第53話 ターン・アンデッド

 自宅に戻ると、庭に騎士が十名ほど詰めているではないか。

 何事だ? 騎士たちの中に一歩離れたところで指示を出すジークフリードの姿も見えた。

 

 煙々羅えんえんらに気が付いた彼は号令を発する。

 彼の声に応じ、騎士たちが一列に並び上に向けて敬礼をした。

 やり辛い……。この場に降下しろっていうのか。

 

 苦笑しながら庭に降り立つと、再度敬礼したジークフリードが彼の腰ほどまでの背しかない女騎士を伴い前に出た。


「聖女様。不躾な願いを聞いてくださりありがとうございます」

「いえ。その方が付いてくださるのですね」


 シャルロットは女騎士へ顔を向けると、女騎士は恐縮したようにその小さな体躯で手を上にやる敬礼を行う。

 しかし、ガッチガチに緊張しているようで、体の動きがぎこちない。表情も口が半開きで固まっているし。

 

「彼女はドワーフ族のメローナです。体は小さいですが、並みの男以上に力を持っていますのでご安心を」

「はい。よろしくお願いしますね。メローナさん」

「は、はいい」


 声が上ずるドワーフ族のメローナ。

 私にもようやくこの大陸でのシャルロットの尊敬ってのが分かって来た。彼女は日ノ本でいうところの皇族みたいなものだ。

 高貴で気品あふれ、そして慈愛に満ちている。誰からも敬意を払われ、そうされてもおかしくない、いやそれ以上の人格や徳を持つ。

 騎士とは国に仕える戦士だと聞いている。

 一般の臣民よりは身分が高いのだろうが、一介の騎士が最上位に位置づけられる高貴なシャルロットの前に出たものだからあの緊張も不思議ではない。

 

 メローナがシャルロットの後ろに控える。しかし、未だ緊張が解けないのか、手と足の動きが同じになって歩いていたぞ。

 

「お待たせして申し訳ない。大魔術師ハルト殿」


 メローナの引き渡しが終わったとみたジークフリードが私へ軽く会釈をする。

 

「いえ、さほど待っておりませんし、この状況をご説明していただければ」


 ジークフリードの立場も分かる。まずはシャルロットの件からやるのが筋だ。私はただの一般人なのだから。

 しかし、大魔術師って呼び名が流行っているのか……その呼び名はむずがゆい。

 

「ハルト殿の屋敷の近くに空き家があるのを存じていますか?」

「はい」

「そこを改装し、騎士の駐屯所兼スレイヤーの宿にすべく騎士を連れて来たのです。ハルト殿の認可を頂きたく」

「それは構いませんが……」


 ティコの村に妖魔はそれほど出ないのでは?

 

「ティコの村長殿、辺境伯様双方に許可は得ております。ここに駐屯所を建築する理由は三点あります」

「教えていただけますか?」

「はい。一つ目は――」


 一つ目はラーセンの村が壊滅し、スレイヤーに人気のある大森林付近の拠点が消失してしまったこと。

 ラーセンの村に再度スレイヤー用の宿を建築してもよいが、何しろ村人が全滅しており復旧の目途が立っていない。移住してくる者を待つにしろ、当分の間、村は拠点としては機能しない。

 二つ目はここへスレイヤー、騎士双方の拠点を作ることで私へ妖魔の情報が入るばかりでなく万が一の時は協力を仰ぐことができる。(この件を話す時のジークフリードは厚かましい願いと言いつつ歯切れが悪かった)

 三つ目はシャルロット経由でミツヒデのことを聞き、彼に対処するためにも常に戦える者がいた方がいいだろうとのこと。拠点があることで自分ともすぐに連絡がつくように手配をするつもりだと彼は言う。

 

 私としては、願ったり叶ったりだな。騎士たちとスレイヤーの目はミツヒデ達の足跡の情報を持って帰って来てくれるかもしれないし、彼らに対処できぬ妖魔がいるというのなら私が倒そう。

 此度の死都騒ぎで、私は妖魔討伐の思いを強くした。ここで暮らしているのだから、元陰陽師とはいえ協力できることは協力したい。

 といっても、スレイヤーの仕事を奪う気はないので、自ら率先して討伐に出かけるつもりはないのだ。あくまで彼らで対処しきれない時にリリアナ、ジークフリード、シャルロットと連携して対応する。

 四人揃えば、少なくとも魔将・真祖が一体ならばまず遅れは取らない。

 二体以上となると……死闘になるやもしれんが。

 

「了解しました。私の方としても願ったり叶ったりです」

「ご助力感謝したします。我々にできることがあれば、お申し出ください」

「それでしたら、ミツヒデ及び妖魔の情報が入れば私へ連絡をいただけますか?」

「もちろんです。元よりそのつもりでしたので」


 ガッチリとジークフリードと握手を交わす。

 

 ◇◇◇

 

 ――翌日。

 大森林に来ている。シャルロットとリリアナと共に。

 ジークフリードもついて行きたかったようだったが、仕事があるため行くことができないと残念がっていた。

 昨夜、リリアナらと食事を取っている時に大森林には真祖の影響による魔の者がまだ残っているらしく、彼女はちょこちょこそれらを討伐しに大森林へ戻っていたらしい。

 いつ戻っているんだと一瞬考えたが……そういえば、時折彼女が大森林へ行くと言っていたことを思い出す。

 

 どうせ検証、練習のために霊力を使うのだったら、魔の者討伐に役立てた方がいいだろうと大森林へ行くこととなったのだ。

 この提案をしたのはリリアナではなく、私である。彼女は大森林のことだから自分の責務だと一旦は遠慮していた。彼女は普段、駄目な雰囲気のするエロフなのだけど、大賢者の顔もちゃんと持っている。

 この辺りは尊敬できるところだ。

 

「ん? どうしたのじゃ? ハルト。妾のことでも考えておったのか?」

「そうだな」


 リリアナがふざけたように聞いてきたところ、素直に応じる。

 すると、彼女は口を開いたまま固まり、頬を朱に染めた。


「なんだか素敵ですね。お二人の愛し方って」


 シャルロットもつられるように頬に両手を当てて悶える仕草をする。

 勘違い甚だしいが、訂正するのも面倒だしこのまま放置することにするか。

 

「リリアナ。次の魔の者の元へ転移してくれ」

「情緒が無い奴じゃのお。まあよい。行くかの」


 リリアナが手を振ると、視界が一瞬で切り替わる。

 彼女は大森林の中であれば、霊力を無尽蔵につかえる上、大森林の中をどこであろうとも覗くことができ、仲間を連れて転移することだってできる。

 彼女はまさに大森林の守護者にふさわしい能力を持っていた。ここでなら、もし魔将と戦うことになったとしてもリリアナならば討伐することができないにしても、負けることはないだろうな。

 

 転移した先は大木が並ぶ同じような風景ではあったが、熊のアンデッドが涎を垂らし唸り声をあげていた。

 

「では、ターン・アンデッドを行使します」


 シャルロットは祈りの体勢になり、目をつぶる。

 

「シャルロット、今回は重ねるのをやめる。その代わり真眼の術で霊力の流れを見てもいいか?」

「はい。もちろんですわ」


 シャルロットはすぐに集中状態に入り、手を胸の前で組む。

 

「ターン・アンデッド」


 彼女の詠唱が終わると同時に熊のアンデッドの身体が暖かなオレンジの光に包まれ光の粒子に変わっていく。

 

 な、何だと!

 これまで何となくもしかしたらと思っていたが……本当に……まさか……。

 

 驚愕で目を見開きつつも、私の頭は高速で回転し始めた。

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