第四話 1-13


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 七月になった。


 三日に一度の割合で雨が降りジメジメとしていたどこか憂鬱な梅雨も終わり(三Kたちは制服が透けることが多くなると喜んでいたけど)、衣替えからそれなりに時間もったことからすっかり夏服にも慣れ、その暖かい陽気からだれもが皆おのずと開放的な気分になる季節。


 ふとしたことから学園のアイドルにして超お嬢様であるざかの〝秘密〟を知ることになり、それを守るためにいっしょに行動することが多くなってから、早くも三ヶ月がとうとしていた。


「それでですね、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のブルーレイボックスが今度発売されるんです。予約をしようと思っているんですが、店舗ごとに予約特典が異なるためどれにしようか迷っていて……」


「うんうん」


 今日も今日とて、俺はといっしょに『AMW研究会』へ向かうべく廊下を歩いていた。


 ここのところあった気になる出来事を話しながら、肩を並べて進んでいく。


 それ自体は最近では日常となった光景。


 ただいつもと違うのは、校舎内のあちこちからトンカントンカンと何かを打ちつけるような音が響いてくることだ。それに合わせて、生徒たちの「こっちの看板、曲がってない?」「大丈夫、ちゃんと『はくほう祭』の文字がぐになってる」「お、ならよかった」なんていう声も聞こえてくる。




 ──『はくほう祭』。




 そう、学校内では今まさに文化祭に向けて準備の真っ最中なのだった。


 およそ一週間後の七月十四日と十五日に、二日間にわたって文化祭が開催されるのだ。


 はくじよう学園の文化祭──通称『はくほう祭』は以前は秋に行われていたのだけれど、数年前から三年生の受験に影響を与えないようこの時期に開催されるようになったらしい。


「もうすぐ文化祭ですね。高校の文化祭ははじめてなので、楽しみです」


「ああ、出し物とかも中学の時よりも豪華だろうし」


「ええと、うちのクラスは、確か……」


「アサガオの観察記録の展示だっけか」


「あ、でしたね……」


 が苦笑いを浮かべる。


 はくほう祭は基本的にそもそも参加するかどうかも含めて自由であるため、各クラスのやる気がそのまま展示内容に出てしまうのである。


「ちょっとだけ残念かもです。メイド喫茶とか、やりたかったんですが……」


「あれ、、そんなにメイド好きだっけ?」


「え? いえ、私ではなくて、その、メイド服が好きで好きでたまらなくて防災頭巾の代わりに防災メイド服を頭から被りたいというさわむらさんのために……」


「も、もうそのネタはいいから!」


 引っぱりすぎでしょ!


 いいかげんきれいな身体になりたい……


 そんなことを話しながら二人で『AMW研究会』の部室へと向かう。


 何でも今日はこれから、文化祭における『AMW研究会』としての出し物の件で、話し合いがあるのだという。


「『AMW研究会』では何を出すんでしょう?」


「うーん、何だろ。らいさんから何か聞いたりしてないの? 昔、何をしてたとか」


「あ、聞いてないです。その頃は私、自分のことで精一杯で、らいお姉ちゃんが何をやっているのかほとんど分かっていなかったので……」


「そっか」


 の表情がちょっとだけ曇ったので慌てて話を変える。


 とはいってもそんな大層なものではないだろう。


 たぶん同人誌制作とか、イラスト展示とか、そういう内輪向けの類のものかと思っていたんだけれど……






「──というわけで、今年の『はくほう祭』でも我が『AMW研究会』主催で、恒例の『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』を行おうと思う」


 皆の顔を見回して、神楽かぐらざか部長が力強く言い放った。


「知っての通り、『AMW研究会』では毎年クイズ大会を行っている。二日間かけて校庭のメインステージを借り切る、伝統ある大イベントだ。例年通り一日目はソロ参加での大会、二日目はペア参加での大会という形式で行いたいと思う。異議がある者はいるかな?」


 ぜんぜん内輪向けじゃなかった。


 というかめちゃくちゃ盛大だった。


 いや知っての通りって言われても、完全に初耳なんですが……


 だけど三Kたちにとっては周知の事実のようで、


「うむ、ついにこの時が来ましたな!」


「この『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』に携わるために『AMW研究会』に入部したといっても過言ではないかもしれません」


「腕が鳴るぜ!」


 興奮気味にそう言い合う。


 え、そんなに有名な大会なの? そこまで言うほどなの……?


 割とひどいネーミングなのに……


「あ、部長ー! 私は本戦に参加したいと思いまーす。だから大会の運営と問題作りはパスってことでいいですかー?」


 と、ふゆが手を上げてそう口にした。


「うむ、了解した。そういうことならあさくらは準備からは外すとしよう」


 あ、なるほど、大会本戦に参加するなら準備は免除なんだ。


 確かにクイズに答える者とクイズを作る者とに重なりがあると、不公平だと思われるかもしれない。


 だとすると俺としてはここは参加すべきかそれとも裏方に回るべきか……


 身の振り方を考えていると、三Kの一人がふとこう口にした。


「もちろんざかさんも出るのですよな?」


「え?」


 が目をぱちぱちとさせる。


「クイズ大会ですよ。やはりざかさんも運営よりも参加する方に回られるのですかな」


「この大会で優勝することは、〝アキバ系〟にとって最高の誉れですからね」


らい先輩も過去に優勝してるって話だしな」


「え……っ」


 その言葉に、の動きがぴたりと止まった。


 らいさんの名前は……言ってみればにとってパブロフの犬のベルの音みたいなものだから。


「お、お姉様が……そ、そうなんですか?」


 き返すと、神楽かぐらざか部長がうなずいた。


「うむ。らい部長は一年生の時にソロとペアの両方に参加をして、見事に優勝を飾ったと聞いている。他を寄せ付けない圧倒的な勝利だったらしい。その時に『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』の二つ名を十年ぶりに継承したとの話だ」


「『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』を……」


 が小さくそう言葉を漏らす。


 何のこっちゃ、と思うかもしれないので説明しておこう。


白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』というのは──このはくじよう学園に伝わる伝説の二つ名のことだ。


 知力・体力・美貌・人柄、その他もろもろ、それら全てにおいて卓越した能力を持つ者だけに贈られる称号なのだという。その称号を持っているというだけで、学園内のみならず卒業後にも政財界や芸能界、法曹界などの各界から一目置かれるとか。それだけにその要求されるハードルも高く、ここ二十年の間に三人しか出ていないという話である。何でも初代の人はもくしゆうれいさいしよくけんで家も超が付くセレブで、さらには〝アキバ系〟についても神がかったエピソードを持っていたと、あらゆる面において完璧を誇った神話級のお嬢様だったらしい。らいさんや以外にそんな人がいるなんて、世の中は広いというか……


 ともあれ、らいさんがクイズ大会に優勝してその『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』の二つ名を受け継いでいたというのなら、の答えは一つだった。


「わ、分かりました。私も参加させてもらってもいいですか?」


ざかさんもか。うむ、承知したよ」


 神楽かぐらざか部長がうなずく。


 それを見て、俺も慌てて手を上げた。


「あ──俺も参加でいいですか!」


「む、さわむらもか?」


「は、はい。ダメ……ですか?」


 が出るというのなら、そのサポートをする必要がある。だとしたらやっぱり問題作成に携わっていてはまずいだろう。


「意外だな、君がそう言うとは思わなかった。しかしあい分かった。参加、了承しよう」


 そう答えると、神楽かぐらざか部長は皆の顔を見渡して、


「ではあさくらさわむらざかさんは本戦に参加。準備は私とむらこうばやしで行うということでいいかな?」


「任せてくだされ」


「我々の問題作成能力を見せ付けてやるとしましょう」


「やってやるぜ!」


 三Kたちがグーにした拳を勢いよくぶつけ合おうとして見事に失敗をしてお互いの顔面を殴り合っていて、


「問題の内容に関係ないことだったら何でも手伝うから、言ってねー」


 ふゆもそう言っていた。


 こうして……といっしょに『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』へと参加することになったのだった。

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