第48話 あい……
サガラーンの元を訪ね、彼に話を聞いたところ……分かったことは服装くらいのものだった。
既に日ノ本から来ていることは断定できていたので、彼から聞けた情報はこれとって何か新しいことが分かるような内容ではない。
しかし、どれくらいの周期で港にやって来るのか目途がついたので待ち構えて彼らと接触しようと思う。
決行は今から二日後だ。
思ったより早く日ノ本の商人たちと会うことが出来そうだな。
……む。そうだった。
ここは異国の地とはいえ、私は禁忌を犯し追放された身。安易に接触するのはいかがなものかと迷う……。
私の顔を相手が知らなければいいのだが、もし顔見知りなら決して褒められる行為ではないのだから。
もちろん、この地で私を縛る法はないし、大陸の住民は忌みを気にしない。禁忌の本当の意味はリリアナが教えてくれたので、確かに私自身はある意味危険な存在だと言える。
これについても、少し考えていることがあるのだ。
おっと、思考が逸れてしまった。
結論を述べると、私の知り合いなのかどうか事前に確かめておいた方がいいと決めた。
いつも頼ってばかりで申し訳ないが、ここはリリアナに協力してもらうか。
◇◇◇
自宅に戻ると、何やら中が騒がしい。
何事かと思って、扉を開くとリリアナとシャルロットの会話が弾んでいた。いや、訂正する。
リリアナが一人で盛り上がって騒いでおり、シャルロットは紅茶を飲みながら静かに彼女の言葉へ頷きを返していた。
一方、リュートはというと……台所の奥で小麦粉をこねている。
彼は弟子であり、小間使いではないのだが……。頼んだのは昼と夜の食事と飲み物を適宜のみ。客人のためにお茶菓子を作って欲しいなど彼との契約の範囲外だぞ。
「おかえり! ハルト兄ちゃん。兄ちゃんの分も作っているからな!」
カラカラと笑顔を見せるリュートへ苦笑しつつも感謝を述べる。
「貴君の茶菓子は楽しみでならない。しかし、そこまで気を使わなくてもいいのだぞ」
「ううん。料理を作るのが好きなんだ。おいしいって言ってくれるのも嬉しくてさ」
リュートがそう言うのなら、これ以上何も言うまい。
「分かった。しかし、師弟契約の内容以上は無理しなくてもいいからな」
「うん!」
念押しするようにリュートへ告げると、彼は笑顔のまま大きく首を縦に振った。
さすがというかなんというか、会話中も彼の手は一切止まっていない。
「あとは、このオーブンに入れて焼くだけだよ。ハルト兄ちゃん、椅子に座ってもう少し待っててくれよな」
「ありがとう」
リュートに礼を述べ、リリアナの隣に腰かける。彼女の向かいにはシャルロットが座っていた。
彼女は私へ会釈し、ポットを手に取ってコップへ紅茶を注ぐ。
「お邪魔しておりました」
「いや、呼んだのは私の方なのだ。そうかしこまらなくても」
シャルロットが紅茶の入ったコップを私の前に置く。
こういう気配りができるところが、隣にいる耳の長い胸の大きさを気にしているどこかのハイエルフとは違うな。
「なんじゃ?」
「いや、何でも?」
私の視線に気が付いたのか、頬杖をついてぐでっとしているリリアナが目だけこちらに向けた。
「シャルロット、少し状況が変わったのだ。リリアナから聞いているかもしれないが……」
「は、はい……お聞きしております」
シャルロットはポッと頬を朱にそめ顔を逸らす。
「リリアナ?」
リリアナの名を呼ぶと、彼女はびくうっと肩を震わせた。
一体何を喋ったのだ。このエロフは。
「あ、いや、先日のことを包み隠さず、めくるめく熱い夜もそのままに」
「……私がもう一度説明しよう。シャルロット」
「は、はい」
シャルロットへゼノビアとミツヒデのことをなるべく簡潔に語る。
彼女はリリアナから既に聞いていたらしく、静かに頷きを返すだけだった。
何だ。思ったよりちゃんと話をしていたんじゃないか。なら、何故あのような裏のある態度を取ったのだ?
「あ、あの。裸のお二人がベッドにいるところで、嫌がるリリアナ様を裸のまま浜辺へ連れて来られたとか」
全て聞き終わった後、シャルロットが恥ずかしそうにそんなことをのたまったではないか。
「だああああ!」
リリアナは立ち上がり、シャルロットの口を塞ぎにかかる。
「リリアナあああ!」
やっぱり変なことを吹き込んでいたんじゃないか。
「そ、その後、行為の途中で邪魔されたことを怒ったハルトさんが、あ、あの、その。サキュバスへ触手で……」
シャルロットは耳まで真っ赤になって頭からぷしゅううっと煙があがる。
「リリアナ。後で『オハナシ』しようか」
「……あい……」
リリアナの首根っこを掴み、椅子へ座らせた。
しゅんと反省している様子を見せる彼女だが、本当に反省しているのか甚だ疑問だ。
こいつは、目を離すとまた同じことをやる。これは予想や推測ではない。確定事項である。
「わたくしは男性と触れ合うことを禁じておりますので、お話だけでも興味深かったです」
シャルロットの邪気のない感想を聞くと、彼女には誤解は解かなくてもいいかと思ってきた。
聖教だったか? 彼女は聖教の敬虔な信徒だ。教義とはいえ異性との接触が禁止されてるとはなかなか厳しい。
私が顔をしかめたことに対し、シャルロットは微笑を浮かべ言葉を続ける。
「教義で禁止されているわけではないのですよ。聖女の力は清い体でないと行使できないのです」
「ユニコーンを使役できるのは処女だけだからの」
いつの間にか復活していたリリアナが補足する。
彼女はダメさ加減が物凄いが、博識だ。一応、大賢者なんだろう……たぶん。
「リリアナ様のおっしゃる通りです。ユニコーンも聖女の術も処女性が失われると失われます」
「それでは……シャルロットはこの先ずっと……」
聖女とは辛い
しかし、シャルロットは上品に首を左右に振る。
「いえ、もし結婚する場合などは次世代の聖女となる者へ引継ぎを行います。聖女とはいえ、人の子ですので」
「なるほどな……。聖女とは代々受け継がれていくものなのだな」
「その通りです。聖女の力は一世一代のものなのです。わたくしが聖女の間、聖女はわたくしだけです」
「聖剣の担い手も同じじゃぞ。聖剣に選ばれた唯一人にしか使いこなすことができんのじゃ」
「二人とも唯一人の孤高の役目を負っているのだな。感服するよ」
参ったとばかりに肩をすくめ、私はシャルロットとここにいないジークフリードへ賛辞を送った。
思わぬところで、聖女と聖剣使いの事情を聞けたわけだが……聖剣使いはともかく聖女はきちんと引継ぎを行わねば技術が途切れてしまうかもしれないのだな。
嫌らしい話ではあるが、シャルロットは変えがきかない。誰か一人しか救えぬ状況なら彼女を助けねばならないってことか。
もっとも……そのような状況にはさせないがな。
「シャルロット、話は変わるがミツヒデとゼノビアのことは聞いたのだよな?」
「はい。特にミツヒデさんなるお方が脅威ですね」
「その通りだ。ゼノビア、ミツヒデ、十郎……他にいるのか分からないが、彼らの中の要はミツヒデに違いない」
シャルロットは深く頷きを返した。一応、リリアナもうんうんと腕を組んで首を振っている。
ミツヒデ……彼がリーダーを務めているのかは分からない。しかし、彼は転移の術を持っているのだ。
十郎が突然出現したのも、ミツヒデの能力によるものだろう。
彼が健在なうちは、いつどこでどこにでも魔将が出現する危険性がある。かといってこちらから捕捉できないという……。
非常に厄介だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます