第45話 夜魔
その時、階段のあたりでガタリと大きな音が鳴り響く。
「ハルトー! シャルロットを口説いたんじゃろ!」
「お、リリアナ。もう終わったのか?」
「『終わったのか』ってなんじゃ。妾とリュートが修行をしている間に、お主は何をしていたんじゃ」
「話をしていただけだが?」
「な、なんじゃとお。妾にはまるで反応が無い癖に、シャルロットには……」
「何か大きな勘違いがあるな」
「誤魔化そうたってそうはいかぬぞ。シャルロットの頬が染まっておるではないか」
「確かにそうだが……」
そんな色気のある話はしていない。
一方、リリアナに指摘されたシャルロットはゆでだこのように耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった。
「あ、赤くなってましたか……?」
シャルロットは、消え入りそうな声で下を向いたままリリアナへ尋ねる。
「……え、あ、冗談じゃ。冗談」
リリアナもシャルロットの態度を見て、自分の勘違いに気が付いたようであからさまに誤魔化しにかかっていた。
「分かった。分かったから、もういい。これ以上墓穴を掘るな……」
リリアナの肩へ手を置き、後ろからついてきたリュートへ目配せする。
察しのいい彼は、すぐに台所へすすすっと移動して紅茶の茶葉が入った缶の蓋を触り始めた。
「みんな、紅茶でも飲もう! 淹れるぜ。ハルト兄ちゃん、ミルクを取ってもらっていいかな?」
「もちろんだ」
「今回はミルクに茶葉を入れてミルクティにするよ」
「おお。水を使わないのか」
「うん。これはこれで美味しいぜ」
私とリュートが作った微妙な空気に、リリアナとシャルロットは顔を見合わせ微笑みあう。
「なら妾がカップを準備しようかの」
「それではわたくしは、机を一度片付けますわ」
どうやらうまく回り始めたようだ。
さすがリュート。貴君の機転はいかな賢者も敵うまい。
◇◇◇
――その日の晩。
リリアナの部屋の扉を軽く叩く。
すぐに扉が開き……。
「すまん」
出てきたリリアナへ謝罪し、後ろを向く。
「夜這いなら大歓迎じゃぞ」
「何かきてくれ。これでもいい」
リリアナから背を向けたまま、自分の羽織を後ろにやる。
彼女が寝る際には服を着ないことは覚えていた。
しかし、彼女とて私が部屋を訪ねて来る理由は分かっていると思っていたのだが……案外ノンビリしているのか?
「分かっておる。しかし、大丈夫じゃ」
「やはりちゃんと気が付いていたのだな」
「妾の感知能力はお主より高いのは知っておろう?」
「もちろんだとも。しかし、外へ行く準備さえしていないとは思ってなかったのだ」
「お主を驚かせようと思っただけじゃ」
「いや、そのまま寝ていてくれてもいいが……」
「ついていくに決まっておろう。これだけ離れていてもしかと感じる気配……先日の真祖に勝るからの」
「来てくれると助かる」
「ふふん。やはり妾がいないとな。うむ」
「後ろから張り付かなくていいから、早く何か着ろ。その羽織でもいい」
「じゃあ、これで。下着は無しでもいいかの?」
「どっちでもいい!」
至極どうでもいいので、早くしてほしい。
気配の速度は速い。できれば砂浜当たりで迎え撃ちたいところなのだ。敵だけではなく、私とリリアナの攻撃で村が破壊されかねんしな。
「下だけは履いておくかのお。ハルトがえっちな気分になったら困るからの」
「御託はいいから、行くぞ」
「ま、まだ履いておらぬぞお」
何か言っているが、「浜辺に行く」とリリアナへ告げ私は窓から外へ飛び降りる。
◇◇◇
浜辺につく前にリリアナが私に追いつき、二人揃って波打ち際で気配を待つことにした。
気配は私かリリアナに狙いをつけて動いていることはハッキリしている。こちらが感知できる距離にまで来た途端、気配は真っ直ぐにこちらに向かってきたのだから。
「全く、焦らせるから、下を履くのに手間取ったではないか……」
「そもそも最初から服を着ておけばよかったのだ」
「それじゃあ、おもしろくないじゃろ。ハルトを喜ばせようと思っておったのじゃ。せっかくの夜這いじゃからの?」
「……」
大きなため息が出た。
しかし、こうしている間にも気配がもう目視できる距離まで迫ってきている。
「リリアナ。先手をうつか」
「そうじゃの」
「私が後から『重ねる』」
「うむ。っと、来たようじゃの。いつでも発動できるように構築しておく」
「分かった。状況を見て頼む」
お互いに頷き合い、前を睨む。
気配はついに実体化した。
いや、隠遁していたのが、姿を現したのかもしれない。私は野伏や忍者のような隠れている者を見破る術を持っていないから、どちらなのか判断がつかなかった。
ことこの場に及んでは、たいして重要なことではないが……。
姿を現したのは――女だ。
波打ち際に妖艶な姿をした妙齢の女が無表情で立っていた。
彼女は明らかに人ではない。
燃えるような赤色の髪に、同じ色の瞳。ヤギのような角が左右から生え、背中からは黒い蝙蝠のような翼が顔を出している。
黒い鞭のような尻尾に、グラマラスな肢体。服装はこれまた刺激的で、上半身は胸を覆うだけの黒い革でできた胸当てに足の付け根辺りまでの腰布(リュートから聞いた話だとスカートと言うらしい)を装着していた。
「ステータスオープン、能力解析」
『名称:ゼノビア
種族:サキュバス
(階位:夜魔)
レベル:九十一
HP:三百十
MP:五百
スキル:吸血
ステルス(潜伏)
格闘
飛行
魅了(異性のみ)
地 九
水 九
風 九
闇(陰)九』
夜魔か……。それでも臨戦態勢の糸を緩めることなく、女――ゼノビアへ向けて声を張りあげる。
「何用だ。夜魔よ」
「……悔しいけど、耳目秀麗な色男ね……」
ゼノビアはガッカリした様子ではあとため息をつく。
余りに気の抜けた態度に緊張の糸が切れそうになるが、グッとこらえ彼女を睨みつけた。
「ハルト。御託は良い。デーモンロードじゃろ? 即殺じゃ」
「待て、リリアナ。彼女は魔将や真祖ではない。貴君もステータスを見ただろう? 彼女は夜魔だ」
「
リリアナの目線はある一点に釘付けになっている。
どこかはあえて言わないが、その場所は余り敵対と関係ないと思うぞ。
「あらあら。可愛らしい少女を連れているんだこと。これは十郎くんに報告しないと……うふふ」
「十郎だと!」
「やはり……あなた、十郎くんの……」
突如、ゼノビアの雰囲気が一変する。
口元が吊り上がり、目はランランと赤く輝きを放ち始めた。
「よくわからんが、例え夜魔だといえども、人に仇成すのなら応戦する」
「……魅了がまるで効いてないわね。さすが十郎くんが思いを寄せるヒトなだけはあるわ。でも……ここで亡き者にすれば……」
「ぶっそうな言葉が出てきたが……」
「そう、あなたをここで消せば、十郎くんは私のモノ!」
ダメだ。言葉は通じるが、会話が成立しない。
こういうタイプが一番面倒だ。下手に言葉が理解できるから惑わされる。
「言ったじゃろう。仮想敵は即殺じゃと!」
リリアナが無い胸を張り、自慢気に言い放つ。
「分かった分かった。こっちもただでやられるわけにはいかない。やるぞ」
リリアナが目をつぶると同時に、私も陰陽術の準備に入る。
一方でゼノビアもまた豊満な胸を震わせ詠唱を開始した。
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