第一話 12-14

 ところで合宿ということは当然泊まりがけであり、泊まりがけということは文字通り寝食も共にするということである。


 要するに、いっしょに生活をして、ご飯を食べて、同じ屋根の下で寝るということだ。


 その中で、ざかさんは色々と意外な一面を見せてくれた。


 どういうことかというと。


 たとえば一日目の夜、俺とざかさんとすずの三人で、夕飯を食べていた。


 ……ただし、何だかよく分からない肉塊と化した。


「……う、うう……も、申し訳ございません……」


 目の前には平身低頭するざかさんの姿。


 そう、これはざかさんが作った代物なのだ。


 そもそもは、ざかさんの一言から始まった。


『お世話になるのですから、お料理くらいはやらせてください。ローストチキンを作りますね』


 その言葉に俺たちは一も二もなくうなずいた。


 だって完璧超人始祖のごんみたいなざかさんだ。料理だって人並み以上にできると思うだろう? 俺もそう思ったしたぶん妹もそう思った。台所から「お料理のさしすせそは、〝さ〟がサッカリンで、〝し〟がシリカゲルで……」みたいな声が聞こえてきた時には若干不安にもなったけど、それでも最終的にはちゃんとした料理が出てくることを疑っていなかった。


 そして出てきた料理は……死んだ鶏の肉という形容がふさわしいものに成り果てていた。


「……こ、これは責任をもって私が一人で食べます……だからさわむらさんたちは心配をしないでください……」


 泣きそうな顔でそう口にするざかさんに、


「大丈夫、しいよ、これ」


「え……」


「うん、見た目は悪──ゴホン、少し不格好だけど、ちゃんとローストチキンの味がする」


「さ、さわむらさん……」


「あ、ほんとだ。おいしい」


「す、すずちゃん……」


 意外なことに、味は悪くなかった。悪くないというか、絶品だった。くどいようだけど見た目はげされた怪鳥みたいだったけれど。これは逆にすごいことかもしれない。


 こんなこともあった。


「──それでは、お、お借りいたしますね」


「あ、うん」


 夕飯を食べた後に、入浴の時間になった。


 バスタオルを抱えたざかさんがすずといっしょに浴室へと消えていく。もちろんシャワーを浴びるためだ。妹がいっしょなのはざかさんがそう希望したからである。別に意識するようなことじゃないのかもしれないけれど、いつも自分が使っている浴室でざかさんが、その、生まれたままの姿でいるのかと思うと、ついついそわそわと落ち着かなくなってしまう。


「……」


 俺の中のたける野性(たけるマルチーズのイメージ)をしずめるために頭の中でギラファノコギリクワガタが雄々しくきつりつしている姿を思い浮かべながら食器を洗っていると、


『きゃあっ!』


 ふいに浴室から、そんな声が聞こえてきた。


 今のは……ざかさん?


 何かあったのかと慌てて脱衣所へと向かうと、中からすずの声が聞こえてきた。


『だ、だいじょーぶ、ざかさん!?』


『……う、ううう……』


 続いて苦しげなざかさんの声。


「ど、どうしたんだ!?」


『そ、その、ざかさんが……』


「! ざかさんに何かあったのか!」


『あ、あのね、カランからお湯を出そうとしたら、まちがえてシャワーを出しちゃって、びっくりしてそのひょうしにうしろにひっくりかえってよくそうにおちちゃったんだよ……!』


「え……」


『それだけじゃなくて、よくそうからあがろうとしてそのままおふろのフタにおもいっきり頭をぶつけちゃって……』


 それ……かなりの大惨事じゃ。すぐに手当をしないと──


『なのにたんこぶひとつできてないんだよー。びしょぬれにはなっちゃったけど……』


「……」


 ……それ、すごくない?


 というか今どきそんな絵に描いたようなドジをする人、いるんだ……


 曇りガラスの向こうからは、『うう……お騒がせしてすみません……こういうことはよくあるので受け身だけは得意なんです……』というざかさんの切なげな声が響いていた。



 そしてさらにはこんなことまでも。


 一日目が終わり、寝ようとする際に、


「じゃあおやすみ、ざかさん」


「あ、うん……」


「? どうかした?」


「その……」


 身体の前で手をきゅっと握りしめながら、客間の前でもじもじと恥ずかしそうに視線をさまよわせている。


 え、これってもしかして、「もう少し……せんせーといっしょにいたい(ベタ)」とか……?


 だけど次にざかさんの口から発せられたのは、予想の斜め上の言葉だった。


「……教えて、ほしいの……」


「え?」


「わたし……その、はじめてだから、分からなくて……」


「は、はじめて……」


 って、何が……!?


 夜の一つ屋根の下、二人きり(妹はいるけど)、頬を赤くするお嬢様。


 そのこれ以上ないくらいの意味深なシチュエーションに思わず心臓の鼓動が速くなる俺に、


「……ええと、とんって、どうやって敷いたらいいのかな……?」


「え?」


「いつも寝るのはベッドで、とんを使うのってはじめてだから、教えてもらえたらうれしいなって……」


「…………」


 ……ですよね! 分かってた!


 こんな時間に恥ずかしそうな表情で教えてくれって言ってくることなんて、とんの敷き方以外にあり得ないよね!


 心の中で血の涙を流しながらとんの敷き方を手取り足取り教えた。ざかさんの飲み込みは早かった。


「…………」


 それにしても……一連の出来事で一つ思い当たったことがある。


 薄々だけど、そうなんじゃないかと疑っていたこと。


 もしかしてざかさん……意外とポンコツ?


 学校ではどんな時でも優雅で上品で、先生からの質問に如才なく答えたり、音楽の時間にさつそうとピアノを弾いたり、体育の時間に日舞を踊る姿は見たことがあって、その時は何でもできる完璧なお嬢様っていうイメージだったけれど……それ以外の日常生活ではポンコツ要素が目立つ気がする。


 ポンコツというか、どこか抜けているというか。


 でも何か……完璧で隙なんて一切ないと思っていたざかさんにも親しみやすいところがあるのが分かって、その分少しだけ身近に感じられたかもしれない。






 ・ざかの秘密⑧(秘密レベルB)


 集中する時は眼鏡をかける。


 ・ざかの秘密⑨(秘密レベルC)


 料理が独創的。


 ・ざかの秘密⑩(秘密レベルC)


 きようがくレベルのドジ。だけど運動神経はいい。


 ・ざかの秘密⑪(秘密レベルC)


 とんの敷き方を知らない。

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