第三話 7-11

 女の子はと名乗った。


 とはかなり昔からの付き合いで、仲がいいのだという。


ちゃんとはもう十年以上の付き合いかな~。ほとんど家族みたいな感じ」


「そうなんだ」


「おに~さんは? クラスメイトって言ってたけど、高校のだよね?」


 こっちを見上げながらいてくる。


「ああ、うん。同じ部活でもあるんだ。『AMW研究会』っていって……」


「あ、それらいちゃんとおんなじ部活だ」


らいさんも知ってるのか?」


「うん、知ってるよ」


 女の子──がうなずく。


 あ、でも考えてみれば当たり前か。のことを知っているのならそのお姉さんであるらいさんのことを知っているのは何もおかしなことじゃない。


「そっか、ちゃん、『AMW研究会』に入ったんだ。やっぱりそうすることにしたんだね~」


「?」


 何だか考え込むような素振りを見せる。


「あ、ごめんごめん、何でもない。気にしないで」


 だけどすぐに顔を上げて、にっこりと笑った。


「それよりさ、おに~さん。時間ってある?」


「え?」


「今からちょ~っと寄り道していかない?」


「寄り道?」


「そ、こっちこっち~」


「お、おい」


 ぐいぐいと手を引かれて進路を変えさせられる。


 連れていかれた先は、何やらたくさんの本棚が立ち並んだ、図書室のような部屋だった。


「ここって……」


「ふっふっふ、ここは思い出保管室だよ」


「思い出保管室?」


「うん、そ。ざか家の様々なメモリアルの一部を保管してるとこ。ちゃんのアルバムとかもここにいくつか置いてあるんだよね~」


の、アルバム……」


「ね、見たくない、おに~さん」


「え?」


 小悪魔みたいな笑みを浮かべて、が言った。


「おに~さんの知らないちゃんの昔の写真。たっくさんあるんだよ~。ちゃんのあ~んな姿とか、こ~んな姿とかも、見られるかもよ?」


「う……」


 あ~んな姿とかこ~んな姿とかはともかくとして、の昔のアルバムに興味があるかとかれれば、そんなのは壊れたおじぎ鳥のごとく勢いよく首を縦に振るしかない。


「でも、勝手に見たりしたらに悪いんじゃ……」


「だいじょぶだいじょぶ。おに~さんになら見せてもちゃんは怒らないよ。ほら」


「あ……」


 書架からアルバムを一冊取ってきて、テーブルの上に広げる。


「ん、これは小学生のちゃんかな~」


「お……」


 アルバムの中には、小学生くらいのの姿があった。


 小さい身体にランドセルを背負っていて、髪は三つ編みにして眼鏡をかけている。


 いっしょに写っているのはサングラスをかけたやたらとたくましい風体の男の人と、穏やかな笑みを浮かべた優しげな感じのするめちゃくちゃきれいな女の人、そしてその女の人によく似たかわいらしい女の子だ。これはの両親と、らいさんかな……?


「確か小学校の入学式の写真だよ~。この後にちゃん、校門に落ちてたバナナの皮で滑って転んで三回転半して大変だったな~」


「そ、そうなんだ」


 ドジなのは昔からなのか。というか校門に普通にバナナの皮が落ちてる学校って……


 それは置いておくとしても、小学生のは今と変わらずにかわいらしかった。


 れんで小さな花のつぼみのようでそれこそ天使みたいで、ともすれば小学生は最高だぜ的な性癖が目覚めそうになってしまう。


 ただ、


「何だかちょっと表情が硬い感じだな、


「ん?」


「緊張してるっていうか、いつもと違う気がする」


 お嬢様モード? や、違うな、昔の写真だしうまくは言えないんだけど、普段のとはどこか雰囲気が異なる気がする。


 俺がそう言うと、は少しだけ驚いたような顔をした。


「え、おに~さん、分かるの?」


「え? あ、そうだな、普段のはもっと人当たりがいい感じっていうか元気っていうか……」


 って、お嬢様モードじゃない素のについては言ったらまずかったかな。


 だけどはそこは特に気にした様子もなく、こっちを見て大きくうなずいた。


「ふ~ん、そっか~。ちゃん、おに~さんの前だとちゃんなんだ~」


「え、あ、たぶん」


 そっちっていうのはおそらくひとなつこいモードののことだろう。


 そっか、少なくともこのはそのことを知ってるんだな。


「へ~、ちょっとびっくり。ちゃんがそっちの顔を見せる相手って、かな~り限定されてるはずだから。じゃあおに~さん、ちゃんの〝秘密〟も知ってるってこと?」


「あ、うん、知ってる」


「は~、そなんだ~……」


 本当に驚いたようにが息を吐いた。


 やっぱりというか何というか、の〝秘密〟を知っている相手は珍しいんだな。


 確かに思い返してみても、少なくとも学校では自分以外にはいない……と思う。


 だけどそれはらいさんの道を辿たどるために彼女になりきらなきゃいけないっていう制約があるからで、そのことを見せなきゃいけない相手以外──たとえば昔からの友だち相手とかだったら違うんじゃないのかな? あれ、でもから高校以前の友だちの話って、(人間では)聞いたことないな……?


 そんなことを考えていると、が言った。


「ね~ね~、おに~さん?」


「ん?」


「おに~さんは、ちゃんのことが好きなの?」


「ふほっ!?」


 危うく肺の中の空気を残らず吐き出しそうになった。


 な、何を突然言い出すんですか、この子は……!?


「え~、だってちゃんと仲いいんでしょ? 〝秘密〟も共有してるし、こうしておうちにまで呼ばれるくらいだし~。違うの?」


「そ、それは……」


 好きか好きじゃないかと問われれば、そんなのは当然好きに決まっている。


 はかわいいし、性格もいいし、いっしょにいて楽しい。ほとんど世の男子の理想像と言ってもいいくらいだ。


 だけどそんな、面と向かって好きかどうかなんて言われると……ほら、こっちとしては思春期真っただなかな男子高校生なものだから、素直にそうだとは口にできないわけであって、でもだからといって決してのことを好きじゃないわけじゃなくてむしろ三日に一回くらいは夢に見るくらいには好きで……ああ、何が言いたいのか分からない。


 混乱して壊れたハードディスクみたいな状態になっていると、が苦笑いをした。


「ん~、おに~さんにはまだこの質問は早かったかな~。じゃあき方を変えるね。おに~さんは、どうしてちゃんと仲良くしてくれてるの?」


「どうしてって……」


「あ、クラスメイトだからとか、部活の仲間だからとか、そんなのはなしね。わたしがいてるのはそうゆうことじゃないって、おに~さんも分かるよね?」


 じーっとな目で見つめてくる。


 う、そんな風にかれたら、こっちとしても真剣に答えるしかないじゃないか……


 しばし頭の中で考えをまとめる。


 一分ほど熟考して、俺はこう答えた。


「何ていうか……放っておけないところかな」


「ん?」


「うーん、俺がこんなことを言うのもアレかもしれないんだけど、ってどこか危なっかしいというか、そばで応援したくなるようなところがあるような気がするんだ」


 それははかわいいし、性格もいいし……って、これさっきも言ったな。ともかく才色兼備だとか、人柄がいいだとか、分かりやすく魅力的なところはいくらでもある。


 周りからもは、完璧で完全な非の打ち所がないお嬢様だと思われていて、実際にそれが周囲をける大きな要素となっている。


 だけど俺は知ってしまっている。


 彼女の〝秘密〟を知ってしまっている。


 すなわちそのの姿が──本人の途方もない努力で作られているっていうことを。


 学年首席であるために時間を惜しんで勉強をして、ピアノなどの習い事の腕を保つために必死に練習をして、それまで触れることのできなかった〝アキバ系〟を知るために様々な新しいことに自分からチャレンジをして。


 いわば優雅に湖を泳ぐ白鳥(オオハクチョウ)が水面下で必死に足を動かしているところを目の当たりにしてしまっているのだ。


 そしてその努力は、お姉ちゃんの道を辿たどりたいという強い意思は……本当に、心の底から尊敬すべきものだと思う。


 だってそれは、やろうと思ったってなかなかやり通せることじゃないから。


 努力を不断に続けるということは、死ぬほど大変なことだから。


 それに、それだけじゃない。


 お嬢様モードでない、二人だけの時のひとなつこいの姿。


 分からないけれど、それすらも時々どこか無理をしているように見える時がある。必要以上に明るく振る舞っているというか。だからこそ……何だか放っておけないところがあるんだよ。自分でも何を言っているのかいまいちまとめきれないんだけど、そういうところを全て引っくるめて、俺がそばにいる理由なんだと思う。


 そのことを告げると、は少しだけ驚いた顔をした。


「へ~……おに~さん、そこまで、分かってるんだ……」


「や、分かってるってほどじゃないんだけど……」


「……ううん、それだけちゃんのことを分かってくれてるなら、今は十分かな。てゆうか百点満点。うん、合格合格」


 大きくうなずいて、俺の頭をなでなでとでてくる。


「?」


「あ、いいのいいの、気にしないで。でもよかった。お姉ちゃんみたいに、ちゃんにもちゃんとあの子のことを理解しようとしてくれる人がいたんだ。うん、ひと安心だよ~」


 何を言っているのかいまいち分からなかったけれど、どうやらこの子のお眼鏡にはかなったみたいだった。


 あと何かその手付きが、犬とかをでるのに近い感じがするのは気のせいですかね……






 ・ざかの秘密㉛(秘密レベルA)


 ちゃんという親戚がいる。


 ・ざかの秘密㉜(秘密レベルB)


 小学校の入学式でバナナの皮に滑って三回転半したらしい。

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