第三話 11-11


    6




 そして本日のラストステージ。


 俺は……の部屋にいた。


 広さはちょっとした教室ほどだった。


 全体的に淡いパステルカラーを基調としたよそおいで、ベッドが天蓋付きなのはさすがといったところ。部屋の目立つところには大きな鏡と化粧台があって、その隣にウォークインクローゼット(たぶん俺の部屋より広いです……)が備え付けられていた。まどぎわにアロワナとハリネズミの水槽があるのと(ミハエルくんとマルガリータさん……?)、壁に『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のポスターが貼られている以外は、ザ・女の子の部屋って感じだ。


 しかも何だかいい匂いがして……頭がクラクラしてしまう。


「それで、見せたいものって……」


「うん……」


 ふいにの様子がそれまでと違ったものになる。


 もじもじと恥ずかしがるように背を向けると、こちらの様子をうかがうように小さく口にした。


「……見せたいっていうか……もらって……ほしいの……」


「え?」


「……せんせーに、もらってほしいの……」


「え……!」


 も、もらうって何をですか?


 突然の思ってもみなかった言葉に動揺する俺に、


「わたしのはじめてだから……や、やっぱり、恥ずかしいけどせんせーにあげたいかなって……」


 そう言って目を潤ませながら近づいてくる。



 え、え……だ、だから、あげるって、何をですか……? あめちゃん……?


 動揺しまくる俺に、そっと紙のようなものが差し出される。


 そこにあったのは……


「こ、これって……」


 賞状だった。


 なかなかに立派なデザインで、そこには『魔法少女ドジっ娘マホちゃんイラストコンテスト・キャラクター賞』と書かれている。


「これ……こないだのイラストコンテストの賞状なんだ。一昨日届いたの。こんなのもらったのははじめてだから、やっぱりせんせーにあげたくって……」


「……」


「……ちょっと恥ずかしいんだけど……もらって……くれないかな……?」


「……」


 ですよね! 理解してた! 潤んだ目をした女子が恥ずかしがりながら部屋で二人きりになってもらってほしいものなんて、賞状以外にあり得ないよね……!


「ん? どしたの、せんせー。おあずけをくらったダックスフントみたいな顔して」


「何でもないよ!」


 血の涙を流しながらそう答える。


「? よく分かんないけど……とにかく、はじめてのことだったんだよ。だからせんせーにもらってほしくて……」


「だけどこれはに贈られたものだろ?」


 だったらが受け取るのが筋じゃなかろうか。


 そう言うと、は首を横に振った。


「だってこれ……せんせーが応援してくれたから、何とかとれたものだもん。むしろせんせーのものだって言ってもいいくらいだよ」


「それはどうかと思うけど……」


「それに、わたしには副賞でもらったこれがあるから」


 ドン! っと何かを目の前に置く。


 それはなんか……巨大なアルファベットだった。


「ピアニッシモちゃん@バトルモードの等身大ぬいぐるみクッション。これ、ほしかったんだ~」


 でかっ!


 ピアニッシモちゃんこんな巨漢だったっけ……?


 ちょっとしたヒグマくらいあるよ。


「とってもふかふかなんだよ? 触り心地とかもとってもよくて、人間をだめだめにする感じ。ほら、せんせーもだめになろうよ~」


「お、おう」


「へへ~、せんせといっしょにふかふか~」


 ピアニッシモちゃんの腹部に身体を埋めるようにして二人で寝転ぶ。


 確かにピアニッシモちゃんはふかふかで柔らかで、ものすごく心地いい。人間をダメにしてとりこにする魔性のマスコットというのも分かる気がする。


 だけどそれ以上に、


「えへへ~、何だかこうしてると、せんせーと家族になったみたい」


「…………」


 隣でとろけそうな笑みを浮かべながらそんなことを口にするがかわいすぎるんですが。何これ、魔性とかダメになるのとか超えて昇天してしまいそう……


 使い捨てカイロみたいに熱くなる顔面を隠そうとして、ピアニッシモちゃんの腹部に強く顔を埋める。


 だけどそこで想定外のことが起こった。


 ピアニッシモちゃんの中身はビーズ素材であるがゆえに流動性があって、流動性があるということは二人で寝ている状態で一カ所が沈み込めば当然それに合わせてもう一人もそこに転がってくるということであって……


 コロリ。


「あ……」「え……」


 そんなかわいらしい擬音が聞こえてきそうな勢いで、がこっちに転がってきた。


 ピアニッシモちゃんに優しく包まれるかたちで……と顔を見合わせることになった。


 それもお互いの頬と頬が触れ合ってしまいそうなくらいの至近距離。


「……っ……」「……!」


 思わず声を上げてしまう。


 突発の交通事故だ。


「あ、ご、ごめん!」


「う、ううん……! だ、だいじょうぶだから……!」


 お互いに謝り合う。


 だけどどうしてか、どちらもその状態から動くことができない。


 どうしてか……目をらすことができない。


 心臓がやかましいくらいにズゴゴンズゴゴン! と工事現場のように鳴り響き、柔らかなビーズ素材を伝わってにまで届いてしまいそうだ。顔面はもう十分に加熱したホットプレートのようで、お好み焼きを焼けそうなくらいに熱い。


「……」「……」


 こうして見ると……本当にって、かわいいんだよな……


 空に浮かぶ月みたいにぱっちりとした目、さらさらでいい匂いのする髪、雪のように真っ白な肌、桜のようにあでやかな唇。その全てが圧倒的な攻撃力で攻めてくるんですよね……


 そんなことを考えていると、


「……」


 すっ……


 頬を赤くしたが、そっと目を閉じた。


「……!?!?」


 え、な、何でそこで目をつむるの……!?


 意味が分からない。


 昨今の仮想通貨の値動きくらいに欠片かけらも分からない。


「……」「……」


 ただ一つだけ分かることは……僅かにでも俺が顔面を動かせば間近にはの整った顔があって、そしてそれはまっすぐにこっちへと向けられているってことだけである。


 ……………………


 …………


 ……


 ……が、顔面、動かしちゃってもいいかな……?


 静かに目を閉じるに向かって少しずつ俺のイカクリムゾンみたいな顔を近づけようとして──




「う~ん、個人的にはこのまま見てみたいところだけど、やっぱり保護者としては目の前でまさに今にゃんにゃんが行なわれようとしているのは見過ごせないかな~」




「!!」「!?」


 頭上から声が響いた。


 慌てて顔を上げるとそこには……腕を組みながらこっちを見るさんと、メイドさんの姿があった。


「お、おかーさん、なみさん!?」


「! な、何でいるんですか!?」


 ほとんど絶叫する勢いでそう声を上げる。


「ん~? さっき言い忘れちゃったことがあってさ。夕飯、うちで食べてくかきにきたんだけど……」


「私たち、お邪魔でしたかね~?」


 さんとメイドさんが顔を見合わせてにまにまと笑う。


「う、うう~……(真っ赤)」


「……」


 ああ、これ絶対確信犯(誤用)だ……


 間違いなく声をかけるタイミングを計ってたよ……


 結局この後、夕ご飯をごちそうになって食後のデザートまでいただいたわけだけど、その間ずっとこの一件のことをいじられ続けたのだった。うぁあ……






 ・ざかの秘密㊱(秘密レベルC)


 人間をダメにするクッションがお気に入り。


 ・ざかの秘密㊲(秘密レベルA)


 真っ赤になってもこの上なくかわいい。

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