第41話 べっ甲
さっそくヨハンネスの知古であるノーム族の店に行ってみると、彼の店と雰囲気が違い過ぎて別の意味で驚いた。
店は大通りに面した一等地にあり、店も外から中の様子が伺えるよう広い窓が並んでいて目を引く小物類が陳列されている。
表通りにあるにも関わらず、店は広くヨハンネスの店舗に比べると倍以上の床面積はあると思う。
店の扉は開かれていて、「サガラーン雑貨店」としゃれた金縁の看板がかかっていた。
「いらっしゃいませ」
入店すると柔和な顔をした初老の枯れ木のような男が、丁寧にお辞儀をして笑顔を向けてくる。
頭を下げたことで位置がズレてしまったのか、彼は指先で
「はじめまして。ヨハンネス殿の紹介を受けこちらに参りました榊晴斗と申します」
「そうでしたか。ご丁寧にありがとうございます。私はノーム族のサガラーンです。以後お見知りおきを」
再度頭を下げるサガラーンへ私も同じように彼へ頭を下げ、膝を屈めて握手を交わす。
彼の身長はヨハンネスより更に低い。私の腰ほどくらいまでしかなく、体つきはリリアナより華奢だ。
立ち振る舞いは上品で丁寧さがあるが、頼りなくこれでは荒事は難しいのではと思わせる。私が心配することではないが、店舗というのは時に荒くれが入店することもあるのだ。
彼が対応できるのか他人事とはいえ、少し心配になってくる。
「ハルト、お主の顔……何か失礼なことを考えておらぬか?」
リリアナが目ざとく私の服の袖を引っ張り、ドキリとしてしまった。
「あ、いや……」
「ノーム族は魔術の扱いに長ける。お主のことじゃから、悪漢が来たらとか変なことを懸念しておったのじゃろう?」
これには何も言い返せず、私は素直にサガラーンへ謝罪を述べる。
「いえいえ、この街はティリング伯爵のおひざ元。騎士団の皆さまが治安維持に努めておりますし、滅多なことでは強盗など来ませんよ」
朗らかに笑い、サガラーンは軽く首を振った。
「すいません。まずはこちらをご確認ください」
他の事に気を取られてしまったが、ようやくここで私はサガラーンへヨハンネスから預かった書状を渡す。
書状を受け取ったサガラーンは「失礼……」と私へ目を向けた後、奥の作業台に備え付けられた椅子へ腰かけた。
続いて彼は、虫メガネを手に持ち書状をまじまじと見つめ始める。
「ハルトさん、この書状……よい紙を使っておられますね」
「それは和紙という紙になります。和紙を買い取ってくださる店はないかと、ドレークまで来たのです」
「ふむ……。少し……お待ちください」
「もちろんです」
サガラーンは店舗の左手にある椅子へ座って少し待っていて欲しいと告げ、再び書状へと目を向ける。
「マテリアル・アナリシス」
サガラーンは
彼は「なるほど」と呟いた後、立ち上がった。
「ハルトさん、この発想は見たことがありません。素晴らしいですね。安価な木の繊維からこれを作られたのですね」
「はい、そうです」
「製法はあなたが開発したのですか?」
「いえ、私の国に伝わる製法です」
「そうでしたか。いや、そうであっても、和紙の品質はパピルス以上、かつ羊皮紙より破れやすいですが遥かに書きやすく保管しやすい」
サガラーンは興奮したように両手を広げ、和紙を褒めたたえる。
彼の口上が続くが、細かい
「……というわけで、パピルスの倍額……羊皮紙に比べると二割引きとなりますが、その価格でよろしければ買い取らせていただきます」
「え、は、はい。是非、お願いします」
い、いつの間にか話が買取に至っていた。
値段は特に拘りがないし、パピルスという簡易的な紙の倍額なら悪くないだろう。
サガラーンへ持参した和紙全てを引きとってもらうと、百ゴルダになった。
通貨の価値はよくわからなかったが、ここに来るまでに見たレストランという食事を出す店の一食の価格から、だいたいの相場が把握できる。
百セリングで一ゴルダとなり、レストランで出す昼食は六十セリング程度。
となると、だいたい一日一ゴルダと少しあれば生活はできる。百ゴルダはなかなかの金額ではないだろうか。
「ハルトさん、私のお店は様々な道具を取り扱っています。他にも何かありましたら、お持ちください」
「ありがとうございます」
「もちろん和紙の買取は引き続き行わせていただきますので」
「和紙の在庫ができましたら、また持参します」
しかし、改めてヨハンネスとサガラーンが親しい仲ということに驚かされる。
二人は水と油のように何もかも違うのだが、かえって真逆の方が親しみがもてるのだろうか。
「お店を見ていってもいいですか?」
「是非是非。最近は変わった商品が入るようになりましてね。お気に召す物があれば幸いです」
広い店内にはいくつもの棚があり、整然と道具が並べられている。
装飾品が多いな。
「ハルト、この髪飾りは綺麗じゃの。見たことのない素材じゃ。琥珀のように見えるがそうではない」
リリアナが目を輝かせながら指さす物は、かんざしのように見える。
これは……べっ甲じゃないのか?
琥珀色のべっ甲に白で兎の柄が描かれたかんざしは、手が込んでいて職人の技が込められているように思えた。
手に取り、手触りや重さを確かめる。
「ハルトさん、お目が高い。それは最近異国より入ってきた『べっ甲』を使った髪飾りです」
「やはり……べっ甲なのですか。異国とは……一体」
「確か遥か西にある国だとか。名称はミズホという国です」
「瑞穂……まさか私以外にもこちらに来ている者がいるのか」
「またいらっしゃってくださるようでしたので、お会いできるように仲介いたしましょうか?」
「いや……その方たちには、私のことを伏せておいていただけますか?」
「分かりました」
サガラーンは私を慮ってくれたのか、深くは追及せずにこやかにほほ笑んだ。
「ハルト……」
「リリアナ、後で話をする。今は、リュートの修行に必要な道具を揃えよう」
「あい分かった」
この後、三人でリュート用の道具を揃え店を出る。
街を散策してから帰ろうかと思ったが、考えていた以上に荷物の量が多くまた後日改めて観光に来ることにした。
べっ甲はミズホからもたらされたとサガラーンは言っていた。
瑞穂国とは日ノ本の別名で、私の祖国である。しかし、日ノ本では海を東に進んでも何も無いと認識されているのだ。私も世界の果てを見ようと思い、東へ進みこの大陸へと到達した。
べっ甲をサガラーンの元へ持ってきた何者かも、私と同じようにこの大陸漂着してしまったのだろうか?
いや、違う。
その者は、交易の意思を持って海を越え、ドレークまでやって来た。
ならばどうやって、この大陸があることを知ったのだろう?
……分からぬ。どのような手法を取ったのかまるで想像できないが、得も言われぬ不安を感じる。
十郎と言い、べっ甲を運んだ者といい……一体、現在の日ノ本はどうなっているのだ?
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