第69話 いざ日ノ本へ

 シャルロットがお金を握らせ、笑顔で譲り受けた漁船に乗り、海へと繰り出した。

 船は五人が定員だと村長が言っていたそうだが、四人で乗るにしても少し狭い。

 ともあれ、乗り込めさえすれば問題が無いので船としては充分だ。

 

 波止場から船に乗り込む十郎、リリアナ、シャルロットに私の四人。

 さっそく陰陽術で船体強化を施し、皆に注意を促す。

 

「これから突風で船を加速させる。十郎、帆を張るのを手伝ってくれ」

「あいよ」


 この船は四角帆と補助に三角帆が二枚ついた船で、するすると紐を引くことで簡単に帆を張ることができた。

 目を瞑り、深く集中する。

 袖から札を出し、指先で挟む。

 

「では行くぞ。しっかりと掴まっていてくれよ。十八式 激装 暴風」


 背後から物凄い勢いで風が吹き、船が空を飛ぶかのように加速する。

 

「ぬあああ。落ちるうう」


 ちゃんと掴まっておけと言っただろう……加速の勢いに後ろへ飛ばされそうになったリリアナの腕を掴み引っ張り上げた。


「は、離さないでくれえ」

 

 そのままぎゅっと私の体にすがりつくリリアナ。

 煙々羅えんえんらに飛竜と苦手にしていたから、てっきり高いところが怖いだけと思っていたが……どうやら彼女は乗り物全般が苦手なのかもしれない。

 

「馬なら平気じゃ」

 

 何も言っていないのに、私の顔から何を考えているのか察したらしい。

 

「分かったから、そんな恨めしそうな目で見ないでくれ」


 リリアナはこのまま放置しておくとして、新たな陰陽術を使おうと袖を振り札を指先で挟む。

 しかし、それを見た十郎が手で「必要ない」と私へ合図を送る。


「晴斗。魔の気配を感じるだけなら、陰陽術を使うまでもねえ。俺だけじゃなく、リリアナもシャルも探知能力がある」

「そうだったな。なら、私は操船に集中しよう」

「おう。式神が来ても俺の目は人間だった時の数倍の視力があるからな。問題ない」

「妾も視力なら任せよ」


 私の腕から顔を離さないでいるのによく言うよと思ったが、無粋なことは言わぬよう口をつぐむ。


「明後日の朝には日ノ本へ到着するはずだ」


 この大陸へ漂着した時は四日かかった。しかし、あの時は途中暴風を使わずゆっくりと彷徨っていた時間も多かったのだ。


「もっと飛ばしても大丈夫だぜ」

「それなら、明日の夕刻には到着できるだろうな。シャルロット、速度を上げても平気か?」

「はい」

「もしもの時は俺がシャルを支えるからな!」

「そ、それは、いけません……ジュウロウさま……わたくしには教義がありまして……」


 しどろもどろに耳まで真っ赤にするシャルロットへ十郎は面食らっている様子だった。

 そういえば、彼にシャルロットの誓いを教えていなかったな。

 

「シャルロット、この機会にジュウロウへ貴君の教義を教授しておいてもらえるか?」

「は、はい」


 シャルロットが十郎へ恋慕を抱いていることは私にでも分かるが、ノブナガの件が完了するまでは控えてもらいたいところ……。

 彼女の教義を聞けば、十郎とて自重してくれるだろう。


「では、更に速度を上げるぞ」

「ま、待ってくれい。ハルトぉお!」

「どうした?」

「しっかりと妾を抱えておいてくれぬか?」

「分かった……」


 リリアナを小脇に抱え彼女の顔を自分の胸へ押し付ける。続いて、霊力を込め暴風を強化。

 私の霊力に従い、暴風は更に強い風を起こし船が加速して行く。

 

 ◇◇◇


 ――夕焼け空となり、そろそろ夕食にするかと思った頃、十郎の顔が曇る。

 

「……敵だぜ。鷹の妖魔だな。全部で四羽」

「速度を落とすか?」

「いや、問題ねえ」


 相当な速度が出ている暴風吹き荒れる船上で、十郎はゆらりと立ち上がった。

 彼は風の影響など微塵も感じさせぬほど自然体で、小狐丸を抜き放つ。

 

「五を数えたら、伏せてくれ」


 前を向いたまま、十郎はいつもの調子で呟いた。


「五」

「四」

「三」

「二」

「一」


 伏せる。

 その瞬間、キラリと何かが頭上を横切り断末魔の叫び声が響き渡る。

 しかし、高速で動く船上のため、すぐにその声も遠くなって聞こえなくなった。

 

「いいぜ」


 小狐丸の峰をポンポンと肩で揺らしながら、十郎はニヤリと笑みを浮かべる。


「全て斬ったのか?」

「当然! 一羽たりとも逃しちゃいねえ」

「もうしばらく進んだら、一旦止まって食事にしよう」

「あいよ」


 小狐丸を背中に戻した十郎はその場であぐらをかく。

 

 ◇◇◇

 

 夕食を済ませ、船を停止させたまま順番に休息を取っていく。

 体調は常に整えている必要があるから、警戒を怠らぬよう体力の回復に努めねばならないことにやきもきする。

 妖魔や魔の者の襲撃しかないのならば夜通し暴風で進むことも考えたが、いつミツヒデが目の前に現れてもおかしくない状況ではそれも叶わない。


「クリカラに繋がったぞ」


 リリアナが手に持つ小枝がぼんやりと光を放ち、倶利伽羅の声が聞こえてくる。


『お元気でやすか?』

「どこに向かえばいい? 明日の夕刻には日ノ本に到着する」

『さすが榊の旦那! 驚きの速度ですね。一旦『淡路』で落ち合いやしょう』

「分かった。『淡路』のどこだ?」

『南の端に大きな岩が突き出たところがありやす。そこで待ってます』

「了解した。一つ聞きたいことがある」

『なんでやんすか?』

「近衛はどうしている?」

『近衛は帝の命により待機させられているでやんす。しかし、皇太子様が直接近衛に命じれば動く手筈は整っています』

「さすがに直言でないと動かせないか……」


 皇太子と謁見し、彼を連れ出せば近衛が動く。その後、表に関しては彼らに任せられればよいのだが……。

 私たちが為すべきはミツヒデと妖魔の打倒だ。


『その通りです』

「分かった。明日、落ちあおう」

『了解でやす!』


 小枝から光が消え、遠話が終わったことを告げる。


「妖魔が襲ってきたことから、妾たちが既に捕捉されていることは確実じゃの」


 暴風が止まってようやく元気になったリリアナが呟く。

 

「そうだな。ミツヒデなのか左大臣なのか分からぬが、いずれにしろ我々の行動は筒抜けらしい」

「それでも行くしかねえのが辛いところだよな。まずは皇太子様からだ」


 指を鳴らし、軽い調子で十郎が口元に笑みを浮かべる。


「私とリリアナが先に休む。十郎とシャルロットはこの後で」


 ひとしきり会話も終わったところで、休息の順番を告げた。

 霊力を回復させる必要のある私と索敵能力の高いリリアナがまず先に休む。シャルロットでは魔の気配を感じとることはできるが、夜目がきかない。

 リリアナと夜魔に転じた十郎は暗闇でも周囲を見通せるから、彼らは分けた方がよいのだ。

 

 翌日も妖魔が二度も襲撃してきたが、全て十郎の小狐丸に一刀の元斬り伏せられた。

 その日の夕刻、私たちは目的地である淡路の南端へ到着する。

 

「旦那! お待ちしてやんした」


 私たちの姿を発見した倶利伽羅が、烏の翼をはためかせ船の縁に降り立った。

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