第89話 天照
「貴君を封印する」
厳かに告げた。
思うところは多々ある。だが、万感の思いを排し、唯彼を封印することだけに集中しろ。
自分を叱咤し、袖を振り右手の指先に札を挟む。
「期待通りじゃ。それでこそ武と術の極致から認められた選ばれし者達である」
ノブナガはその場でゆっくりと立ち上がり、両手を広げる。
「日ノ本の者だけでは成しえなかっただろう。しかし、ここにいる全員の力が合わされば……」
「やってやろうじゃねえか」
「ハルトよ。我が魔力全て注ぎ込もう」
「祈りはきっと届きます!」
四人で頷き合い、十郎が手を前に突き出した。
それに重なるようにリリアナが、続いてシャルロットが。
そして、最後に私が札を挟んだ手を乗せる。
「何も抵抗しない相手に申し訳ないが、遠慮なく行くぞ!」
「案ずるなかれ。成しえぬ時は……」
ノブナガの目が赤く光を放つ。
たったそれだけで、巨大な魔の奔流に私の足先が宙に浮いたような感覚に襲われる。
「あの時と比べものにならねえくらいノブの力は増してやがるな」
十郎の言う通りだ。
いや、あの時のノブナガはまだ生まれ出でていなかったのだろう。今目の前にいるノブナガこそ、真の姿に違いない。
「行くぞ。十郎は私の左腕に霊力を注いでくれ。リリアナとシャルロットは集中し木と聖属性の加護を準備!」
「おう!」
「分かった」
「わかりました」
力強い三人の声が聞こえてきたところで、左腕を上に掲げる。
「起動せよ。聖剣!」
ミツヒデが魔の宿った左腕を持って行ってくれたからこそ、私は聖剣を絡繰りに仕込むことができたのだ。
魔を宿さない今の体ならば、聖属性を存分に扱える。
左腕の絡繰りがパカリと開き、中からジークフリード、シャルロットを通じて預かった聖剣が姿を現す。
しかし、聖剣の姿は身の丈ほどもあった大剣が、小太刀ほどの大きさになっている。
担い手のいない聖剣は聖女の手に収まるよう手のひらほどの大きさになるのだが、私の霊力を持って強制的に剣の形を取らせたのだ。
とはいえ、聖剣はジークフリードが扱っていた時に比べると見る影もなく弱々しい光しか放っていないが……。
そこで、十郎だ。
「行くぜえ、晴斗! 受け取れ!」
両手の拳を前方に出し、腕に力を込める十郎。
彼の拳から赤色の光が溢れだし、真っ直ぐに聖剣に向かって行く。
赤い光を吸収した聖剣は昔日の輝きを取り戻す!
「おお!」
十郎が感嘆の声をあげた。
彼の霊力は陰陽師や魔法使いと違い、属性がない。よって純粋な霊力が注ぎ込まれることになる。
聖剣に足りなかった担い手の霊力をこれで補うことができた。
――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
まだ術は発動させない、更に深く深く集中していく。
「
「
リリアナとシャルロットの緑と聖の力が聖剣へ注ぎこまれて行く。
ミツヒデより手がかりは得た。彼は私が解析することを期待して、あの術を放ったのだろうか。
今となっては真実は闇の中だが……陰陽術としても私の霊力としてもこれが正真正銘の全力だ!
私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。
「九十九式 封印術 天照」
ぐ、ぐううう。禁術とは異なる故、体に魔が巣くい何かを持っていかれることはないが……全身の霊力という霊力が全て札に注ぎこまれ、それでも足りず全身から激しい痛みが私を襲う。
も、もう少しだ。あと少しで術が発動する。
倒れ込みそうになる私を後ろからリリアナが私を抱きしめるように支えた。
「行け! ハルトよ!」
ありがたい。体の力を抜き、リリアナに身を任せる。これで、今少しの力を術に注ぎ込むことができた。
「ジュウロウさま、わたくしはこの場で伏せます」
「おう。霊力を僅かでも回復させてくれ。終わったらすぐに(晴斗の)治療を頼むぜ」
そんな二人の声が聞こえてくる。
「晴斗。当てることを心配してるんだろう? 任せろ」
十郎が私の右手を掴み、ノブナガの方向を示す。
彼を信じ、限界ギリギリまで力を注ぎこむと目が霞んで視界がおぼつかなくなってきた。
だが、術がようやく発動する。
揺らいだ視界には札から太陽と比しても遜色ないほどの光が溢れ、聖剣へ吸い込まれて行く。
ミツヒデは何ら身体的な欠損を及ぼさず天照を発動させていた。
それだけでなく、彼の術は発動時こそ七属性全てを高次元に組み合わせていたが、術が力の奔流と転じるとき「闇属性」のみに昇華していたのだ。
発動時より威力をより増してだ。
天照を転じれば……全てを光属性に転換することができる!
四人の力が重なり、これまで見たこともない巨大な力へと変わっていく。
心配だったのは聖剣がこの力を全て受け入れることができるのかだったが……。
「さすが聖剣と言われるだけある……」
聖剣は壊れるどころか、輝きを増し更に力を増幅させているように見えた。
絞り出すように声を紡ぎ、聖剣に命じる。
「行け、聖剣エクスカリバー。その力でもって魔王を封じろ!」
十郎の支えもあり、聖剣は輝きを放ちながら待ち構えるノブナガの胸に突き刺さり、そのまま突き抜け地面に突き刺さった。
「ノブナガから魔が溢れ出ておる!」
リリアナの叫ぶ通り、ノブナガの貫かれた胸から闇がぶわっと溢れ出くる。
闇はみるみるうちに聖剣を包み込み、その輝きを全て飲み込んでしまった。
「っつ!」
十郎が私から手を離し、小狐丸の柄に手をかける。
「きっと……大丈夫です。御心のままに」
伏せたままシャルロットが呟いた。
行け! エクスカリバーよ! 幾度となく魔を滅してきたその力、魔王さえも封じて見せよ。
その時――。
闇の中から一条の光が漏れ出す。
それをきっかけに次々の光がポツポツと闇を切り裂き、ついには覆っていた全ての闇を吹き飛ばしたのだった。
「見事!」
ノブナガは苦痛に顔を歪めるでもなく、少年のような屈託ない笑顔を浮かべ私たちへ目を向ける。
「成功したのか……」
「そのようじゃな」
リリアナの声が聞こえる。
まだ安心すべきではないことは分かっているのだが……もはや意識を保っているのも難しくなってきた……。
「ハルト!」
遠くでリリアナの声が聞こえたような気がした。
◇◇◇
騒がしい音……いや、声か? によって意識が覚醒する。
「お、ハルト、目覚めたか」
「リリアナ……」
「妾の膝枕は効果覿面じゃからの!」
「そうだったな。おかげで幾分体が楽になった」
倒れる前に激痛に苛まれていた体だったが、今はほとんど痛みが無い。
シャルロットが治療してくれたのだろうけど、ここはあえてリリアナの言う通りにしておくとしようか。
彼女の太ももから顔をあげると、驚きの光景が目に映る。
なんと、胸に聖剣が突き刺さったままのノブナガが酒の入った大皿を口に運んでいるではないか。
彼の隣で十郎が
シャルロットはシャルロットで二人の様子を慈母のように見つめているし……。
「ど、どうなっているんだ?」
「お、晴斗。起きたか」
「十郎。これは一体?」
「俺も驚いたんだが……」
十郎は手に持つ徳利を床に置き、困ったように髪の毛をボリボリとかきむしる。
「妾が説明しよう」
「説明してくれるのはありがたいが、せっかく起こした頭を何故戻す?」
「その方が聞きやすいじゃろう? 幼子は母の膝枕で話を聞くものじゃ」
「私は幼子ではないのだが……」
「まあ、よいではないか。決して妾が晴斗と接触したいわけではないのじゃ」
「……」
もはや何も言うまい。
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