第5話 私に任せろ

「え、それは危険だよ」


 私の提案にリュートは首を振った。

 しかし、私には策があるのだ。

 

「リュート。貴君は言ったではないか。『指定した人以外は襲って来ない』って。私がデュラハンへ手出ししなければ問題なかろう?」

「うー。うん。でも、俺がやられるところを見せたくないなあ……なんて」


 前言撤回。

 ふんわりとだまくらかすのは止めだ。ここは何としても彼に同行し、デュラハンなるものを討伐する!

 私の陰陽師としての矜持。そして、リュートに対する心情。そのどちらも、私へデュラハンを倒せと囁いているのだ。

 しかし、一方的に話を進めるわけにはいかない。それは、リュートの真摯な態度をないがしろにするのだから。

 

「リュート。デュラハンなら私単独で討伐可能だ」

「え? でもハルト兄ちゃんのレベルは……」

「心配ない。命の危険さえない。いいかリュート。ステータスとは絶対的なものではないのだよ」

「そうは言っても、レベル差が二十以上開いているんだぜ?」

「心配ない。デュラハンならな。奴には大きな欠点があるんだ」

「欠点?」

「一撃入れるまではこちらに攻撃してこないってことさ」


 だから、一撃の下に仕留めれば何ら不具合はない。

 首無しだと思って火力を抑えず、見せてやろう。蹂躙してみせよう。反撃の隙など与えはしない。

 

「それができたら苦労しないって……ハルト兄ちゃん」


 強い言葉だけではリュートが納得した様子を見せてくれないか……。


「リュート。貴君は魔術のことならば詳しいのだったな」

「詳しいわけじゃないけど……」

「例えばだ。魔術で炎を出すにはどうする?」

「そら、火属性魔術を使うよ。こんな風に……ファイア」


 リュートの手のひらから小さな炎があがる。


「なら、それの威力をあげるには魔術だとどうする?」

「より強い火属性魔術を使うんだよ? 何言ってんだよ。ハルト兄ちゃん」

「魔術はそれ以外にないのか?」

「あるかもしれないけど……俺には分からないや」

「ふむ。いいか、リュート」


 彼の手を引き、家の外に出る。

 万が一、家が火事になったら大ごとだから仕方あるまい。


「リュート、いいか。術とはどのように構築するかが肝なのだ」

「うーん。よく分かんないや」


 突然外に連れて来られたリュートはボーっと立ち尽くしたまま星を見上げている。


「まず……そうだな……狐火」


 手のひらほどの大きさがある赤色の炎が私の手のひらから出る。

 これは先ほどリュートが見せたファイアを想定してのものだ。

 

「ファイアをどうするんだ?」

「こうするのさ、これに風を混ぜる」


 炎が渦を巻き始める。

 

「お、おお」

「そして、更に威力をあげるにはこうする」


 土を加えると、炎の形が穂先のように鋭く変化する。


「お、おお。すげええ!」

「そして、光を混ぜる」


 光を混ぜたことで、穂先の輝きが増した。


「どうだ、リュート。つまりはこれと同じことを行うのだよ。威力は小さな術であっても飛躍的に上昇させることができるのだ」

「すげえな。ハルト兄ちゃん! ほ、本当にデュラハンとやるのか?」

「そうだとも。着いて行っていいか?」

「う、うん!」


 リュートは私の手を両手で握りしめ、深く頷く。

 しかしすぐに彼の手が緩み、そのまま地面にペタンと腰をおろしてしまった。

 

「ばるどにいじゃん……お、おで、生ぎていいのか?」


 手を地面につけたまま、リュートの目から大粒の涙がポロポロととめどなく零れ落ちていく。 

 達観しているように見えた彼も心の内では、救いを求めていた。

 それはそうだろう。少年の身でありながら、よくぞこれまで気丈に振舞ってこれたと感嘆を禁じ得ない。

 

「ああ、私が必ず、デュラハンを、討伐、する!」


 彼へ言い聞かせるように一つ一つの言葉を区切って高らかに宣言する。


「あ、ありがとう。ハルト兄ちゃん」

「その言葉は討伐した後に言ってくれ! なあに、貴君に泊めてもらう礼だよ」

「明日の夜に奴は来るんだ。だから……もっと泊っていってくれよ! 一晩じゃ礼には足りないだろ!」


 「へへへ」と鼻をさするリュートの頭を撫で、彼の手を取り立ち上がらせた。

 

「そうだな。ははは」

「そうだ。ハルト兄ちゃん。今更だけど、魚は大丈夫?」

「もちろんだとも。魚は好物さ。あと、食後に紅茶もぜひ」

「もちろんだとも!」


 リュートは私の言葉尻を真似、こぼれんばかりの笑顔を見せる。


 ◇◇◇

 

 その後、リュートが出してくれた魚料理を食したのだが、実に美味であった。

 オリーブ油で内臓を取った魚を素揚げしただけのものだと侮っていたのだ。山椒の代わりに胡椒、それに塩を混ぜ、レモンという果実を絞る。

 それだけで、魚は天にも昇らんばかりの香ばしさと華やかさを含むようになり、一口食べた私は溢れ出るうま味にしばし茫然としてしまった。

 この地の料理は実にうまい。

 

 水晶の明かりを消す前に、リュートが提灯のようではあるがガラスで出来た道具を持ってきた。

 

「リュート、それは?」

「これはランタンって言うんだ。中に小さな水晶が入ってるんだよ」

「ほう。それは便利そうだな。いつでも書物が読むことができるではないか」

「本を読む灯りとしては弱いかなあ」

「ひょっとして、書物もここにあるのか?」

「さすがに本はここにはないよ。本はかさばるし、高級品だからね!」


 ふむ。そこは瑞穂と変わらぬのか。残念。


「そういや、ハルト兄ちゃん。陰陽術を使う時に何か出してたよね」

「ああ、札のことか。これだ」

「お、おお。これは初めて見るよ。羊皮紙より薄くて、パピルスより頑丈そう!」

「む。和紙が無いのか?」

「こんな紙は見たことないよ。やっぱハルト兄ちゃんといると面白いや!」


 和紙が存在しないというのは、意外過ぎる。

 この地は、瑞穂より技術力が優れているはず。いざとなれば自分で和紙を作ることができるが……陰陽術にとって札は命とも言える存在。

 和紙の補充が利かないことを早めに知ることができて良かった……と前向きに考えることにしよう。

 しかし、和紙を制作するとなると、どこかに根をおろす必要があるな……。

 

「リュート。いろいろとお互いに聞きたいことは尽きないだろうが、今晩は就寝することにしないか?」

「うん!」

「明日、できればティコの村長にお会いしたい」

「分かった! デュラハンのことだよな」


 大ごとを成す時には有力者の了解を得て置くこと。

 これはリュートにも理解できることなのだろう。彼はすぐに頷きを返す。

 

「その通りだ」


 しかし、私の真意はただ了解を得るだけではない。

 何しろ……デュラハンは一撃の下で確実に仕留めねばならないのだから。

 首無し武者ならばちょうどいい威力を推し量ることは可能であるが、デュラハンではそうはいかない。

 万が一のことも考えて……。

 一言で言うと、村を破壊しないでいいよう場所を提供してもらいたい。そこが村長に会う狙いというわけだ。

 

 ――翌朝。

 リュートの案内で村長宅を訪れる。

 彼は私の姿を見た時怪訝そうに顔をしかめるが、今晩で命を散らすリュートの頼みということもあり私の同行と、デュラハンを迎える場所について了承してくれた。

 村長が丁度いいと指定した場所は、奇しくも私が漂着したあの浜辺で場所の確認の手間が省けた。


 リュートと共に浜辺の下調べを念のために行い、魚を獲ってから彼の家に戻る。

 いよいよ今晩、デュラハンと決戦だ。

 久方振りの妖魔との戦いに私の胸は昂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る