第67話 日ノ本の政変

 ――翌日夕方。

 飛竜と煙々羅えんえんらを利用して自宅まで戻って来た。三日ほどあけていただけなのだが、随分久方振りの気がする。

 次々と目まぐるしく状況が動いたからそのように感じるのだろう。


「お待たせ。みんな!」


 キッチンに立つリュートが夕飯の完成を告げる。


「おお! いい匂いだぜ!」


 まっさきに立ち上がった十郎とリリアナが先を争うように料理の乗った皿を食卓へ運ぶ。


 十郎とリュートは我が家で初めて会ったが、リュートは特に怖がるでもなく普通に十郎と挨拶を交わしていた。

 それどころか、十郎の小狐丸を見て目を輝かしていたほどだ。

 十郎の見た目は明らかに人と異なるのだが、怖くないのだろうか?

 

 リュートに聞いてみたところ、「ハルト兄ちゃんのツレならどんな人が来ても驚かないぜ」ということだった。

 彼は一体私を何だと思っているのだ……。

 それはともかくとして、リュートが十郎を自然に受け入れてくれたことは喜ばしい。

 

「ぬうう! それは妾が確保していたのじゃ!」

「早い者勝ちだぜ!」


 しかし……意地汚く料理を取り合っているのはいただけない。

 いい大人が何をしているのだ。

 

「ハルト! そこに隠しておるのは分かっておる」

 

 む。見つかったようだな。

 食卓から後ろの棚の上にシチューと白パンを分けて置いていたのだが……目ざとい。

 

「しっかし、これほどの料理は、皇太子付きの料理人と比べても引けを取らねえぜ」


 十郎はグッとリュートへ親指を突き出した。

 それに対しリュートは頭の後ろをかき照れた様子だ。

 彼はもっと料理の腕に自信を持っていいと思う。これほどの美味な料理を毎食出すことができるのだから。

 以前も彼に言ったが、皇室料理人としても通用すると私は思っている。

 彼が望むのなら、倶利伽羅を通して食……ではない職を斡旋してもいい。

 ……彼には栄達してもらいたいが、この料理が食べられなくなるのは惜しいな……。

 

「静かに食べられないのだろうか? シャルロットや私を見習うといい」


 口元を布でぬぐい、騒がしい二人へ毒を吐く。


「(食事を)隠している奴に言われたかねえよ!」

「そうじゃそうじゃ!」


 ――ガタリ。

 シャルロットが立ち上がり、天使の微笑みを見せる。

 

「みなさん、お食事中はお静かに」

「す、すまねえ」

「う、うむ」


 十郎もリリアナもシャルロットの微笑みには勝てないようだ。

 

「ハルトさんもですよ」

「す、すまない」


 シャルロットへ謝罪する私を指さして笑う二人へ少しばかりの殺意を覚える。

 これにはさすがのリュートも苦笑いするだけであった。


 ◇◇◇

 

 食事が終わった後、リリアナに協力を頼み倶利伽羅へ遠話を試みる。

 昨日も試してみたのだが、彼の都合が付かなかったようで声が返ってくることがなかった。

 

「クリカラ、返事ができそうなら返事をせい」


 リリアナが小枝に向け呼びかける。

 日ノ本に行くとなれば、私たちは目立つ。

 追放された私だけではなく、異国の容姿を持つリリアナとシャルロット。十郎にいたっては頭から角を生やしているのだから……。

 服装くらいなら誤魔化すことはできるが、手引きをしてくれる者がいれば現地での行動は随分と楽になる。

 

 そこで倶利伽羅だ。

 彼は信頼できるし、この地にいて唯一直接会話ができる相手である。


 ダメだな。

 返答は帰ってこない。彼のことだから、重症を負ったということはないだろうが……。

 

「コーヒーを淹れたよ」


 渋面を浮かべる私たちに気を使ってか、リュートがとっておきのコーヒーを食卓へ置いていく。

 ほんと彼はよく気が利く。

 

「ありがとう」


 全員の声が重なり、リュートも椅子に腰かけた。

 コーヒーに口をつけたところで、コーヒーの苦さに眉をしかめていた十郎が呟く。


「どうする? 晴斗。海を越えることはお前さんの陰陽術で問題ないとしても……」

「人に会わぬよう山間部を進む。本能寺は人里離れた地にあるのだろう?」

「そうだぜ。でもなあ……」


 十郎の言わんとしていることは分かる。

 日ノ本の者から見れば、私たちは非常に怪しい。山間部は山間部で妖魔討伐を生業にしている山伏に出会う可能性も高いのだ。

 彼らが問答無用で襲い掛かってくるかもしれないのが、懸念点だな。

 私たちが彼らに後れを取ることはまずないが、魔の討伐に精を出す彼らを傷つけたくない。

 

「頼れるお方はいらっしゃらないのですか? お二人とも日ノ本でご活躍されていたのでしょうし」

「そうしたいのはやまやまなんだが、晴斗は追放刑、俺は魔に堕ちたから……」


 シャルロットの問いかけに十郎が応じる。

 ままならないものだ。

 

『旦那、聞こえやすか?』


 その時、不意にリリアナの持つ枝から倶利伽羅の声が響く。

 

「おお。繋がった! 倶利伽羅。頼みたいことがある」

『あっしも報告したいことがありやす』


 倶利伽羅の切羽詰まった様子に思わずリリアナと顔を見合わせる。

 一体何があったというのだ?

 

「いつ会話が途切れるか分からない。先に報告を聞かせてくれ」

『分かりやした。驚かず聞いてくだせえ』


 倶利伽羅は淡々と事実だけを述べていく。

 九条左大臣はいがみ合っていた良識派の久我右大臣と融和を図り、政はうまく進んでいた。

 九条左大臣はこの大陸との貿易に乗り出し、相当な利益をあげたそうだ。大陸から入った優れた技術で橋を修復したり、船を改装したりと右大臣と一緒になって民のために動いていた。

 私腹を肥やし野心を燃やすのではなく、心を入れ替えて民のために動き始めた九条左大臣へ久我右大臣はいたく感心していたという。

 

 しかし、それは表面上のことだけだった。

 左大臣は莫大な利益のほんの一部を使って「民の為」を装っていたに過ぎなかったのだ。全ては右大臣と皇太子、そして軍事の長である楠卿を油断させるため……。

 

『久我右大臣は何者かに暗殺され、楠卿は大けがを負っておりやす』

「全ては九条左大臣の手の者か?」

『確実にそうでやす。彼は文官の長になり政を独占的に支配することに成功いたしやした。そして……皇太子様が幽閉されていやす。ご病気だという名目で』

「帝はなんと?」

『帝は無言を貫いておりやす。左大臣を見て見ぬ振りでやして、彼の専横をただ黙ってみているのみで』


 帝は左大臣を放置するほど日和見ではないと思うが……何か裏がありそうだ。

 この分だと日ノ本上層部は危機へ対応することは不可能だろう。もしノブナガが復活し、動き出しても避難さえうまくいかず蹂躙されるままに……。

 

 首を振り、両手をギュッと握りしめる。


「どうする……? 晴斗?」

「私たちができることはノブナガの復活を阻止することのみ」

「だよな。今、日ノ本にノブが降臨しちまったら……」

「降臨したとしても、滅するだけだ」

「おう!」


 十郎は力強く拳を突き出し破顔した。

 

『榊の旦那。皇太子様より伝言を受け取ってやす』

「なんだと!」


 思ってもみなかった倶利伽羅からの言葉に目を見開く。

 倶利伽羅は幽閉中の皇太子と接触を図ることができたっていうのか。

 となれば、今の彼の立場が自然と推測できるというもの。彼は九条左大臣の命でこの大陸との貿易に従事していた。

 政は現在九条左大臣に支配されている。倶利伽羅は国の高官の一人であったが、抜けたのか仕事をしつつ反撃の機会を伺っているのかまでは分からない。

 

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