第60話 ドラゴンズエッグ

 ――翌朝。

 私とリリアナはさっそくドラゴンズエッグへ向かうべく物資を調達。シャルロットはジークフリードと連絡を取り合い、私たちの道しるべを伝えている。

 宿に戻るとシャルロットの用も終わっていたようで、宿の裏に飛竜が待機していた。

 

 飛竜の横で膝を折り、天に向けて両手を組んでいたシャルロットの祈りが済むのを待ってから彼女へ問いかける。

 

「ジークフリードの方はどんな感じだったんだ?」

「砂漠の魔溜まりが消失していたことを伝えました。わたくしたちがドラゴンズエッグへ行くと知ったジークフリードさんは北へ向かうとのことです」

「巡回をやめて、最後の魔溜まりを確認しに行くわけだな」

「はい。巨大魔溜まりの調査の方が急を要すると判断したようです」

「私もそう思う。全ての魔溜まりが消えていたとしたら……」


 とても嫌な予感がする。

 砂漠の魔溜まりが消失していた。このことから魔溜まりの消失は自然現象ではなく、人為的なものであることが確定と言っていい。


「考えていても仕方ないじゃろ。見に行くしかなかろうて」


 リリアナが私とシャルロットの間にたち、背伸びして二人の肩に手を乗せる。

 

「そうだな」

「はい。さっそく調査に参りましょう」


 私はこの時の軽率な判断を後に後悔することになろうとは、この時、露ほどにも思わなかった。

 

 ◇◇◇

 

 飛竜を休ませつつドラゴンズエッグへ向かうこと二日目。私たちはドラゴンズエッグを取り囲む山脈の中腹にまで来ている。

 飛竜にはシャルロットのお供の者が近くの街まで乗っていくことになり、私たちはここから煙々羅えんえんらで進むことになった。

 

 木の上ほどの高さを進むこと一時間……二時間……三時間……と経過するが幸い目に付くモンスターと出会わないでいる。


「もう『龍の勢力圏』に入っているんだろうか?」

「はい。そのはずですが……」


 シャルロットは不可思議な現象に頭を捻っているようだ。

 

「空を飛んでいると、すぐにワイバーンやらスカイドラゴンやらが襲撃してくるはずなんじゃがのお……」


 リリアナも眉をひそめ、首を振る。

 周辺には気を巡らせているが、大きな生き物の気配は感じ取れない。

 

「魔溜まりの気配は感じるか?」

「まだ遠いかのお。この山を越えたら恐らく分かる」


 山を越えた先がドラゴンズエッグだったな。リリアナの感知能力は山に阻まれているのだろうか? それとも距離なのか。

 その辺りは不明ではあるが、彼女の感知は信頼できる。

 

「先を急ごう」


 二人の様子と静かすぎる山の様子に得も言われぬ不安を感じつつも、煙々羅えんえんらの速度をあげる。

 襲って来ないのなら、ゆっくりと進む必要はない。

 

「急にスピードをあげるなあ。ビックリするじゃろう」


 シャルロットにしがみつき、体をブルブルと震わせるリリアナ。

 まだ高いところは克服できていなかったらしい。

 

 ◇◇◇

 

「このような珍しい景観は初めて見る」


 感嘆し呟く。

 ――ドラゴンズエッグ。

 別名「龍の渓谷」。日ノ本にも小規模なものならある。渓谷と表現したが、正確には盆地だ。

 高い山に囲まれ、円形の平な土地が広がるうっそうとした森林。

 だが、私にでも感じ取れる。身震いするほどの気配をこの地から……。

 ひとえにドラゴンと言っても、知能の高い物、動物と変わらぬ者と二種類いるそうだ。

 動物と変わらぬ知能しか持たぬ者であっても、身体能力はそこら辺にいるモンスターとは隔絶している。

 ただ爪を振るうだけで、人間など紙きれ同然だ。

 

 そんな龍たちがひしめく聖地こそドラゴンズエッグなのである。

 

「大丈夫じゃ。魔溜まりの気配はある」


 リリアナが髪をかきあげ、目を細めた。

 

「ようやく、大陸にある『魔溜まり』と相まみえることができるんだな」

「やはり、行くつもりかの……」

「当然だ。まだ消えていないのなら、原因が来るかもしれないからな」

「そうじゃの……」


 リリアナは嫌そうに呟き、右斜め前を指さす。

 この地には強者が多数いて気が滅入るのは分かるが、行かないことには始まらない。


「安心しろ。少なくとも飛行できないモンスターとは戦わずに済む」

「……お主の前向きさがたまに怖くなるわ……」


 全く……そんな沈んだままだと足元をすくわれるかもしれんぞ。

 仕方ない。

 

 リリアナの頭にそっと手をおき、彼女の髪を指先でくしけずる。

 

「ハルト……?」

「大丈夫だ。いざとなったら私が守る」


 口元だけに微笑みを浮かべ、リリアナの頭を撫でた。

 手を離そうとしたら掴まれて、彼女は自分の頬へ私の手を持っていきスリスリと頬をこすりつける。

 

「そうじゃの。お主がそういうなら大丈夫じゃ!」


 ぽやあと呆けた顔で目をつぶり、リリアナはいつもの妄想モードに入ってしまった。

 少しばかり元気つけるつもりが……閾値が低すぎる彼女には十分以上だったようだ……。

 

「シャルロット……?」

「わたくしのことはお気になさらず」


 なんて言っているが、両手で目を覆いしっかりとこちらを見ているシャルロットなのであった……。

 この分なら、緊張し過ぎることはないだろう。

 前向きに考えることとし、一路「魔溜まり」を目指す。

 

 ◇◇◇

 

「龍の聖地と聞いていたが、全くいないのだな」

 

 周囲を見渡しながら素直な感想を呟く。

 盆地に入ってから一時間。巨大な飛竜などが襲い掛かってくるのかと思いきや、そのような気配がまるでない。

 龍の聖地とはいえ、ひしめくように龍がいるというわけではないのか?

 理屈は間違っていないと思う。あれほどの巨大生物となると、きっと生息数は少ないはずなのだから。

 

「龍は外敵に敏感なのじゃ。これほど目立つ妾たちを襲撃しないなぞ有り得ぬ」

「そうなのか」


 不可解ではあるが、急ぐ私たちにとっては好都合。

 ここでも速度を上げてよさそうだな。

 煙々羅えんえんらへ命じようと袖を振った時、リリアナが私の袖を掴む。

 

「ハルト、あそこを見るのじゃ」

「む」


 人間の目では遠すぎてハッキリと確認することはできないが、リリアナが示す方向は一部切り取られたように木が倒れている。

 目に見えるところまで近くなってきたところで、私にもようやく異常事態になっていることが分かった。

 

 龍たちは、私たちを襲撃しなかったんじゃあない。

 襲撃できなかったのだ!

 

 乱暴に枝ごと薙ぎ払われ半ばくらいまで折れた大木や鋭利な刃物で切り裂かれ地面に転がっている大木……それらの中心地に巨大な龍が息絶えていた。

 その龍は、頭が大きく、前脚が非常に短くて土気色の鱗を持つ。恐らく生前は二足歩行を行い、あの巨大な顎と前脚の爪を使って獲物を捕らえていたのだろうと思う。

 見た所、体長はおよそ二十メートル。

 首元をバックリと切り裂かれ絶命したようだ。

 

「あれは龍でいいのだよな?」

「はい。知性の無い魔法を使わない龍ですが、力は最も強いと言われています」

「奴は竜の中でも最も貪欲で飢えておる。どのような生物でもところかまわず襲いかかることから『暴帝竜』と人は呼ぶ」


 私の質問へシャルロット、リリアナが続けて応じてくれた。

 あれほど巨大な竜を仕留める者がこの地にいる……。

 ぶるりと武者震いをしたところで、リリアナの様子がおかしいことに気が付く。

 

 彼女は柄にもなく――

 指先を震わせ前方を指さしていた。

 

「ハルト……」


 呟くのが精一杯という感じでリリアナは肩を震わせる。

 

 目を凝らし先へ進んで行くと……。

 巨大な竜が数体絶命し倒れ伏していた。流れ出した血を見る限り、一斉に襲い掛かった竜が一刀の元に斬り伏せられらたようだ。

 

 なんというキレアジなのだろう。全て一撃の元に仕留めている。

 この地に来た侵入者……何者なのか分からぬが、超越した力を持つことは間違いない。

 

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