第43話 座って立って

 二週間が経つ。

 リリアナの修行は実に分かりやすく、効率的に修練を積めるようよく考えられていると感心する。

 魔術は単属性で行使するものの、実に多彩な種類があり全てを覚えきることは不可能に近い。そのくせ、術者独自の魔術まであるのだから……使用者が一人の術まで含めると、武芸の流派みたく言葉通り星の数ほど魔術の種類があると言ってもいい。

 せっかくなので、私もリュートの横について魔術を学んでいる。元々属性の熟練度がある私ならば簡単に覚えることができると思ったが、これがどうしてなかなか難しい。

 とはいえ、慣れてくると初級者用の魔術ならば見様見真似で発動することができるようになった。

 

 肝心の修行の成果であるが、リュートの素質もありなかなか上々といえる。

 リュートの地水火風の階位は全て二になり、あと一か月もしないうちに三まで到達するのではと思う。

 

 本日の修行も終わり、おいしい食事をいただき夜になる。

 

「ハルト、湯あみをしてから、今日も部屋に行くから待っとれ」

「分かった」


 リリアナは上目遣いで人差し指を顎にあて、五右衛門風呂へ向かって行った。

 彼女が湯あみに行っている間に、私も衣服の洗浄を行っておくか。

 自室に入り、立ったまま衣類を洗濯する陰陽術を使う。すぐに術が発動し、衣服が全て綺麗になる。

 「洗浄」系の魔術は無いらしく、リリアナが私の陰陽術を見て「洗濯魔術」を開発すると宣言していたが……どうなることやら。

 

 ――ガチャリ。

 扉をノックもせずリリアナが部屋に入ってくる。

 湯あみの後だからだろうか、ほんのりと首筋から肩口にかけてピンク色に肌が色づいていた。

 上気した頬に潤んだ瞳……いつもながらの薄い衣装に薄い胸。胸は余計だったか……。

 ともあれ、見る者が見れば、欲情を嗅ぎたてるのだろう。

 

「どうした? 妾を襲いたくなったのかの?」

「いや、はやくはじめよう」

「えっちなやつじゃ。そうガッツくでない」

「相変わらずだな……。エロフ脳」

「なんじゃとおお」

「御託はこれくらいにして、そこに座ってくれ」


 ベッドをポンと手で叩き、リリアナを促す。

 一方で彼女は胸を隠す布へ手をあて艶っぽくこちらを見つめながら、ふわりとベッドへ腰かけた。

 彼女の動きに合わせ、長い金髪が揺れいい香りが鼻孔をくすぐる。

 

「……まるで反応が無いのは地味にへこむのお……」

「気にするな。いつものことだろ? 今から、洗浄の陰陽術を使うがよいか?」


 リュートの隣でリリアナに魔術を教えてもらっているお礼に、彼女へ陰陽術を見せているのだ。

 これまでずっと夜な夜なというわけではなく、彼女が部屋に来たのは、昨日と今日でまだ二日目ではあるが……。

 この分だとこれをきっかけに今後も来そうな気がする。


「うむ。バッチリじゃ。とくと見せてくれ」


 リリアナによく見えるよう彼女の前に立ち、ゆっくりと体内の霊力を回していく。

 術が発動し、リリアナの衣服が洗浄された。

 

「どうだ?」

「理屈は分かるんじゃがのお。その術、水と風を同時に使うのじゃろ」

 

 衣服の様子を確かめながら、リリアナが確認するように呟く。


「同時に使う……は間違いではないが、重ねて一つにすると言ったほうがしっくりくるな」

「やり方は昨日と今日でだいたい分かったが、いざ自分でやるとなるとなかなか難しいのお」

「リリアナ、私からも一つお願いがあるのだが」

「むむ。そうかそうか」


 リリアナはその場で寝転がり……。

 

「その体勢じゃあ、ダメだ」

「な、なんじゃと……お主……座ってか、座ってがいいんじゃな」

「そうだな。座ってか立ってがいいだろう」

「立って……じゃと……は、激しそうじゃ」

「簡単な木属性の魔術を見せてくれないか? 未知の属性について研究をしたい」

「……そんなことじゃろうと思った……」


 今の流れで別の意味に捉えるリリアナの妄想力へ空いた口が塞がらない。


「よく見ておれよ」


 リリアナは胸の前で手を組み、目をつぶる。

 

 ◇◇◇

 

 リリアナの木属性の魔術を何度か見せてもらった。結論から言うと、木属性も他の属性と同じように「重ねる」ことは可能だ。

 しかし、私には木属性は使えそうにない。

 木属性が発動する彼女の身体を解析もつかって観察してみたところ、どうも体の中にある因子が鍵となり木属性が反応するようなのだ。

 因子を持たない私には使えない。

 元より彼女は「エルフ」だけの魔術と言っていたから、人間である私には使えない思っていた。

 解析してみてハッキリと使えない原因が分かったというところだな。

 

 再度になるが、木属性は重ねることができる。

 彼女と協力すれば、既存の陰陽術に木属性を付与して更なる威力を発揮することだって夢物語じゃあないのだ。

 これが興奮せずにいられようか。遠い異国の地で新たな術の可能性があるなんて思ってもみなかった。

 この分だと「聖属性」も重ねることができるのかもしれない……。

 一度、ジークフリードかシャルロットと接触してみるか。

 

 などど考えていたらいつの間にか寝てしまった……。

 

 ◇◇◇

 

 翌朝、家の扉をノックされ、リュートだろうと思い扉を開けてみると……シャルロットだった。


「突然お邪魔して失礼いたします」


 シャルロットはペコリと頭を下げる。

 

「いや、気にしないで欲しい。私の方も貴君を訪ねたいと思っていたところだったのだ」

「ふうん」


 後ろでリリアナが胡乱な声を出しているが、無視することにした。

 背中にじとーっとした目線を感じながらも、シャルロットを中へ迎え入れ椅子に案内する。

 

 ちょうどそこへリュートも来て、しばらくリリアナと修行に励んでもらうことにした。


「妾がいながら、次は聖女とは……。甲斐性無しの癖に」

「いいから、修行してこい。終わったら戻って来てくれ」

「むう。後でたっぷりと妾を可愛がるのじゃぞ」

「分かった分かった。行ってこい」


 リュートに手を引かれ、二人は二階の露台バルコニーへ向かう。

 

「待たせてしまったな。リュートの淹れてくれた紅茶だが、よければ」

「ありがとうございます。突然押しかけてしまったのはわたくしですので」


 シャルロットは腰かけたまま丁寧にお辞儀をする。


「大魔術師のハルトさんにお聞きしたいことがありまして」


 シャルロットはさっそく要件を私へ伝えてきた。

 いつの間にその「大魔術師」という呼称が広まったのか疑問に思うものの、すぐに彼女へ了承の意を伝える。


「私も聞きたいことがあります。私で分かることでしたらお答えするつもりですので、どうぞ」

「はい。先日のあのお方について何かご存知ではと思いまして……服装もハルトさんにどこか似通っていましたので」


 あのお方と言うシャルロットの頬が少しばかり上気する。


「十郎のことだろうか?」

「ジュウロウ様とおっしゃるのですね。ステータスを見る余裕がありませんでしたので……」

「確かに十郎は……かつて私の親友だった……」

「今は異なるのでしょうか? 何かお二人の間に」


 シャルロットは口元を震わせ、聞きたくて仕方ないのだろうが私と十郎のことは詮索しまいと口をつぐむ。


「十郎は死に、魔将となった。彼は私に『倒してくれ』と願ったのだ……」


 といっても私から十郎を探しに行くつもりはない。彼のことだ。きっとまた飄々とした態度で私の前に姿を現すに違いないのだから。

 それでこそ十郎。彼が彼であるならば、近くまた相まみえよう。

 

「人でなくなったから、相容れないということなのでしょうか?」

 

 シャルロットは悲し気に目を伏せる。

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