第四話 10-13


は……だろ」


「……え……?」


 うつろな目をして顔を上げるの肩をつかんで、俺は言った。


「劣等生とか、おちこぼれとか、そういうのはよく分からない。の置かれた立場がどれだけ大変なのかは……正直、俺の考えが及ぶところじゃないんだと思う。だけど本当のがどんなに後ろ向きで、人見知りでコミュ障で、〝アキバ系〟の初心者だからって、そのことととの付き合いとは関係ないよ」


「……え……だ、だって……」


 が頼りない声を上げる。


「……ほ、ほんとのわたしは……お姉ちゃんみたいにおしとやかで上品じゃないし、おかーさんみたいに明るくて楽しい子じゃない……何もない、つまらない……キャラ……なんだよ……? ……せんせーの見てたのは……どっちも、演技だったんだよ……? 素のわたしを見て、こんな情けないひきこもりで……幻滅、しないの……? がっかり……するに決まって……」


「しないよ」


 俺は言った。


「だれだって、生活していく上で本当の自分は大なり小なり隠してる。学校では学校でしか見せない顔があるし、家では家でしか見せない顔がある。〝秘密〟がある。俺だってそうだよ。そんなのは……別に、特別なことじゃない」


「……え……」


 が小さく声を漏らす。「……せんせー……も……?」


「そうだよ。たとえば学校ではいつも気を遣って必死に空気を読んでるし、余計なことを言ってだれかに嫌われるんじゃないかってヒヤヒヤしてる。それは違うと思っても黙ってることだってあるし、周りに合わせるために心にもないことを言うことだってある。がんばって明るく振るまうことだってある。別にそんな陽キャってわけでもないのに」


 いやお前そんな気遣いキャラじゃないだろ! って言われるかもしれないけど、これでもそれなりに考えて生きてはいるんですよ……


「家では妹とつまらないことでケンカしたりするし、学校でイヤなことがあった日とかには八つ当たりをして泣かせることだってある。年頃の健全な男子高校生だからエロいことだって考えるし、その、肌色の多い雑誌を読んだりすることだってある。きっと、の知らない面がたくさんある。は、そんな俺を知ったら幻滅するか?」


「……そんな、しないよ……! え、えっちなのは驚きだけど……それでもせんせーはせんせーだもん……。そのことには変わりはないもの……」


「だったら、それと同じだよ」


「……え……?」


 まばたきをした。


がどんなキャラだって、別に気にしない。だ」


 が恐れているのは、自分が〝アキバ系〟じゃないことが知られて、〝秘密〟がばれてしまって、それで周りから受け入れられなくなることだ。


 素の自分で周囲とうまくめなかった過去から、そのことに対してものすごく敏感なんだろう。


 それはすごく分かる。


 ホンマグロが西を向けば尾びれは東というくらいによく分かる。


 というよりも、それはだれにだって存在する永遠の命題だと思う。


 周囲の空気を読むのがしんどい。


 周りと話を合わせるために、嫌われないためにものすごく気を遣う。


 昼間にした自分の発言を寝る前に思い返して落ち込んだりする。


 自分を百パーセント露出して生きている人間なんてまずいない。


 みんなそれらを誤魔化して、少なからず自分を隠して毎日を過ごしている。相応に〝秘密〟を抱えて生きている。


 だから〝秘密〟がばれてしまっても気にするなとは言わないさ。そんなことは、都市伝説の口裂け女のように口が裂けても言えない。


「……」


 でも。


 でも、これだけは分かってほしい。少なくともこの世界でだれか一人くらいは、〝秘密〟が露呈してしまっても、どんな予想外なが隠し切れないネコの舌みたいに飛び出してきても、変わらずに接しようとする相手がいるってことは分かってほしかった。


「俺はそばにいるから。たとえこれから先、どんな新しい〝秘密〟がひょっこり出てきても、どんなことがあっても、態度を変えたりしない。だって俺は……の王子さま、なんだろ」


 それは俺の心からの言葉だった。


 うそ偽りのない、ぐな本心……だ。


「…………」


 はこっちを見上げたまま沈黙していた。


 何かを考えるような深く澄んだ瞳。


 だけどやがてきゅっと唇を結んで……小さくこう口にした。


「……せんせーは……いいの?」


「え?」


「……こんなわたしで……すぐに落ち込んで、人見知りでコミュ障で、いやなことがあるとすぐに世界が滅べばいいとか闇にほうむるとか、そんなことばっかり言っているようなわたしで……」


 その言葉に、俺は静かに首を振る。


「いいや、そんなでいいわけじゃない」


「……っ……」


「そんな〝で〟じゃない、そんな〝が〟いいんだ」


「あ……」


 スカートの裾を摘んでお姫さまのように微笑ほほえ


 ガチャで爆死をして悔しそうに頬をふくらませる


 うれしそうに「あ~ん♪」をしてくる


 いたずらっぽい顔でかき氷をついばむ


 時にはしらのような、時には向日葵ひまわりのような、そしてふとした時には物騒なことを口にする、ちょっとだけ後ろ向きな


 それら全部を引っくるめて、俺はが好きだ。


 いつの間にか、〝秘密〟を守らなきゃいけないという義務感からそばにいるんじゃなくて、ただ自身がそうしていたいからそうしているんだってことに気付いた。


 単純に……といっしょにいる時間が、楽しかったんだ。


「……う……ううっ……せ、せんせぇ……っ……せんせぇ……!」


 ぽろぽろと涙を流して、が俺の胸に飛びこんでくる。



「……わ、わたし……ずっとだれかにそう言ってもらいたかったのかもしれない……どんなわたしでもいいんだって、〝秘密〟があったっていいんだって、そう……」


 俺の胸に顔を埋めて、えつを漏らしながらそう声を上げてくる。


 それはたぶん、がずっと胸の奥底に押し込めていた心からの叫びだったんだと思う。


 そのままむまで、俺はいつかのピアニッシモちゃん等身大ぬいぐるみのように見守っていたのだった。






「……ありがと、せんせ。ちょっと落ち着いた……」


 俺の胸の中で、目をウサギみたいに赤くしたが言う。


「……もう……だいじょうぶ、だと思う。せんせーのおかげで……色々、楽になったから……」


「そっか」


 その表情はどこか晴れやかで、ものが落ちたかのようだった。うん、これなら本当に大丈夫そうだ。


「じゃあ後は、明日の『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』をどうするか考えるだけだな」


「え、明日……?」


「ああ、ペアの参加者に臨時枠で申し込んでおいた。そこで優勝すれば、今日のポカはばんかいできる」


「で、でも……今日のクイズはダメダメだったし、わたし、逃げちゃったし、も、もう〝アキバ系〟でお姉ちゃんの道を辿たどるのは……」


 が言葉を詰まらせる。


 ああ、そっか。まだそのことは言ってなかったんだっけ。


「あ、うん、それはまだ大丈夫なんだ。何とか誤魔化したから」


「え……?」


「実はさ……」


 目をしばたたかせるに、事情を説明する。


「そ、そうなの……?」


「うん。だからまだらいさんの道を辿たどれる可能性は残ってるんだ」


「……あ、ありがとう……せんせー……それにあさくらさんも……」


 あんの息を吐くもつか、すぐにはっとした表情になる。


「で、でも……明日もまた『マホちゃん』以外の問題が出たら……」


「それは、確かにその可能性はあると思う」


 二日目の問題テーマは、今期の〝アキバ系〟全般になっていた。


 おそらく二日続けてサプライズが行われることはないだろうし、たぶん明日はテーマ通りの問題が出されるはずだ。〝アキバ系〟全般と範囲は広いけれど、『マホちゃん』も含まれる以上、今日よりは条件はいいはずだ。


「でも心配ないって。は『マホちゃん』だけを押さえておけば大丈夫。他は、俺がカバーするから」


「え、カバーって……」


「ほら、ペアの相手は、俺だから」


 申し込みを頼む時に、のペアは当然俺にしておいた。


 それはこれから先はよりいっそう積極的にの〝秘密〟に関わっていこうと決めた決意の証明であり、覚悟の表明だ。


「あのさ、俺、決めたんだ」


「決めた……?」


「そう。確かに一人で〝アキバ系〟のマスターになることは難しいかもしれない。〝秘密〟を守り通すことは、ものすごく大変かもしれない。でも──」


「……」


「でも一人で無理なら……二人でがんばればいいだけの話じゃないかって。俺も協力する。力になれるようにいっしょに努力する。〝秘密〟を守れるように、が立派な〝アキバ系〟のレディを目指すっていうなら、俺は……」


 そこで俺はの目を見た。


 その小さな肩に手をかけると、




「──俺は、〝アキバ系〟のジェントルマンに……〝アキバ王〟に、俺はなる……!」




 心の底からの決意とともに、そう宣言した。


「え……」


 ぽかんとした顔で目をぱちぱちとさせる


「……」


「……」


「……」


「な、何、それ……」


 やがてこらえきれないという顔で、ぷっと吹き出す。


「おかしいよ、せんせ……な、何言ってるの……? 〝アキバ王〟なんて、あ、あはは……」


「……わ、笑うなって。これでもかなり考えたんだから」


 自分なりには一世一代の告白でした。


 いや、それはまあ、一部ちょっとパクったりしちゃってますけど。


 ひとしきり笑った後に、はおかしそうに目元の涙を拭った。


 そしてぐに俺の目を見て……こう言った。


「でも……ありがとう」




「せんせーは間違いなくわたしのせんせーで、王子さまで、そしてらいの〝アキバ王〟……だよ」






 ・ざかの秘密㊹(秘密レベルSSS)


 お嬢様モード、ひとなつこいモード以外の、物騒な物言いをする少しだけ後ろ向きな素のキャラが存在する。

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