第一話 13-14


    7




 そんなこんなで、合宿の時間は過ぎていった。


 食事と睡眠、以外には、基本的に朝から晩までほとんどイラストを描いていたので、二日なんてあっという間だった。


 ざかさんはこの二日の間にも、めきめきとイラストの腕を上達させていった。具体的に言って、井戸からがった後にテレビ画面からしてくるおんりようくらいにはなった。


 だけどあと少しが……まだ足りない。


「ど、どうかな、このマホちゃん……?」


「あー、よくなってきてると思う。けどやっぱり……」


「そうだよね……」


 自分でも分かるのか、ざかさんがうなだれる。


 確かに以前までの日本三大おんりようが人間を頭からかじっているような惨劇のイラストと比べれば破格の出来だ。でもこれがコンテストでランクインするほどのものかというと……正直、首を横に振らざるを得ない。


「ちょっと……休憩しよう」


「でも……」


「朝からずっと描きっぱなしだろ。この辺で休まないとかえって効率が悪いって」


「うん……」


 不承不承といった感じにうなずいてちょこんとベッドの上に座りこむ。


 もちろん、ただ休むだけじゃなくて、休憩中にやろうと思っていることがあった。


 ええと、確かこの辺りにしまっておいたはずだけど……お、あった。


「よかったらこれでも見ない?」


「? これって……」


「うん、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』の前シーズンのブルーレイボックス」


 しかも本編未公開特典映像のついている限定版である。頼んでもいないのに、布教用としてふゆが置いていったやつだ。


ざかさん、まだ前のシリーズをちゃんと見たことなかったって言ってたよね。だからちょうどいいと思って」


「あ、うん、見たい見たい!」


「よしきた」


 うなずき返して、部屋にあるブルーレイレコーダーを起動させる。


『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』は、いわゆる魔法少女ものの深夜アニメだ。


 魔法少女に選ばれた主人公のマホちゃんが、人間の時間をらう魔物クリムゾンと戦っていくというのがメインストーリー。


 俺もちゃんと見るのは初めてだったけど……これが面白いんだよ。


 笑いあり、友情あり、冒険あり、そしてちょっとしたお色気と涙もありと、エンタメ要素満載だ。なのにテーマが散漫になることなくうまくまとまっている。


 ふゆがあんなに推してくるのも、分かったような気がした。今までは流れる多摩川のごとくスルーしてしまっていたけど、今度からはもう少しちゃんと話を聞いてやらないと。


 そんな中、ざかさんがぽつりと口にした。


「わたし……このシーン、好きだな」


「? このマホちゃんがオマールと間違ってザリガニを生で食べるシーン?」


「そ、それじゃなくて……ほら、こっちのどうしよ『シークレット・フェイス』を取ろうとして図書室で転びそうになったマホちゃんを、お供のピアニッシモちゃんが身をていして助けてくれるシーン。その時のピアニッシモちゃんが頼もしくて……」


「あ、こっちか。確かに……」


 それはストーリーの上ではそこまで重要というわけでもないシーンだった。


 マホちゃんのドジをきわたせるための、言ってみればお約束なシーン。


 だけどコミカルなピアニッシモちゃんは、どこか目を引くというか、見る人の心をけるところがあるキャラだった。


「……」


 よっぽど気に入ったのか、ざかさんは何度も戻してそのシーンを見ている。


 以前にもイラストに描こうとしていたことといい、ピアニッシモちゃんのことが好きなのかもしれない。


 そうだ、だったらもしかして……


「なあざかさん、これをイラストにしてみたら?」


「え?」


「このシーンを、ピアニッシモちゃんをメインにして」


 本来なら、人気のあるマホちゃんをメインにするのがいいんだろう。


 実際、今の今まではそうするつもりでやってきていた。


 だけどそこまでピアニッシモちゃんが好きなら、そこにこめられている気持ちは他とは一線を画しているに違いない。見た目は何かアルファベットのPを適当に三つ並べただけみたいなマイナーキャラだけど、思い入れってやつは、きっと何にも勝る武器だと思うんだよ。


 その言葉に、ざかさんは目をしばたたかせた。


「このシーンを、わたしが……?」


「ああ、どう?」


「こ、こんないいシーン、わたしに描けるのかな……? でも、描きたい、描いてみたい……分かった、やってみる!」


 何かが吹っ切れたように、ざかさんは大きくうなずいた。


 その目には、これまでとは違う輝きが宿っていた。






 そこからのざかさんの勢いはすごかった。


 ほとんど飲まず食わずのまま手を動かし続けて、何枚も何枚もピアニッシモちゃんのイラストを描いていく。


「ん……違う、こんなんじゃないよ。こんなんじゃこのシーンを表現できてない……」


「あのさ、ざかさん」


「ピアニッシモちゃんはもっとけなげで、もっとマホちゃんのことを大切に思っていて……」


「ええと、ざかさん……?」


「……え? あ、何かな?」


 その集中力は圧巻の一言で、俺が声をかけても気が付かないこともあった。


 こうなったらもう俺に出番はない。


 できることといったらせいぜい、食べることすら忘れているざかさんに横からバナナを食べさせたり(無言でもむもむと食べる様子がかわいい)、邪魔にならないように小声でひっそりと応援してみたり、クリムゾンのモノマネをして場を和ませたりするくらいだ。


 雑事をこなしながら、ざかさんがひたすらにイラストを描くのを牛の出産を待つ和牛農家のごとく見守った。


 そのままどれくらいっただろう。


 気が付いたら、俺は眠ってしまっていた。


「ん、んん……あれ、もう朝か……」


 窓の外からはすずめの鳴き声が聞こえてきて、淡い光が部屋の中にんでいる。ん……これが有名な朝チュンってやつか(違)。ふと時計に目をやるともうあと一、二時間もすれば学校に行かなければならない時間であって……


「……って、イラストは!?」


 そのことを思い出し、慌てて隣を見る。


 するとそこには……


「……ううん……せんせ……できたよ……」


 テーブルに突っ伏して寝息を立てるざかさんの姿。そしてそのかたわらには……一枚のイラストがあった。


 ピアニッシモちゃんがマホちゃんを助けているあのシーン。


 どうやら俺がだらしなく寝落ちしてしまった後もざかさんは描き続けていて……無事に完成させていたみたいだ。


 最後まで丁寧に仕上げられていたそのイラストは、それまでのどれよりも、心の入った出来だった。


「お疲れさま、ざかさん」


「……うにゃ……せんせーのバナナはもういいよぉ……」


 かわいらしい寝言を小さく口にするざかさんに、俺はそっと毛布をかけたのだった。






 ・ざかの秘密⑫(秘密レベルA)


 ピアニッシモちゃんがお気に入り。


 ・ざかの秘密⑬(秘密レベルC)


 バナナを食べる姿がかわいい。

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