エピローグ 1-2
夏休みになった。
ある日の昼前に、俺たちは秋葉原で待ち合わせをしていた。
目的は、〝夏コミ〟のカタログをいっしょに買いに行くため。
〝夏コミ〟というのは八月に
その〝夏コミ〟に
とはいえ待ち合わせの時間は十三時。
今の時刻は十一時五十五分である。
これは何も俺が約束の時間を一時間勘違いしてしまったドジっ娘というわけではなくて。
「確かこっちの方だったっけ……」
実は今日これから駅前のアニメショップで、ピアニッシモちゃんのイラスト入り限定サイン色紙を配布するそうなのだ。
それをサプライズで手に入れて、
「おお、メイドさんがたくさんいる……」
あちこちでチラシを配っている養殖メイドさん(推定)を眺めながら、アニメショップへの道をのんびりと歩いていく。
配布は十二時からの予定だけど、歩いて五分もかからない距離だし、ピアニッシモちゃんはどちらかと言えばマイナーキャラでそんなに人気もないと思うし(失礼)、たぶん大丈夫だろう。
やがて青い看板が特徴的なアニメショップの建物が見えてくる。
と、その時だった。
「きゃっ……」
斜め前方を歩いていた女の人が、ふいに転んだ。
何で転んだのかはよく見えなかったけど、というか明らかに何もないところで四回転半しながら宙を舞ったように見えたけど、とにかく転んだことには違いない。女の人は手に大きなバッグを持っていたため、それの口が開かれて中身が地面にぶちまけられる。
「わ、た、大変です……っ……」
慌てて拾い集めようとするけれど、運が悪いことにバッグの中身は紙のようなものであったため、風に流されて四方八方に散らばっていく。
女の人は必死に拾い集めようとするんだけれど、一つ手にすると他の一つが飛んでいき、それを拾い上げると今度はまた他の一枚が流されていき……うーん、見てられない。
「えっと、この紙みたいなものを全部拾い集めればいいんですか?」
「え……?」
「手伝います。一人じゃ大変そうですから」
「あ──ありがとうございます」
大きめの眼鏡に帽子を
そんなことをしつつも、二人で協力して荷物を全部拾い集め終わった。
「ほ、本当に助かりました……おかげで大事な楽譜をなくさないですみました」
「いえ。あれ、これ……楽譜ですか?」
「あ、はいです。実は私、ピアニストなんです。これからリサイタルがあるんですが、そこで使う楽譜をバッグに入れていたら、こうなってしまって……」
困ったような笑みを浮かべる。
「そうなんですか」
何だってピアニストの人が
不思議に思うも、まあそういうこともあるのかなと、特に深くは考えなかった。
「本当にありがとうございました。それでは失礼します」
そう言って女の人は何度も何度もこっちに向かって頭を下げて、前を見ないからその度にその辺にある立て看板にぶつかりかけながら、道の向こうへと去っていった。
なんか、不思議な人だったな……
それを見届けて、五分遅れで配布場所へ向かったわけなんだけど──
「……え、終わり……?」
そこにあったのは、無情にも『ピアニッシモちゃん限定色紙の配布(三枚)は全て終了いたしました』と書かれた張り紙。
まさかの配布終了だった。
というか総配布数三枚って……
いくらアルファベットのPに適当に手足を付けたみたいなマイナーキャラだからって少なすぎやしませんかね……?
あんまりな現実に肩を落としていると、ふと後ろからその肩を
トントン。
「?」
振り返ってみると……そこにはサングラスをかけた見上げるようなごつい巨漢が立っていた。
「ひっ……!?」
な、だ、だれ?
ヤ、ヤクザ……? というかマフィア? カモッラ……?
さっきの女の人といい、どうして
ヤクザ(?)は俺の肩に手を置いたままじっとこっちを見下ろしていた。
うう、何だろう。クリムゾン顔が気に入らないからと金でも要求されるのか、それとも何か因縁をつけられて内臓を売却されるのかとおののいていると、男は何かを差し出してきた。
「これ……」
「え……?」
「これが……欲しいか?」
いや、これって、拳銃とかじゃないですよね……?
恐る恐る視線を落とすと、その岩のようにごつごつとした手に乗せられていたのは……かわいらしいPの字が書かれた色紙だった。
「え、これ……」
「このピアニッシモちゃんの限定サイン色紙……欲しかったんじゃないのか?」
「え? いえ、え?」
それはそうなんですが……
だけどこの目の前のいかつい熊みたいなヤクザ(?)と、平和極まりない顔をしたピアニッシモちゃんという組み合わせが頭の中で瞬時に結びつかない。
「どうなんだ? いらないのか?」
とはいえヤクザ(?)は真顔でズンズンと迫ってくる。
「い、いいんですか……?」
「構わん。どうも、私の身内のために手に入れ損ねたみたいだしな。それにどうせ渡る先は同じだろう。だったら、
「……?」
何を言ってるのかよく分からないんですが……
ともあれくれるというのならもらわない手はない。
「あ、ありがとうございます……!」
丁重にピアニッシモちゃんの色紙を受け取って、逃げるようにしてその場を立ち去ったのだった。こ、怖い……
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