第二話 5-8


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 一昔前までは、マンガやアニメ、ゲームといった、いわゆるオタクのメッカと言えば秋葉原一択だった。


 アニメショップや同人誌ショップがあり、メイド喫茶があり、大型電気店がありと、三拍子そろった街。そこに行けば大抵のオタク的願望が満たされるような場所だった。


 そういった趣味を持つ者たちを指して〝アキバ系〟といった由来も、そこから来ている。


 だけど現在は少しばかり状況が違ってきている。


 秋葉原の重要度は、〝アキバ系〟にとって今やそれほど高くない。


 そしてそれに替わる場所として、今は池袋や中野が台頭してきているのである。特に池袋はアニメイトがあり、とらのあながあり、まんだらけがある。ゲーセンがたくさんあり、メイド喫茶もあれば執事喫茶もある。さらには乙女ロードと呼ばれる女性向けオタクショップが立ち並ぶ通りも存在する。


 加えて路線が八本も通っていることから、アクセスしやすい。


 まさに〝アキバ系〟──特に女子にとっての約束の地のような街。


 それこそが乙女の聖地……池袋なのである。


 ──以上、ふゆが先日熱く語っていた内容でした。


 その時は話半分に聞いていたけれど、言われてみればそうかもしれない。確かに秋葉原はたまに行くこともあるけれど、そこまで〝アキバ系〟の聖地という風に特別に感じることもない。ちょっとオシャレな電気街って感じだもんな。それよりかは学校帰りなどに寄りやすい池袋とかの方が足が向くことが多い気がする。


 とまあ、前置きが長くなってしまったけれど、その池袋に俺たちはいた。


「池袋かあ。確か埼玉との境目なんだよね。あとは東が西武で西、東武~♪ くらいかなあ」


「……一つ、恐ろしい話をしてもいいか?」


「ん、なに?」


「実は池袋にいる人たちの八割は……埼玉県民なんだ」


「え、そうなの?」


 しかも埼玉各所からのアクセスも抜群なことから、埼玉県池袋市などともまことしやかにささやかれている。


 この事実を公言すると、地元を愛する生粋のしま民に消されるとすら言われている。


「そ、そうなんだ……」


 も知られざる暗黙のルールにおびえたような表情を浮かべた。


 池袋は怖いところだよ、さん……


 とまあそれはともかくとして。


 池袋はにぎやかな街だった。


 にぎやかだけどそこまで騒がしいわけじゃない。某アニメに出てくるようなカラーギャングなどが出没したりすることもなく、それどころか街のところどころにアニメキャラのかぶものや、華やかな雰囲気のメイドさんが立っていたりして、〝アキバ系〟を感じさせる雰囲気である。いや池袋なんだけどね。


「わ、メイドさんだ、かわいい~」


 と、即座にが反応した。


「せんせせんせ、あれって本物なのかな?」


「それはないだろ。たぶんバイトか何かじゃないか?」


「そっか~……しずさんたちの知り合いかと思ったのに」


「?」


「ま、いっか。ねえねえ、ちょっと見てきていい?」


「ん、ああ」


「わ~い、すぐ戻ってくるから♪」


 そう言うとはメイドさんのもとへとたたたっと走っていった。ああいうかわいい服を見てテンションが上がるのは、〝アキバ系〟であるなしに関係なく女子のさがなんだろうな。


 待っている間、手持ち無沙汰だったので何となく周りを見てみる。


 池袋駅からサンシャインへと続く道にはたくさんの人の姿があったけれど、やはり女子の数が多い。


 中には見てすぐ分かるくらいに〝アキバ系〟の女子の姿も目に留まる。


 何ていうか、服装とか雰囲気とかが微妙にふゆ寄りだからすぐに分かる。どこか偏りがあるというか。ほら、あそこにいる両手に紙袋をたくさん持ったふゆみたいな女子とかもたぶんそうに違いない……


「……って、あれふゆじゃん!?」


 視界の先にいたのは十年来のおさなみだった。


 え、な、何でふゆがここに……?


 一瞬混乱するも、考えてみれば別にそれは何ら不思議なことじゃない。だって今自分で池袋は乙女の聖地だって言ってたよね!? しかもそれの発信源はふゆだ。ある意味サファリパークにライオンがいるくらい自然なことである。


「……ん?」


 しかも目が合った。


「あれー、そこにいるのって、よしじゃないー?」


「お、おう」


「あ、やっぱりそうだー! え、どうしたのどうしたのー。あ、分かったー! よしも私と同じでアニメイトととらのあなとまんだらけのハシゴなんでしょー? えへん、よしのことなら何でも分かるんだからー!」


 目を輝かせてひとなつこい犬のように駆け寄ってくる。


 相変わらず何も分かってらっしゃらないのはともかくとして。


 う、や、やばい、とにかくといっしょに来ていることは隠さないと!


「い、いや、俺はちょっと……そ、そうだ! 服を見に来たっていうか……」


 とっさにすぐ横の店にあった服を手に取ってそう説明する。


「服って、それー?」


「あ、ああ……」


よしって、そういうのが趣味だったのー?」


 ふゆの視線がいぶかしげなものになる。く、苦しいか……


「んー、私としては大歓迎なんだけどー……よし、いつの間にこっち側の趣味にそこまで目覚めたのー?」


「へ?」


 言われて自分の手元を見る。


 俺が手にしていたのは……メイド服だった。


「!」


 人生終わった……! 俺の来世での活躍にご期待ください。


 ていうかさすが池袋。乙女ロードまで行かなくともその辺の店で普通にメイド服が置いてあるとは……


 い、いや、まだばんかいできる!


「ち、違う! 間違えた! これじゃなくて、こっちのやつを買いに来たんだよ……!」


「おー、さらにレベルアップだー! いいねいいねー、私、そういうの嫌いじゃないよー!」


「え? ……うぇ!?」


 俺が手にしていたのはスク水だった。


 しかも何か胸元に名前まで書いてある。


 来世まで終わった……!


「そっかそっかー、よしはそういう方向性が好きだったのかー。言ってくれれば私ももう少しお勧めのやり方を考えたのになー」


「……」


「で、どうするのー? 着るの? 嗅ぐのー? 着せるのー?」



「…………」


 もうやめて、俺のライフはゼロよ……


 ていうか着せるってだれにですかね……? ……? それはそれで悪くないかも……って、そんなこと考えてる場合じゃないですね……


 そのあともふゆは何か言っていたようだったけれど、打ちひしがれた俺の耳には正直これっぽっちも入ってこなかった。一通りなんかメイド服とスク水についてのうんちくを弾んだ声で語って、やがて「じゃあ私はまだ買い物があるから行くねー。今度メイド服とスク水のお勧め同人誌を持っていくからー!」と言って楽しそうに去っていった。


 それからしばらくして、が戻ってきた。


「お待たせ、せんせ……って、泣いてるの!?」


「シクシク……俺の現世と来世は終わった……完全終了だ……」


「よ、よく分かんないけど……元気出して? ほら、現世と来世がもうどうしようもないくらいにズタボロで生ゴミみたいな有り様でも、何ていうか、来来来世があるよ?」


 そこまで言ってません……


 ぜんぜんフォローになっていなかった。


 あと来来世は当たり前のごとく終了していることももう決定なんですね……






 ・ざかの秘密㉑(秘密レベルA)


 メイドさんに興味あり。

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