え目を閉じる。

 

 ――聖剣放った光が晴れ……。

 真祖は未だその場に立ったままだった。

 しかし、彼の右腕は綺麗に吹き飛んでいる。

 

「外したか……」

「外しテないよおオ。こノ腕で、受け止めタのサあああ」


 やはり聖剣の一撃でも倒し切れないか。

 真祖へは何度も白虎が切り付けたし、リリアナの魔術も当てたがまるで傷が付かなかったのだ。

 

 リリアナもそれが分かっているから、極大魔術を準備している。

 しかし、またバンパイアを大量に出されると厄介極まりない。

 

「ジークフリード殿、シャルロット! 何とか真祖の動きを止めてください!」


 他力本願で申し訳ないが、ここは二人を頼るしかない。

 二人を信じ私も陰陽術を使うべく集中に入る。

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