第三話 8-11


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 さて、そんなことがあって一時間ぶりくらいにパーティー会場に戻ってきた俺たちを待っていたのは。


「だからね、その時に僕は言ってやったんだよ。あの劇場版は本当に駄作で、いいって言ってるやつらはみんなにわかで何にも分かってないって」


「は、はあ……」


「そうしたらそこにいるやつら、全員何も言えなくなっちゃって、はい論破って。まったく、そろいもそろって情けない。にわかなのに知ったかぶりするから恥をかくんだよね。ハハハハハ」


 いつの間にか場の黒カビみたいに再度いてきていたおかと、それに困ったような笑みを浮かべるの姿、だった。


 またねんちやくしてるんですね……


 りないというかしつこい。


 しつこいというかねばっこい。


 さすがは牛乳雑巾みたいに嫌われているだけはある。


「でさ、さっきも言ったと思うんだけど、『マホちゃん』のアフレコに行かない? 今度の木曜日とかどうかな?」


「あ、え、ええと……」


「ねえ、いいじゃないか、ちゃん。二人でいっしょに行こうよ。きっと楽しいよ?」


「い、いえ、ですからその日は用事がありまして……」


「そんな用事なんてキャンセルしちゃえばいいって。僕と出かける以上の楽しいエンタテインメントなんてあり得ないからさ。それに女の子のイヤはイヤじゃないってこと、知ってるんだよ?」


 しかもれしくの肩に手を回してキモイ感じにドヤ顔を近づける。


 が強く断れないおしとやかなお嬢様だと思って(半分それは正しいんだけど)、完全に調子に乗っている。九十年代にバブルでフィーバーしたおっさんくらいに乗っている。ほとんどセクハラパワハラおやレベルだ。


 というかさすがにあれは見過ごせなくないか?


 なんかやたらと息遣いがハアハアしてるし目付きがいやらしいし、いくら何でもやめさせないとハラスメント警察的に完全にアウトなレベルですよね……と思ったところで、さっきの神楽かぐらざか部長の言葉が頭に浮かぶ。


『あれでもおかグループの息子だろう。あまり刺激しない方がいいかと思ってね』


「……」


 あんな見るからに人様に迷惑をかけているセクハラ行為でも、注意したら問題になるのだろうか。


 性格が悪いっていうのはこの短い時間のとのやり取りだけで十分に分かったし、無駄に逆恨みとかしてきそうなタイプなのは簡単に想像はつく。


 だけど。


「ほら、じゃあ待ち合わせは何時にしようか? 学校が終わったら教室まで迎えに行くからさ」


「あ、あの、ですから……」


「んー、あんまりもったいぶるのもかわいくないよ? 僕は紳士だからいいけど、器の小さいやつだったら気を悪くしちゃうかもしれないからさ。あ、僕は大きいけどね。アハハハハ」


「……」


 あんな風にして嫌がっているをただ見ているだけなんてことは、さすがにあり得ない。ほら、今にも肩に回した手をそのまま胸元に突っ込みそうな勢いだし……


 よし、決めた。


 俺は一歩前に出て、


「……そこまでにしときましょうよ」


 との間に入るようにしてそう声をかけると、おかはこっちを見下ろしてクレステッドゲッコー(高級ヤモリ)のエサであるフタホシコオロギ(チャバネゴキブリに似ている)を見るような目をした。


「あん、何だよ、お前?」


「ええと、あんまり強引に誘うのはよくないですよ。ほら、、用事があるから行けないって言ってるじゃないですか」


 するとおかは露骨に顔をゆがめて、


「はあ? お前には関係ないだろ。だいたいさんは嫌がってなんかないんだよ。よく分かんないモブみたいな顔したやつは引っこんでなよ」


 ドンと肩を押してくる。


 くっ、こいつ、殴りたい……


 だけどここで騒ぎを起こしたら負けだ。


「いや、いちおう関係あるというか何というか……。お願いしますから……」


「うるせぇな、ざわりなんだよ」


「そんなこと言わずに……」


 不本意だけど、こうしてとにかく悪代官に黄金色の饅頭まんじゆうを贈るえち屋みたいに下手に出るしかない。根負けしてくれればしめたものだ。


「ちっ! マジしつけぇな……って、ああん、よく見ればお前、『AMW研究会』のやつか。その量産型のジムみたいな顔、見たことがあるぞ」


「……」


 ……ガマン……


「はっ、情けないな。そうやってコメツキバッタみたいにへこへこするしかできないのかよ。プライドってもんはないの? この根性なしの腰抜け骨なし軟体生物野郎が。まるでスルメイカタイプの醜悪なクリムゾンみたいだな」


「……」


 ……ガマン……ガマン……


 ……まあそのクリムゾン役、やりましたけどね……


 心の中でひっそりと突っ込みながらもとにかく耐える。


 だけど暴発は、想定外のところから飛び出してきた。


「……今、せんせーのこと、スルメイカタイプのクリムゾンみたいって言ったの……!」


「あ、!?」


「わたしのことはいいけど、せんせーにひどいことを言うのは許せないよ……っ……! …………こ、こうなったもう、闇にほうむるしか……」


 え、もしかして、素が出ていらっしゃる……?


 慌てて口をふさいで誤魔化す。


 周りにはたくさん人がいるし、神楽かぐらざか部長やふゆ、三Kたちもいるんだから、そっちのモードは出しちゃダメだってば……!


「ハッハッハ、これだけ言っても何も言い返せないのか。本当に情けないな。おい、びびってんのか? スルメイカクリムゾンくん?」


「……ま、またせんせーのことを……く、駆逐してやる……っ……」


「あ、! って……!」


 ぜんぜんの怒りを感じ取ることができずに挑発を続ける空気の読めないおか


 今にも大噴火しそうな


 それを必死に止める俺。


 ああ、何かもう何が何だかよく分からない……!


 あまりにカオスな状況に頭を抱えていると、




「はいは~い、そこまでそこまで~」




 ふいに会場内に場違いな声が響き渡った。


 ぱんぱんと手をたたきながら部屋の真ん中で声を上げていたのは……だった。

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