第四話 7-13


 会場内の空気は静まり返っていた。


 空手の師範が寸止めをしようとするも失敗して弟子の顔面に正拳を入れてしまった時のような、気まずさと危うさとをはらんだ雰囲気。


「そ、それでは、優勝者のあさくらふゆさんに皆で拍手を贈ろう」


 神楽かぐらざか部長の号令で、全問正解で優勝したふゆへの表彰が行われようとするものの、だれもそっちのことなんて気にしていない。


 皆……一様にの方を注視している。


 その空気に耐えきれなかったんだと思う。


「……っ……」


 小さく顔を振ると、は席を立って走り出した。


……っ……!」


「…………ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……わ、わたしなんか……やっぱりむりだった……わたしみたいなおちこぼれが変われるなんておもいあがりだった……ま、また一人になっちゃう……お、お姉ちゃんみたいになんて……なれるはずがなくて……っ……」


「待って……っ……!」


 俺の声も聞こえていない様子で、は舞台袖を下りて走り去っていった。


「……っ……」


 追いかけようとするも、すんでのところで思い直す。


 ダメだ、今はそれよりもこの場の後始末を何とかしないと……!


 観客席から聞こえてくるざわめき。


 それはどんどん大きなものとなってきている。


 このまま放置しておいたら、もしかしたらが〝アキバ系〟でないという事実を疑い出す者が出てきてしまうかもしれない。そこまでいかなくとも、一問も解答できなかったに不信感を抱く者が現れてもおかしくない。それはにとって最も好ましくない事態だ。


「あ、え、ええと、聞いてくれ……!」


 気が付けばステージに出て、俺はマイクを握っていた。


「あー、今の……ざかさんなんだけど……」


「何だ何だ?」「だれあれ?」「あいつ……よく様につきまとってるやつ?」


 一斉に注目が集まる。


 そのげんな視線に向かって……俺は大きく息を吸い込むと、おなかの底から力を入れて叫んだ。




「……ドッキリ、大成功……っ……!!」




「……は?」


 一瞬だけ、会場が静まり返る。


 皆一様に何言ってんだって顔でこっちを見る。それはそうですよね……


「あの、実は……今の一連の流れはドッキリだったんだ。ざかさんや『AMW研究会』には事情を知らせずに、俺が勝手にやった……」


「ドッキリ……?」


「ドッキリって……はあ?」


「え、そんな企画あったの?」


「勝手にって、あのザクみたいなやつが?」


 再びザワザワと観客席が騒ぎ始める。


 量産型で悪かったですね……!


 と、そんなことはいいとして、


「ほ、ほら、ざかさんを驚かせるために、ペンもわざとインクが切れて書けないやつを用意したんだ。やっぱりこういうのはリアリティを大事にしないとね。おかげでいい画が撮れたよ、グロッグロッグロッ」


「はあ? 何言ってるのよ……!」


ざかさん、本気で困ってたよね……? 笑ってる場合じゃなくない?」


「ドッキリだからって、悪質だろ……!」


「あいつ、何なの……?」


 まあ、そうきますよね。


 だけどそれは好都合だ。


 こっちに醜悪なイカクリムゾンに向けられたマホちゃんのマジカルジェノサイドAK47のように矛先が向くことで、の〝秘密〟バレから目がらせるなら御の字なことこの上ない。


「ふざけんな! ざかさんに謝れこの野郎!」


「土下座だ土下座! スライディング土下座……!」


「ドッキリだからってやり方ってものがあるだろ!」


「笑顔が普通にキモいんだよ!」


「このハゲー!」


「工場で大量生産されてるみたいな顔してるんじゃねぇぞ!」


 うう、とはいっても容赦のないぞうごんしのハートに突き刺さる。なんか土下座土下座絶叫しているやつらの先頭におかの姿が見えるし……。しかも最後の三つはただの悪口ですよね……?


 飛んでくるヘイトの嵐に笑顔(キモい)で耐えていると、




「えー、でもたぶんざかさん、ドッキリに気付いてたよー」




 助け船は思わぬところから飛び出してきた。


 聞き慣れたアニメライクな声。


 声を上げていたのは……ふゆだった。


「隣で見てたけど、たぶん分かってたと思うー。分かった上でドッキリに気付いて乗っかってくれたんじゃないかなー? わざと気付かないフリをして。ざかさん、すっごく気遣い上手だからー。ほら、文化祭だしお祭りだし、そういったハプニングも楽しいものだもんねー」


 もちろんドッキリなんて口からでまかせだしがそのことに気付いていたなんて事実もこれっぽっちもない。


 要するに……ふゆは助けてくれているのだ。


 突然グログロ笑いながらおかしなことを言い出したおさなみの状況を見かねて。


 その説明に、周囲も納得したみたいだった。


「まあ……ざかさんが気付いてたっていうんなら、いいのか」


「なんかあのジムみたいなやつは腹立つけど……」


「文化祭だし、そういうのもありなのかな……」


 エキサイトしかけていた観客たちが静まっていく。


 これ幸いと、それまで様子をうかがっていた神楽かぐらざか部長が声を上げた。


「──そ、それでは色々とあったが、これで『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』一日目を終了とする。皆、明日もよろしく頼む!」


 その声に、潮が引くように観客たちがステージから去っていく。


 残ったのは、『AMW研究会』の面々たち。


「い、一体何だったのですかな……」


さわむら氏の仕込みとのことでしたが……我々はそんなことは聞いていないのですが」


「ドッキリって、どういうことだよ、おい!」


 三Kたちが詰め寄ってくる。


「……ごめん、その辺はまた後で説明する」


「後でって……」


 不満げな顔になる三Kたちに、俺はこう言った。


「これから……行かないといけないところがあるんだ」

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