第四話 12-13


 *




「ちょっとちょっと、待ってー、よしー!」


 逃げ去っていったを追いかけようとしたところで、ふゆに呼び止められた。


ふゆ、さっきはおかげで助かったけど、今は急用が……」


「分かってるよー。ざかさんのとこに行くんでしょー?」


「分かってるんだったら、悪いけど話は後で──」


「これ、あげる」


「?」


 ぽん、とノートのようなものを手渡される。


 何これ? 交換日記?


「今期のアニメの見どころポイントを集めたノートだよー。私が趣味で作ったやつだけど、参考書代わりにはなるかもしれないからさー。ほら、明日のペア大会でばんかいするのに少しは役に立つと思うよー」


「え?」


 それは目をみはるようなものだった。


 今期のアニメの情報がびっしりと書きこまれていて、しかも分かりやすい。確かにこれをがマスターすれば明日の『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』も何とかなるかもしれない。


「でも、どうしてふゆがこんな……」


「ちょっと意地悪しちゃったからさー」


「え?」


「もしかしたらざかさん、そうかなーって思ってたのに、あえて見て見ないふりをしちゃったんだよー。ほんとなら、いくらでも助ける手段はあったはずなのに」


「え、え?」


 何を言っているのかいまいちよく分からない……


「あー、まあよしには分かんないかもねー、あははー」


 そこで、ふゆは真顔になった。


「……あれだけ私がこっち側に誘ってるのにぜんぜんのってこないくせに、ざかさんがからんだ途端に、いきなり〝アキバ系〟にすっごい興味を示し出すんだもんねー。さすがにちょっと嫉妬しちゃったよー」


 珍しくどこか力のない声。


 だけどすぐに元のアニメライクな声音に戻って首を振った。


「でも反省してるんだー。ざかさんを助けることをちゆうちよしちゃったこと。やっぱり、お互いちゃんとした状態で真っ向勝負をしないとしょうがないし、それに……」


「?」


「私、何だかんだいってもざかさんのことも好きなんだよねー。素質があるのはもう分かりきってるし、きっといい友だちになれると思うんだー」


 そう言って「あははー」と笑う。


 素質……? というかふゆざかさんってまだ友だちじゃなかったの……? え、え……?


「はー、ほんとによしはニブチンだねー。……このウスバカゲロウ」


「へ?」


 アリジゴクの成虫……?


「ま、それは今はいいやー。とにかく渡したからねー。それをどういう風に使うかは、よしの自由だよー」




 *




 そうしてふゆから渡された参考書。


 ……


 理由は、そうするべきじゃないと思ったから。


 知識があれば〝アキバ系〟じゃない。


 ただその知識を、機械的に暗記していれば〝アキバ系〟になれるわけじゃない。


 そのコンテンツやキャラが大好きで、自分から何を置いても追いかけたいと心から思うからこそ……〝アキバ系〟なんだ。


〝アキバ系〟はなるものじゃない……気付いたらなっているもの。


 はようやくその入り口に足を踏み入れかけている。


 キャラを好きになる楽しみを分かりかけている。


 きっとだったら、その努力の才能でこの参考書を完璧にマスターすることができただろう。


 でもそれは楽しみでじゃない。


 ただの義務からだ。


 それじゃあ意味がない。


 だったらその義務を負うのは……アキバ王になる、俺の役割だ。そう思ったから。


「あははー、アキバ王かー」


 ふゆが楽しそうに笑う。


よしは相変わらず面白いよねー。ほんっと、ざかさんがうらやましいなー、まったくー」


「目が完全にイロモノを見る目なんだけど……」


「そんなことないってー。それは八割くらいはエリマキトカゲに近い感じだと思ってるけどー」


「それほぼ全てですよね!?」


 逆にリアルな数字だし。


「あはは、そうかもー♪ ……でも、うん、うらやましいと思うのは、ほんとだよー……」


「……?」


 そう最後に小さく口にして、ふゆは「じゃあ私はこれからまたコスプレに行かないとだからー」と去っていった。


 うーん、今年で十三年の付き合いになるけどいまいちこのおさなみにはつかみきれないところがあるんですよね……

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