第二話 7-8


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 水族館で手痛いイカの洗礼を受けた俺たちが最後にやって来たのは、サンシャイン60の展望台『SKY CIRCUS』だった。


 何だかんだで各所でけっこう時間を取られてしまったため、辺りはもうすっかり夜になってしまっている。


 星座のCGが光るエレベーターで展望台まであがり、マホちゃんが区役所にマジカルアンチマテリアルライフルを撃ち込んだ場所へと早足で向かう。


 窓から見える夜景がキラキラと輝いてきれいだったりしたけれど、今の俺たちにはもうそれを見て「人の営みの宝石箱や……」などと口走っている余裕は正直ない。


「ここが……最後だよね」


「ああ……」


 とうなずき合う。


 聖地巡礼的にも、金銭的にも、時間的にも、これが最後のチャンスだ。


 ここで『光翼をまとうマホちゃん』が出なければ……けっこうピンチになってしまう。具体的に言えば、がお姉ちゃんルートから外れてしまう可能性が極めて濃厚になってしまう。


「……だ、だいじょうぶ、なのかな……このまま『マホちゃん』が出なかったら……〝アキバ系〟でないことがばれちゃったら……また、あの時みたいにクラスで…………そ、そうなったらもう、全てをなかったことにして、や、闇にほうむるしか……」


 がうつむきながら何やらぶつぶつとつぶやいている。……なんかまた物騒なことを口走ってませんかね?


 そんなの背中をたたいて、俺は励ました。


「大丈夫、きっと出る」


「う、うん……っ……」


「ここでなら出したいものが出るに決まってる。約束の場所だ。出しまくって、むしろ一度に二つ出すくらいの勢いで出てくるはずだ」


 そう口にしてから自分たちの背後にトイレがあることに気が付いて何だか誤解されかねない台詞せりふですね……と思ったものの、今はそんなことに突っ込んでいる場合でもない。


「さ、やろう」


「……」


 が無言でうなずいてスマホを掲げる。


 だけど、スマホの画面に目を遣った途端、の顔がそうはくになった。


「え、こ、これ……」


「? どうした?」


「あ、え、えと、バッテリーが……」


「え?」


 の手元をのぞきこむ。


 ディスプレイではスマホが充電不足のアイコンを表示していて、今まさに電源が落ちるところだった。というか、落ちた。


「充電器とかは……?」


「……も、持ってない……」


 俺も同じく持っていない。


 この前機種変更したばかりだし、バッテリーを食うことで有名な某モンスター捕獲的な位置情報ゲーもやっていないことから、よっぽどのことがない限り充電がなくなることなんてなかったためだ。


 あれ、でもだったら何だってのスマホだけ充電がこんなに早く……


「……わ、わたしが写真を撮りすぎたから……」


 絞り出すような声でが言った。


「ご、ごめんなさい……せんせーとのお出かけが楽しくて、ついつい撮りすぎちゃった……こんなこと、はじめてだったから……記念に、思い出に残したくて……」


……」


「……う、ううっ……」


 の言っていたメモリアル。確かに各所で頻繁に撮影をしていたし、さらに時折動画撮影をしたりもしていた。カメラ系は意外にバッテリーを消費するし、一言確認しておけばよかったか……


 とはいえ今さらそんなことを言っても後のねぶた祭りだ。


 スマホの時計を見る。


 今の時間は二十時四十分。


 これならギリギリ……いけるか。


「ちょっとここで待ってて、


「え……?」


「ちょっくら下まで行って、充電器を買ってくる」


「で、でも、もう閉館時間が……」


「ダッシュで行けば何とかなるさ。じゃあ行ってくる」


「あ……っ……せんせ……」


 弱々しいの声を背に、走り出す。


 そうは言ったものの、正直相当にギリギリだった。


 サンシャイン展望台の閉館時間は二十二時だけれど、入場できる最終時刻は一時間前の二十一時だ。


 今から地上まで下りて、近くのコンビニで充電器を買って、また六十階まで戻るのに、どんなに急いでも十五分はかかるだろう。俺の短い足じゃそれが限界だ。


 ところが悪いことというのは重なるものである。


 エレベーターが混雑していて、一回で乗ることができなかった。


 くっ……こんな時に……!


 不運ハードラツクダンスっちまったぜ……とか言っている場合じゃない。


 その場で足踏みをしながらとにかく待つ。


 待つことおよそ三分。


 何とか地上に辿たどいた時には、時間はもうすでに二十時五十分を回っていた。


 おしき犬並みの運動不足であるため肺が超新星爆発しそうになるほど全速力で走る。


 途中でリアじゆうっぽいカップルがぶつかってきて「ちっ、気を付けろよ、ダサ坊が」「やめなよー、かわいそーじゃん」みたいな定番羞恥プレイをされつつ、それでも進んでいく。


 どうしてここまで俺が必死になっているのか、正直自分でもよく分からない。


 の秘密が周囲に知られたとして、実際はが考えているほど大騒ぎになるとも思えない。


 せいぜい完璧超人の評価からアキバ系要素がなくなるくらいだろう。某ネコ型ロボットから耳がなくなるみたいなものだ。


 ただ……きっとは悲しむ。お姉ちゃんルートを外れてしまったって、泣く。そしてのそんな顔は見たくない。そう思ってしまったんだから……仕方がないだろ。


 発情期のシマウマみたいに荒い息をしながら、ようやくサンシャインシティの出口まで来たものの、残り時間は五分強だった。


 ダメだ、もうここからコンビニまで往復をしていたら間に合わない……!


 手をヒザについて大きく息を吐き出す。ここまでか……っ……


 その時だった。


「ん~、仕方ないですね~」


「え……」


 声が聞こえた。


 布を通したような、くぐもった声。


 何かと思い見上げる。


 そこに立っていたのは……着ぐるみだった。


「今回は私はいないことになっていますから本当は手助けしないつもりだったんですけど~、さすがにここで見て見ぬふりをしてしまっては様に怒られてしまいますね~」


「な、何を言って……?」


 着ぐるみの言っていることが分からずいぶかしく思っていると、着ぐるみはすっと手を差し出してきた。


「どうぞ、お使いください~」


「え、こ、これ……!」


 そこにあったのは、スマホ用の充電器だった。


 ご丁寧に接続用のケーブルまでついている。


「こ、これ、くれるんですか?」


「はい、持っていってください~」


 何だろう、最近の着ぐるみは充電器を試供品として配っているんだろうか。


 ともあれ、この状況でくれるというのならもらわない手はない。


「あ、ありがとうございます! って、あれ……?」


 気が付いたら、着ぐるみは目の前から煙のように消えていた。何だったの……?


「……」


 よく分からないけれど詳しい事情はこの際後回しだ。


 充電器を握りしめると、ダッシュでサンシャインシティまで戻り、エレベーターに飛び乗ったのだった。

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