第84話 強きモノノフ

 ――十郎。

 宗玄と俺の距離は十メートルってところか。並みの剣士ならば必殺の間合いとは言えねえ。

 しかし、俺たちにとっては一息で首元へ届く距離だ。

 

 なあ、宗玄さんよお。

 自然と口元が吊り上がる。待っていた。ここまでの相手を。

 ビリビリと奴から達人の雰囲気を感じとることができる。

 対峙するじいさんは不動。

 彼は無風の水面がごとく、さざ波一つ立てることはない静寂……。

 対する俺は荒波より激しい動こそが真髄。

 

「待っているのはしょうに合わねえ。行くぜ!」

 

 小狐丸を上段に構え、右足の指先へ力を込める。

 一気に加速し、小狐丸を振り下ろした。

 一方で宗玄は不知火を下段に構えたまま、すっと右へ半歩だけ体を動かす。

 

「甘いぜえ! 俺の刀は『蛇』のように」

「お主こそ……」


 軌道を変える小狐丸に対し、宗玄は不知火をスウッと上へあげる。

 ――キイイン。

 金属同士の澄んだ音が響き渡り、小狐丸は力の赴くまま不知火の刃をせり上がって行く。

 

「なっ!」

「……甘い。様子見などそれがしらには不要。そうだろう? 強きモノノフよ」


 っと軽く言ってくれるが、なんてえ軌道を描くんだ。

 刀を振り上げた体勢になった俺に対し、不知火を僅かばかり向きを変えるだけで小狐丸の威力を完全に逸らした宗玄は――

 目にもとまらぬ速さで俺の首元へ向け不知火を振りぬく。

 

 思いっきり上体を逸らし不知火をやり過ごした俺へ、更なる刃が襲い掛かった。

 「凌いで見せろ」まるでそう言わんばかりの宗玄の攻勢。

 

「っち!」


 右手は小狐丸を握りしめたまま手繰り寄せるように胴体まで戻しつつ、襲い来る不知火に対しては刀から手を離した左の拳を振るう。

 ――ガキッ!

 今度は鈍い音がして、俺の拳が不知火の刃を受け止めた。

 が、拳を覆っていた黒鉄の小手へ刃先が入っていく。

 舐めるな! 

 力任せに左腕を振るう。

 小手ごと不知火を振り切ることができた。

 

「まだまだ!」

「そうこなくてはな」


 両手で小狐丸を握りしめると、左拳から血が垂れた。

 あの一瞬で肌まで刃が達していたのか……。

 なんてえ腕前だ。

 

 ゾクゾクしやがる。

 俺は決して目的をおろそかにしてまで、戦うことを止めない戦闘狂いではねえ。

 でもな、ここまでの達人を前にして奮い立たねえわけがねえだろう!

 

「昂っておるのか。それでこそ、強きモノノフ」


 宗玄は薄い笑みを浮かべる。


「ああ、とんでもなくな!」


 酒呑童子になったからだろうか、髪の毛が逆立つのが分かる。

 全力だ。俺の技を、刀を、全てを受けてみやがれ!

 

「うおおおおお!」

 

 雄たけびと共に、小狐丸を振るう。

 一合。

 二合、三合、四合、そして五合。

 

 全てがいなされた。

 攻勢が止まったところで、今度は宗玄が反撃に出る。

 一撃目、体を動かし躱す。

 二撃目、刀で受け止める。

 三撃目、二撃目からの追撃で軌道が読み切れず、体勢を崩しながらも首を落として凌ぐ。

 四撃目、膝をついてしまうが、小狐丸でなんとか受け止めた。

 

 そして、五撃目。

 体勢は完全に崩れている。横なぎに払われる不知火。

 こ、ここは、こうだ!

 少しでも速度が落ちればその隙に凌ぎ、立て直し逆撃してやる。

 

 頭を起こし、不知火の刃へ右の角を向けた。

 一瞬だけ、不知火の動きが止まるものの俺の右角は綺麗に真っ二つに切り裂かれてしまった。

 

 だが、この一瞬で十分だ!

 跳ね上がるように起き上がり、そのまま高く飛び上がる。

 クルリと体全体を回転させ、小狐丸を前へ。

 

 不意を打たれた宗玄の刃は下段の位置にある。

 いける。

 そう思った。

 

 しかし、手ごたえが……ない。

 

「な!」

「後ろだ」


 いつの間に体勢を変えやがった!


「絶空。奥義 『縮地』でござるよ」

「瞬きの間だけ、速度を上げるとかそんなとこか」


 着地した俺の頭へ向け風圧を感じる。

 だが、俺に予期せぬ能力による攻撃は通用しねえ。

 

 危機を感じた俺の中に眠る「六道」が、無意識に俺の腕を上にあげさせたいた。

 ――キイイン。

 済んだ音が響き、宗玄の不知火を俺の小狐丸がしかと受け止める。

 追撃を許さぬよう、すぐさま後ろへ跳ぶ。

 

「強ええな。じいさん」


 十メートルの距離を取った。

 

「お主こそ。悪くない」


 どうする? 宗玄には三千世界でさえ通じねえ。

 つまり、力技で押し切ることは不可能なんだ。純粋な腕前勝負しかない。

 悔しいことに、これまでの立ち合いで俺よりじいさんの方が一枚も二枚も上手だ。

 

 腕力でも速度でも俺の方が上回っていると言うのに、刀を振りあえばじいさんに軍配があがる。

 もし俺が晴斗に陰陽術で身体能力を強化してもらっていても、結果は同じこと。

 分かっている。そんなことは端からな!

 だから、晴斗に「陰陽術は必要ねえ」って言ったんだ。純粋な立ち合いとなると、腕力や速度など剣の冴えの添え物でしかないのだから。

 単にじいさんの腕前が俺の想像の遥か上をいっていたに過ぎない。


 それでも、それでもだ。

 勝負はじいさんの勝ち。

 でもな、最後に立っているのは俺だ!

 

 俺でしかできないこと。じいさんの想像の上を行くこと……。

 これしかねえか! 剣の腕で彼に負けを認めることになるけどな。


「もうよいでござるか……長考は?」

「ああ、腹は括ったぜ。いざ、尋常に」


 小狐丸を真っ直ぐに構え、すり足で宗玄へと向かって行く。

 対する彼は不知火を下段に構え、俺を待ち構える。

 

 間合いに入った。

 一番躱し辛い位置……胸に向けて小狐丸を突き入れる。

 が、最速の力を込めた俺の突きは不知火に横から弾かれてしまった。

 やはり、突きでも通じねえか。

 次の瞬間、横なぎに払われた不知火を跳ね上げるように受け止める。


「まだまだあ!」

 

 刀の向きを変え斬り上げるが、宗玄が首をずらしただけで躱された。

 それと同時に上から斬り下ろす形で襲い掛かってくる不知火。

 これに対し上体をさげ、やり過ごす。

 

 次が来たら躱せない!

 そう判断した俺は、一歩だけ後ろに跳ぶ。

 が、追いすがる宗玄の刀。

 

 じいさんの刀は突きの体勢だ。振るうと届かないからな。

 これを待っていた!

 

 動きを止めると、宗玄の突きが真っ直ぐに俺の左胸を突き抜けた。

 対する俺は刀が胸に刺さったまま、一歩進む。

 

 続き、左手で不知火を離さぬようしっかりと握りしめ――

 初めて驚きを露わにした彼の顎へ向け右拳を思いっきり振りぬいた!

 

 鈍い音と共に数メートル吹き飛ぶ宗玄。

 人外の力で振るわれた拳をまともに喰らった彼の首はあらぬ方向に曲がっている。

 あのまま放っておくとそのうち絶命することだろう。

 

「勝負には負けたが……打倒はしたぜ……」


 でもな、そのうちじいさんの上を行ってやる。

 その時まで首を洗って待っていろよ。じいさん!

 

 心の中で呟き、踵を返す。

 晴斗の戦いが終わったら、すぐにでも治療してやるからな。

 俺は勝ち逃げなんて許さねえと決めてるんだぜ。

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