第61話 古代龍に対峙するは……

 魔溜まりがある地にまで到達した。

 が、事態は予想外の展開を見せている。

 

 金色の鱗を持つ威厳とある種の美しさを兼ね備えた巨大な龍が猛々しい咆哮をあげ、対峙する人型の誰かを威嚇していた。

 龍は日ノ本でみるような蛇のような見た目とことなり、どっしりとした体躯を持つ。私がこれまで見たどの龍よりも強さを感じさせ、巨大だった。

 背中からはスラリとした被膜のある翼が生え、前脚の先にあるかぎ爪は金色に輝いている。

 ある種神の使いとまで錯覚してしまう龍……しかし、そんな偉大さと神々しさを併せ持つ龍も背水の雰囲気を見せていた。

 

「古代龍じゃ。ドラゴンズエッグの主」

「確かに納得だ。あれほどの龍を私は見たことが無い」


 しかし――。

 龍よりも怖気を感じるのは対峙する人型だ。

 もう少し近くまで寄れば、その姿を確認できる。

 

 ん?


「どうした? リリアナ」


 リリアナは、はやく人型を確認しようとはやる私の袖を思いっきり引っ張る。

 

「あやつ……ジュウロウじゃ! ここまで暴れておったのも、あやつに違いあるまいて」

「何だと!」


 ここに十郎がいる。なるほど、彼ならば襲い掛かる龍を次々と仕留めていっても不思議ではない。

 だが、十郎がここにいたことで、これまでモヤモヤとしていた推測がカチリとハマり全てが繋がった。

 魔溜まりを破壊し、魔を拡散させていたのはミツヒデや十郎たちだ。

 彼らが魔溜まりをわざわざ破壊する理由……世界を混乱に陥れるため? 世の中に妖魔を大量に発生させるため?

 全て違う。

 

 私やシャルロットを抹殺せず、魔将となったとはいえ十郎と共にミツヒデが動いた理由。

 それは――

 

 ――ノブナガの復活だ。

 

 ミツヒデは裏切り者なんかじゃなかった。彼がどうやって知ったかはてんで分からぬが……ミツヒデはノブナガを魔王にすべく彼と共に命を絶った。

 そして、彼の思惑通りに魔王ノブナガが誕生し、私と十郎が始末する。

 しかし、それで終わりではなかったのだ。

 ミツヒデは魔王ノブナガの再誕を狙い、暗躍していた。

 

 魔王とは膨大な魔を束ねて誕生するモノである。

 全世界から魔を集めることができれば……魔王は復活できるはず。

 魔溜まりにある魔を収集し、魔王へ捧げることが彼らの目的だったのか。

 

 十郎を鎖で縛っているのはノブナガで間違いない。ミツヒデの可能性もあるかと思ったが、彼と十郎は何の繋がりもないはず。

 それに、ミツヒデが十郎への命令権を持っているのなら、もっとぬかりなく事を進めているに違いない。

 十郎やゼノビアの動きは各自目的はあるものの、自分勝手なものだった。ミツヒデが差配するならこうはならない。

 もっと徹底的に僅かな敵も潰しながら事を進めるはずだ。

 

「じゃが、いかな十郎とはいえ古代龍相手じゃ」


 リリアナはようやく気持ちの整理がついたようで、顔をあげしかと前を見つめる。

 古代龍か……。

 

「ステータスオープン、そして能力調査」


『名称:グウェイン

 種族:古代龍

 レベル:九十九

 HP:千五百二十

 MP:三百十

 スキル:ブレス

     龍の鱗

     飛行

     高速詠唱

     格闘

     火 九

     土 八

     風 九』

     

 強い。確かに強い。

 さすがこの大陸最強生物と言われるだけはある。

 圧倒的な体力に加え、魔法と火の息まで使う。並みの攻撃は弾き返してしまう硬い鱗も脅威だ。

 

 階位も九十九と私や十郎と同じ……。

 だが、階位とは九十九以上を計測できないだけであり、事実同じ数値であっても強さは異なる。

 参考にだが、魔王であっても階位は九十九なのだ。

 

「今のうちにこちらも体勢を整えるぞ」

「古代龍へか? それとも十郎にか?」

「もちろん、十郎に備える」

「ステータスを見る限り、古代龍の方が強そうなのじゃが? このまま古代龍が押し切ってくれれば万事解決じゃろ?」

「甘くはない。それほど甘いものじゃあないぞ。リリアナ」


 古代龍と十郎が真剣勝負じゃなく力比べをするのなら、もしくは、古代龍が十郎の戦い方を熟知しているのなら……古代龍にも分がある。

 しかし、此度は初見同士。

 

 ――ゴオオオオオオ。

 古代龍の口元にチリチリと金色の光が湧き出たかと思うと、金色に輝く灼熱のブレスが吐き出された。

 ここまで熱が伝わってくる尋常ではないブレスの威力ではある。

 あるのだが……。

 

「どこに向かってブレスを吐いておるのじゃ」


 リリアナが不思議そうに首を捻る。

 

「あれは十郎の持つ能力の一つ……六道」


 六道は十郎曰く「無理が通れば道理が引っ込む」能力らしいが、詳細は私にも分からない。

 アレは相手の認識を僅かにズラす。きっと古代龍の目にはブレスに焼かれる十郎がうつっているはず。

 認識ズラしはすぐに効果は溶けるが、彼にしてみればその一瞬だけで充分事足りるのだ。

 

「リリアナ、シャルロット。急ぐぞ」

「分かった。あやつジュウロウ……想像した以上に危険じゃの……」

「十郎さま……必ずあなた様を呪縛から解放いたします」


 それぞれの思いを呟き、集中状態に入る。


「精霊たちよ、我に力を! ヴァイス・ヴァーサ御心のままに。出でよ。ビリジアン・ドラゴン新緑の龍


 リリアナの力ある言葉に応じ、彼女の手の平から緑色の光が伸び――光が弾ける。

 弾けた光は再び収束し、私がよく見知った蛇のような龍が出現した。龍の全長はおよそ十メートル。堂々たる姿だ。

 

 今度は私だな。

 袖を振り、札を指先で挟む。

 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。

 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。


「八十九式 物装 啼龍」


 札が弾け、海より深い蒼の光の束がリリアナの出した龍へと吸い込まれて行く。

 

「出でよ。真・青龍!」


 私の求めに応じ、啼く。力強い龍の叫びが響き渡った。

 式神には様々な種類がある。伝令を行う烏から、破滅の炎を吐きだしながら体当たりする朱雀など。

 その中でも最も強き式神といえば、青龍なのだ。

 猛々しく雄々しい、そして神々しさまで兼ね備えた龍こそ、この大陸と同様に生きとし生ける者のなかで最も強き生き物だ。

 そんな龍を彷彿とさせる式神こそ、青龍。

 だが、それだけでは十郎を止めるに足らない。リリアナの木属性へ「重ねる」ことにより、青龍はかつてないほどの力を持つ。

 

 欠点は私が操作できないこと。ビリジアンドラゴンを強化し青龍としたため、主導権を持つのはリリアナである。

 だが、欠点と利点とは表裏一体ということを忘れてはならない。

 

 青龍の扱いに慣れた私が関知できない代わりに、私の「手が空く」。


「任せたぞ。リリアナ」

「うむ。妾に任せよ」


 古代龍が十郎の相手をしてくれていることは、この上ない幸運だった。

 

「ハルトさん、古代龍が」


 シャルロットの驚きの声が耳に届く。

 

 古代龍の右腕が根元から……落ちた。


「介入するぞ! リリアナ!」

「うむ!」


 古代龍の首が落ちてからでは遅い。

 未だ古代龍と戦っている今こそが好機だ。

 私はモノノフたちと異なり、一対一の尋常な勝負など望んでいない。

 欲しいものは勝つこと。それのみだ。

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